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18-15 トオル

 どうせいっぺん死んで、しぶとくカムバックしたんやから、もういっぺん死んでも平気や。一度も二度もいっしょやて。  せっかくまた新しい命を吹き込んでくれた、親切な神さんに(そむ)いてまで、異教(いきょう)の神官とよろしくやろうなんていう、根性腐った奴なんやから、もういっぺん死んで来い。  せやのにあいつ、どこで油売ってんのやろ。間に合わんようになるやないか。あと三日しかないのにやで、何もかも終わってもうてから戻ってきても、何の意味もないやんか。  まさかあいつは未来(さき)を知ってて、俺が死んだ後の後釜(あとがま)せしめるつもりで()るんやないやろな。  許せへん、そんなのは。俺は絶対死なへんからな。あいつにアキちゃん()られるくらいなら、(きつね)信太(しんた)を見殺しにしてでも生き残ってやる。  俺って、(みにく)い?  基本、そういうキャラやねん。かつてトミ子を食うてでも生き延びて、アキちゃんの(そば)居座(いすわ)りたいって、そう思った時と同じ。一切(いっさい)変更ございません。  日頃どんな美しい事を思うても、土壇場(どたんば)なると悪魔(サタン)に戻る。そういう自分が(みにく)いなあって、今は思うけど、だからって止められへんねんで。気づいただけ不幸やわ。  トミ子、(うら)んでるかな、俺のこと。(うら)んでへんのやろけど、もう、忘れてもうたんかなあ。  お前がおったら相談すんのに。俺、どないしたらええんやろ。お前やったら何か、相談してみてもええんやけどなあ。腹割って、困ったなあって。  そう思ってため息ついてた俺の目の前に、赤い薔薇(ばら)が咲いていた。半透明の、甘く香る。  またか。また神楽(かぐら)(よう)か。お前はこんな時になにをやっとんねん。(すぐる)さんが手でも(にぎ)ってくれたんか。ほんまもう殺さなあかん。  むかっと来て顔を上げた俺が見たのは、(もち)の周りに咲き乱れている薔薇(ばら)また薔薇(ばら)やった。  そして大崎(おおさき)(しげる)の周りにも。皆の周りというか、店じゅうに薔薇(ばら)が咲いている。半透明やけど。絵に描いたような、綺麗(きれい)薔薇(ばら)やった。というか、絵に描いたような薔薇(ばら)やった。  昔の少女漫画の飾りで出てくる、あの薔薇(ばら)。なんていうの、小夜子(さよこ)ワールド? 咲き乱れちゃってる感じ。一部ちょっと()ってるような感じ。気高(けだか)くも美しいみたいな感じ。私は薔薇(ばら)(さだ)めに生まれた感じやないか。  しかも俺はその画風(がふう)にちょっと見覚えがあった。俺も描けるんや、おんなじ画風の薔薇(ばら)が。  生き汚く黒猫食うて、ブスのトミ子とフュージョンしてもうてから、俺はちょっと変やねん。少女漫画にめちゃめちゃハマる。『ベルサイユのばら』で泣けるようになってきた。  秘密やでアキちゃんには絶対言うたらあかんで、どんな(さげす)んだ目で見られるか、想像しただけで泣きそうやで。  絶対、トミ子のせいや。あいつ漫画(まんが)オタクやったんや。猫やった時に、(ひま)やていうから、少女漫画読みたい言うし、()うてきて読ませてやったこともある。親切やろ。  仮にも男の俺が、ブッサイクな猫抱いて本屋まで行って、これ買え言われた()ずかしい表紙の漫画全巻セットとかを()うてやってたんやで。めちゃめちゃ見られたわ、店員の女子に。  そんな(おん)も忘れて、命助けたるから言うて、俺に変な病気をうつしていきやがったんや、あの女。『王家の紋章(もんしょう)』の続きどないなったんやろって、気になってしょうがない(びょう)とかな。そんな不治(ふち)(やまい)をや!  文句言うたる。もしもまた会えたら。  どこやトミ子。あの、どブス。絶対いるはず、これはあいつの絵や。俺には分かる。  そう思って必死で店内に目を走らすと、白いネグリジェみたいなんを着た裸足(はだし)の若い女の子が、空中にごろごろ寝転がるようなポーズで、背中に生やした羽根(はね)をぱたぱたさせながら、白い羽根ペン走らせて、薔薇(ばら)の絵を描いていた。  せやけど知らん、俺の知っているトミ子ではない。  めちゃくちゃスリムでプロポーションがいい。長い黒髪だけに見覚えがあった。それを巻いてきたんか、お(ちょう)夫人かみたいな(たて)ロールになってんのや。 「こらあっ、トミ子! なに少女漫画みたいな髪型してんのや!」  とっさに我を忘れて、俺はその姿に(さけ)んでた。  すると(たて)ロールの天使はびくうっと飛び上がった。見えてへんつもりやったらしい。  振り向き(ざま)に、顔が見えるかと思うたんやけど、天使は顔出しせえへんかった。ものすごい白い光が、背中からというか、顔からというか、その天使の存在自体から発して、目がくらむようやった。  それはさすがに店内にいた全員に見えた。今まで半透明やった薔薇(ばら)の花が、カチッとピントが合うみたいに、突然店内のそこかしこに出現した。  アキちゃんは、自分の周りにも取り巻くように描かれていた赤い薔薇(ばら)に、うわあってマジで悲鳴を上げていた。  花に包まれたことないもんな。アキちゃんそんな、ヴェルサイユ系の王子様キャラやないもん。どっちかいうたら背景に杜若(かきつばた)とかやもんな。和風やもん。行ってもせいぜいその辺りやで。  トミ子と思える少女天使は、あらかじめ出現予定場所として花描いといたらしい、すごい背景のあたりに、後光(ごこう)を発して顔隠しつつ、マリア様みたいなお祈りポーズで現れた。  なに世界作っとんのやトミ子、ブスのくせに。顔出せ、顔を!

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