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18-19 トオル
「ドン引きするわ! せえへん奴 なんかおるか! 実は死体やねんて言われて、ああそうかぁ、別にええよみたいな男がどこに居 るねん!」
「ウチのこと愛してなかったんや」
「そういう問題やないやろ。死体なんやで。死んでんのやで。よう半年も保 ったわ!」
死体がな。愛やのうて。デッド・ボディがですよ、腐 りもせずに半年間、よく保 ったなあ、っていう話ですよ。そういう事なんやで、トミ子。お前と俺がよくぞ半年続いたわという意味やないねん。
アキちゃん、時々言葉が足りないの。分かってやって、お前かて半年付き合 うて、それくらい知ってんのやろ?
せやけどトミ子は知らへんかった。アキちゃんと本音 トークしたことがない。実はこんなエグい我 が儘 なボンボンやって、あんまり知らんかったみたい。
「よう半年も……って。ひどい。好きやったんやもん。好きになってもらおうと思って、なんでもあんたに合わせてたんやないの! 死体に取 り憑 いて半年も、にこにこ綺麗 なままで居 るんが、どんだけ大変やったか、あんたに分かる?」
「わからへんよ、そんなん分かる人間おらんよ」
まあ、そうなんやけどな、アキちゃん。その返事はまずいよ。トミ子の気持ちも考えてやらんと。
天使はオタオタしてる俺の目の前で、今にも泣きそうみたいな、握 り拳 を口元にもっていくポーズになってた。少女漫画やったらもう確実に、でっかい目が涙でうるうる来てる。
せやけど、この天使の顔は相変わらず目映 い光の目隠 しの中にある。
それでもアキちゃんは、泣かしてもうたというのは理解したらしい。急に凹 んだ。首を垂 れ、がくっと激しく落ち込んでた。
こういう風 になるのが嫌 で、本音 トークはせえへんかったんやって、考えてるような顔やった。どうせそうやねん。アキちゃん確かに、逃げ腰やからな。女泣かせるなんて、格好 悪いし、そんなんしたない、可哀想 やもんて、そういうふうに思う子や。
「ごめん……あのな、お前が描いた絵、見たよ。亨 が描いたやつやけどな、お前の絵やろ、芍薬 の……綺麗 やったわ、お世辞 やのうて、ほんまに綺麗 や。俺はお前の絵が好きや。なんでお前がいるうちに、あの絵を描いてくれへんかったんや。そしたらお前が死体でも、のけぞるほどの凄 いブスでも、全然平気やったかもしれへんのに」
アキちゃんは、それ言う自分がどんだけ痛いんか、頭痛いわって額 押さえてブツブツ吐 いてた。
今言うとかんかったら、もう言える機会がないかもしれへんて、思ったんやろな。言わずに済ますと薄情 で、そういう自分が許されへん。アキちゃんはずっと、そう思ってたんかもしれへん。俺が描いて見せた、トミ子の芍薬 の絵を、初めて眺 めた時からずっと。
トミ子は、うえーんて泣くような仕草 をした。嬉 し泣きか、ブス。良かったなあって、俺も思わずもらい泣きしかけたんやけど、洟 をすする天使が、くるりと俺のほうを見て言った。
「亨 ちゃん、ちょっと何か喋 って繋 いどいて。ウチ、なんや、目から汗 が……」
「涙 や、トミ子。泣きながらでええし何か言うとけ」
俺は舞台袖 から励 ますマネージャーみたいな囁 き声で、トミ子を必死で励 ました。お前、これラストチャンスかもしれへんで。
「そんなん言われても……何言うてたんか忘れてもうたわ。天使やなかったら成仏 してる」
「したらあかん、したらあかん。お前、なんか任務 あって来てんのやろ?」
俺はまたオタオタした。頭真っ白なってる、トミ子。大満足しかけてる。本題忘れてもうてる。アキちゃんのケツ叩 きに来たんとちゃうの。そういう事やったんやろ?
「任務 ? 任務 て……なんやったかしら。暁彦 君、ウチな、天国で絵描いてんの。お前、絵上手 いしって言うてもろてな、この世の美を描き出せって、ものすご大きい壁画 を描いてんの。いつまでかかるか分からへんのやけど、綺麗 なもんいっぱい描けて、それで天国に来た皆さんに楽しんでもらえてて、ウチは楽しい」
一生懸命 話すハナタレのトミ子の話を、アキちゃんは、うんうんて聞いてやっていた。聞くしかなくて、他の皆さんも聞いていた。
「今ね、いまだかつてないぐらい穏 やかな気分やねん。今の仕事が、合ってると思うんえ。せやし、ウチは幸せやねん。心配せんといて。暁彦 君と別れて寂 しいけど、でも絵描いてたら幸せやから、それでええの。ウチの絵好きやて言うてもらえたしな……ウチ、頑張 って絵描くわ」
なんでか蔦子 さんがもらい泣きしてた。うっ、て泣き崩 れてハンカチを探す蔦子 さんの、手間取 る手を見かねたんか、大崎 茂 が困 ったような渋面 で、懐 にあった手拭 い貸してやってたわ。
見たけどな、俺は目ざとい。それはアキちゃんちのおかんが作らせている、蜻蛉 の柄 のやつやったで。爺 、どこまで秋津家 マニアやねん。
「ウチ、天国からいつも、暁彦 君のこと見守ってるから……。あっ、見守ってもええ時だけやからね、気にせんといて。覗 いてないから」
言わんでええねん、トミ子。言わんかったら気にせえへんのに。言われてもうたら余計 気になるやんか、今見てんのかなとか気になって、アキちゃん自由に俺といちゃつかれへんようになるやないか。
「亨 ちゃん……ええ子やで。二人で幸せになってね。指輪、金よりプラチナがええって、亨 ちゃん言うてたわ。自分の世界で……」
なに暴露 しとんねん!!
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