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18-18 トオル

「可能性って……できへんよ。(りゅう)なんか、見たことないしな。せめて、何かないの、(りゅう)はこう倒せ、みたいな、初心者向けの入門編みたいなの。そういうのでも無いと無理やで、亜里砂(ありさ)」  猿でもできる(りゅう)退治(たいじ)、入門編。そんなもんはない。  それにまた言うてもうてた。亜里砂(ありさ)って。  怒ったよ、(せい)スザンナも。仏の顔も三度って言うけど、これ三度目やったっけ。天使でも三回目で限度なんかな?  もともと(ゆび)さしてた(ゆび)を、空中からさらにずずいとアキちゃんの眉間(みけん)()して押し出してきて、天使は言うた。 「逃げ腰やねん、暁彦(あきひこ)君は」  どう聞いてもそれは、天使やのうて、別れた元カノの声やった。  アキちゃんは、いきなりのその罵倒(ばとう)に、ガーンてなってた。言われたくなかったんやろ、亜里砂(ありさ)には。 「いっぺんでもウチに、自分から電話してきたこと、あった? 何食べたいのって()いても、なんでもええよって、いつも言うてたでしょ。お前の料理はなんでも美味(うま)い? それはね、ちょっと聞く分にはええんよ、優しいみたいなんよ。せやけど結局ね、あんたは自己主張が薄いんよ!」  めちゃめちゃ言われはじめていた。しかも皆さんお(そろ)いの場で。 「絵の中でしか、本音(ほんね)出されへん。せやから絵を(けな)されたら耐えられへん。この絵は(いや)やてウチが言うたくらいで、一瞬でキレてもうて、子供やないんやから。言いたいことあるんやったら、言うたらよかったんえ。もっと自分をさらけ出して、絵描く時みたいに生きたらええんよ。変やて言われても、そんなアホ笑い飛ばしてやったらよかったんや!」  トミ子にドヤされ、アキちゃん顔面蒼白(がんめんそうはく)なってたわ。さっそく許容量(きょようりょう)()え。またもやノーリアクションやで。  怒ったらあかんとか、キレたらあかんとか、そういう事を思ってたんやろな。長年染み付いたアキちゃんの(くせ)や。  激情(げきじょう)(おさ)える。穏和(おんわ)にクールに。熱くはならず。それが俺のキャラやって、自分に言い聞かせてきた。  せやけどアキちゃんて結構、熱血な子やで。情熱的やし。燃える時には熱く燃えてる。それがきっと、ほんまのアキちゃんの正体やねん。 「格好(かっこう)悪うてもええやないの。それがほんまの自分なんやったら、それでええんよ。ウチが()れたんは、絵描いてる時のあんたなんえ。暁彦(あきひこ)君は、絵描いてる時が一番素敵(すてき)や。一番格好(かっこう)ええわ。夢中(むちゅう)で本性さらけ出してる時が、一番ええんやもん。だから心配することなんもないんえ」  (さと)すおかんのような口調で別れた女に言われ、アキちゃんはぐうの音も出てへんかった。ただただ(こま)ったような(けわ)しい顔をして、指さす天使を()(あお)いでた。  ていうか、トミ子。お前もそんなこと言うんやったら、顔出して見せろ。お前のあの、怪物的な()美貌(びぼう)を。せっかくやからアキちゃんに見せてから行け。  いったい自分がどんな女と付き()うてたか、アキちゃんには知る権利があるやろ。  俺はもちろんそれを、トミ子に突っ込みたかった。せやけど、この時ばかりは空気を読んだ。だって絶対正念場(しょうねんば)やで。ここでスカしてもうたら、アキちゃんにはもう後がない。  あと三日やしな、正味(しょうみ)の話。ドラゴン倒さなあかんのやしな。目覚めてもらわなあかんやんか。自分の持ってる真の力とか、そういうのがあるんやったら、突然使えるようになってもらわなあかん。  トミ子はきっと、その奇跡(きせき)を起こすために来たんや。そのための天使やねん。  せやからガンガン行け。もう一押し、なんか言えトミ子。なんか言えとテレパシーを送る俺の念波(ねんぱ)は、なんでか(せい)スザンナではなく本間(ほんま)暁彦(あきひこ)のほうを(しゃべ)らせた。  アキちゃんがここで何か話せるとは俺は全く予想だにせんかった。きっと永遠に固まったままやと思ってたわ。 「お前な……そんな女やったっけ……」  (なや)むような顔をして、アキちゃんがぽつりと言うた言葉に、今度はトミ子がぎくっとしてた。どうも逆襲(ぎゃくしゅう)が始まるらしかった。 「いつも大人しそうな、大和撫子(やまとなでしこ)みたいでさ、俺に文句なんかいっぺんも言うたことなかったやないか。それが何やねん、今さらんなって、思い出したみたいに(えら)そうな愚痴(ぐち)言いやがって」  アキちゃんは、なんか思い出してるような顔をして、眉間(みけん)にしわ()せ、天使の光輝(こうき)が照らす、店のコンクリート敷きの床をじっと見つめた。  もちろん店にいた他の皆さんも、そんな本間(ほんま)暁彦(あきひこ)を、(だま)ってじっと見ていた。 「そう言うお前も(うそ)ばっかりやったやないか。俺のこと(だま)しやがって、死んだ女の皮なんか(かぶ)りやがって、俺が何言うても、そうね暁彦(あきひこ)君、そうね暁彦(あきひこ)君て、基本同意の言うなり女やったやないか。そのくせ、そんなこと思うてたんか。言えばええやん、お前こそ、ほんまのこと言えばよかったやないか!」 「ウチ死人やねん、死んだ美少女の皮(かぶ)ってんの。それでも好きやねんて言えばよかった? ドン引きするやろ!」  トミ子、トミ子、天使キャラどこいったん。マジで喧嘩(けんか)したらあかんのと違う? 今、すごく大事なところと違う? 正念場(しょうねんば)なんと違う?  俺はそう思ってオロオロ見てたんやけど、どこで入っていいやら、割って入れるタイミングが無いねん。  痴話(ちわ)ゲンカやで、痴話(ちわ)ゲンカ。トミ子マジギレ。そしてアキちゃんもけっこう真面目(まじめ)に怒ってた。

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