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18-16 トオル

「天使や……」  呆然(ぼうぜん)とした声で、神楽(かぐら)(よう)(つぶや)いた。(もち)唖然(あぜん)と見てた。藤堂(とうどう)さんさえ(おどろ)いていた。  ビビるな、カトリック系。あれは絶対トミ子なんや。ものすごいブスなんやで、(だま)されたらあかん。  しかし顔が見えてへんと美少女みたいに見える。ええ体してたんや。それが生足(なまあし)露出(ろしゅつ)やからな、とりあえず皆見てた。  え。生足(なまあし)関係ないかな。天使やからかな。まるで奇跡(きせき)みたいやから?  店内には、ものすごく甘く(かぐら)しい花の芳香(ほうこう)がたちこめていた。  よく見ると薔薇(ばら)だけやのうて、百合(ゆり)の花も描いてあった。ちょっとミュシャ系も入ってた。(かざ)(けい)まである。ベルサイユの薔薇(ばら)とアルフォンス・ミュシャを足して二で割ったような感じ。  わかるかなあ、そういうの。女の子の好き系なんやで。ロマンチックな。  トミ子、お前そういう女やったんやな。和風の京女(きょうおんな)やと思ってたのに。実は少女漫画系やったんや。これで間違いない、俺の少女漫画病がお前のせいやということが。  それともそう思いたいだけで、俺は実は少女漫画が好きな男やったんか。  面白い、『ガラスの仮面』とか。語り合いたかった、トミ子、お前と日がな一日、オールド少女漫画談義。ぜったい楽しかったのに。  アキちゃん聞いてくれへんどころか、表紙に(さわ)るのもさぶいぼ出るらしいよ。アレルギーやねん。宇宙人平気なくせに北島(きたじま)マヤがあかんねん。水煙(すいえん)とキスできんのにな、『ガラスの仮面』のヒロインが怪物に見えるらしいで。  聞いてくれトミ子! 俺の愚痴(ぐち)を! 「万軍(ばんぐん)の神なる(しゅ)、いと高き御方(おんかた)(めい)により、預言(よげん)()べ伝えに参りました。わたくしは(せい)スザンナです」  めちゃめちゃ気取った声で、トミ子は伝えた。まさしくあのブスの声やった。 「(うそ)や、お前はトミ子やろ! お見通しやぞトミ子!」  思わず椅子(いす)から立って、俺はトミ子を指さした。  何が(せい)スザンナやねん。トミ子です。トミ子! 「(せい)スザンナです」  俺に向かって、トミ子はまた断言した。 「なんやとこら……それはええけど、お前えっらいダイエットしたな。足()せたやん。どないして()せたんや」  空中にある脚線美(きゃくせんぶ)に、一応ほんまに感心はして、俺は(たず)ねた。  女ってこの手の話に弱い。聞いて聞いてみたいになる。トミ子ももちろん女やった。怪物的ブスでも、中身は乙女(おとめ)やで。 「ほんま? ()せたやろか? そうやねん(とおる)ちゃん。林檎(りんご)ダイエットしてみたんや。そしたらこれが()いてなあ、あっというまに()せたんえ。やっぱり楽園(エデン)林檎(りんご)は違うわあ」  (うれ)しそうに引っかかって、トミ子はゲロった。しかし顔を隠す光までは消えてへん。 「やっぱりお前か……顔を出せ、トミ子。せこいことすんな。自分の顔で勝負しろ」  はっとしたように、顔無し美少女天使は空中でうろたえた。 「トミ子って……」  アキちゃんがまず我に返っていた。  アキちゃん、その名前にはもう(おぼ)えがある。自分の元カノやと理解してる。それで気まずいというか、懐かしいというか、どうしてええやらという顔をした。 「お前か……あり」 「(せい)スザンナです!」  何か言いかけたアキちゃんに、(せい)スザンナは断言した。  あれ。そういえば俺、アキちゃんの元カノの(ガワ)のほうの名前知らんで。なんやったんやろ。 「亜里砂(ありさ)やろ?」  俺の手前(てまえ)か、呼びにくそうにアキちゃんは呼んでた。 「違う。(せい)スザンナ!」  ほとんど同時に追い(かぶ)せるように、アキちゃんと(せい)スザンナは(しゃべ)ってた。 「亜里(あり)……」 「(せい)スザンナ!」  も一回言おうとしても邪魔(じゃま)されたんで、アキちゃんは(こま)ってた。  亜里砂(ありさ)ちゃんか、あの姫カット。可愛(かわ)い名前しくさって。美少女っぽいやないか。  トミ子も戦え。お前、漢字で書いたら富美子(とみこ)やで、強そうやで。別にええやん、トミ子で。それがお前の名前なんやから。 「トミ子……何しに来たんや。アキちゃん恋しくなったんか?」 「もうっ、(せい)スザンナやて言うてるやろ。しつこい子やなあ、ほんまに、この(へび)め!」  しつこかったのは俺やないのに、俺がトミ子に怒られた。いや、(せい)スザンナに。ぜったいトミ子やと思うんやけどなあ。 「俺、ちゃんとご飯は()きたてのを冷凍してんで」 「そうか。ちゃんと、いつ冷凍したやつか書いとかなあかんえ。あんまり古なったら捨てなあかんのえ。冷凍庫は魔法の箱やないんやから」  うんうんと、俺は(うなず)いた。天使のお告げや。冷凍庫は魔法の箱にあらず。三ヶ月前の冷凍ゴハンとかアキちゃんに食わしたら神罰(しんばつ)があるんやで。  いつ冷凍したんか謎なアジの開きなどには挑戦したらあかん。不味(まず)いだけならええけども、腹壊すかもしれへんからな。何でも冷凍しといたらええかみたいなノリではあかんのや。(きび)しいでえ、主婦道は。トミ子の猫パンチで痛点(つうてん)(なぐ)られる。 「お前が作ってた佃煮(つくだに)みたいなの、どうやって作んのか聞く(ひま)なかった」  俺が甘えて(たず)ねると、光り輝く美少女天使(顔無し)はうんうんと(うなず)いたようやった。 「ああ……あれはな、出汁(だし)とった後のお昆布(こぶ)さんで作るんえ……って、そんなことを話に来たのではありません!」  急に芝居(しばい)(くさ)い標準語に戻り、(せい)スザンナは、はっと聖なる任務に立ち返ったようやった。  そこまで言うたんやったら言うていけ、佃煮(つくだに)のレシピ。

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