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18-17 トオル

 がばっと姿勢正したお(いの)りポーズに戻り、天使は荘厳(そうごん)()べ伝えた。 「三日後、神戸の全天(ぜんてん)に、天使の輪が現れます。それによって神戸は異界(いかい)となり、近隣の都市は神戸の厄災(やくさい)より守られます。ただしこの輪が消える時まで、神戸への出入りはできなくなります。輪のあるうちに、厄災(やくさい)を片付けるべし」 「その輪は何日()つんや、亜里砂(ありさ)」  アキちゃん無意識やったんやろ。ついつい昔の(くせ)というか。その名前で(おぼ)えてんねんから無理もないけど、天使は亜里砂(ありさ)と呼ばれたことにマジギレしていた。 「亜里砂(ありさ)ではない! トミ……やのうて、(せい)スザンナです! 同じこと何遍(なんべん)も言わせんといてちょうだい!」 「はい……すみません。(せい)スザンナです……」  ピシャーン言われて、アキちゃん顔を(おお)っていた。たぶん情けなかったんやろ。アホらしすぎて。  それとも、何かの幻想が(くず)れてもうたんかな。トミ子がこんなアホみたいで。もっと可愛かったんかな、亜里砂(ありさ)ちゃんの頃は。  どうせ可愛いフリしとったんやで。こっちがこいつの本性(ほんしょう)で間違いないんやから。 「神はあなた方の戦いを祝福(しゅくふく)しておいでです。天使の輪の中では、神の聖なる力場(りきば)により、御心(みこころ)にかなう者には霊力(れいりょく)さらに倍のボーナスが付与(ふよ)されます。もしも死んでも殉教者(じゅんきょうしゃ)として、無条件で天国にお迎えできます。その際、過去の行いは不問(ふもん)です。心おきなく戦いなさい」  どんな特典や。死にとうないわ。復活ボーナスとかないんか。ケチやなあ神! 「霊力(れいりょく)、さらに倍……」  そこやないやろ、っていうところに、大崎(おおさき)先生は反応していた。  コンプレックスやったんか、霊力(れいりょく)不足が。あるよね、そういうの。人それぞれあるよ、悩みはね。  霊力(れいりょく)不足になんの問題があるかというと、まあ一つには、強い式神(しきがみ)(したが)えられへんということや。相手をねじ()せるのに力が要るし、(やしの)うていくにも血の力が要る。  せやけど秋尾(あきお)みたいに、神に(つか)わされてやってきたようなのは、(げき)に見合わんような力を持ってても、大人しく()(したが)う。主神(しゅしん)である神、秋尾(あきお)の場合は伏見稲荷(ふしみいなり)権現(ごんげん)さんやけどな、それとの主従関係があるから、任務には逆らわれへんのや。  せやけど肝心(かんじん)(げき)に、それを(あやつ)るための力がなければ、せっかくのお(きつね)様を付き従わせてても、霊力(れいりょく)をフルには発揮(はっき)させられへんもんらしい。すごい車持ってるけども、運転が下手、みたいなもんか。 「倍かあ……」  しみじみと秋尾(あきお)が言うてた。 「倍あったら先生、僕もいけます」  何の話や(きつね)。俺はすごく期待して見たが、そんな話ではなかった。 「変転(へんてん)して戦える。ほんまもんの姿に。白狐(びゃっこ)やで先生」 「そうか。張り切ろか、今生(こんじょう)の思い出に!」  (じじい)、むっちゃ張り切ってたで。思わず立ち上がって宣言(せんげん)していた。  そこまで燃えて大丈夫なんか、いきなり倒れたりせえへんやろなあ。年寄りなんやから、ほどほどにしとかんと。  しかしそれが心配ではないんか、秋尾(あきお)はにやりと笑っていたわ。こいつがこんな顔すんの、初めて見たわ。うっとり(あだ)っぽいような、(けだもの)くさいほくそ笑みやった。  やっぱり嬉しいんやろ、水煙(すいえん)やないけども、時には燃えたい。それはそうやろ、こんこん(ぎつね)は神やけど、(けだもの)でもあるんやから。 「そんなん、十年前にもしてくれはったらよかったのに」  蔦子(つたこ)さんがぼやいた。それを(せい)スザンナが、びしっと指さした。 「そこです! この戦いは我が(しゅ)にとっては骨肉(こつにく)の争いです。(へび)との!」  俺は本能的にオタオタしていた。そして(もち)は本能的にか、胸の前で十字を切っていた。 「東の海より(へび)眷属(けんぞく)が現れます。それが地下の悪魔(サタン)を目覚めさせようとしています。これが全ての元凶(げんきょう)です。倒しなさい、本間(ほんま)暁彦(あきひこ)!」  蔦子(つたこ)さんを()していた(ゆび)で、(せい)スザンナは今度はアキちゃんを()(しめ)した。  えっ、俺、って、アキちゃんはまた動揺していた。 「(りゅう)を倒すの?」  どう見ても、昔は親しかった相手に()いてる口調やった。  アキちゃん、(せい)スザンナやから。知らん人なんやからさ。そういうフリしてやれよ。 「それは無理どす」 「できるわけがない」  蔦子(つたこ)さんと大崎(おおさき)(しげる)が同時ツッコミやった。 「神に選ばれし者に、不可能はありません!」  トミ子はがつんと言うてやっていた。いいぞう、トミ子。お前は強い。最強なってきてる。アキちゃんを守ってやってくれ。せっかく羽根まで生えたんやから、守護天使をやれ。 「自分を信じなさい。神は他ならぬ貴方(あなた)名指(なざ)されたのです。貴方(あなた)にはできる。もっと自分の可能性を信じるのです」  ビシイみたいに指さしたまま、聖スザンナはむちゃくちゃ強い声して、アキちゃんに暗示(あんじ)をかけていた。  たぶん、そういうことなんやと思う。信じなあかんねん。アキちゃんはもっと、自分の力を信じなあかん。トミ子が言いたいのは、そういう事なんとちゃうやろか。  しかしアキちゃんにとって(せい)スザンナは、天使やなかった。昔の女やった。  だって信仰心なんかないんやもん。キリスト教徒と違うから。アキちゃんにとっては天使なんて、絵の題材か、せいぜいが()えキャラやで。

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