230 / 928

18-20 トオル

 (のぞ)きまくってるやないか、お前! センチメンタルな俺の世界を!  確かにそんなこと言うた。心の中でやで。確か、喫茶(きっさ)「いつも朝飯(あさめし)」を出たあたりでや。  トミ子、いつからストーカーしとってん。まさか常時(じょうじ)か。常時(じょうじ)監視(かんし)か。俺がうだうだ考えてたことも、実は全部知っとったんか。それで俺がトミ子来てくれって(たの)んだから出てきたんか? ひどい、もっと早うに来てくれよ! 「プラチナ……?」  アキちゃんがぽつりと言うて、俺を見た。  (みんな)、俺を見た。蔦子(つたこ)さんもボロ泣きしながら俺を見た。半笑(はんわら)いで神楽(かぐら)(よう)も見た。苦笑(にがわら)いで藤堂(とうどう)さんも見た。  見るな(みんな)、俺の赤い顔を! 「なんでもない! なんでもない!! ()らんこと言わんでええねん、(せい)スザンナ。ありがとう、もう帰ってええわ! もう用事ないならとっとと帰ってくれ!」  顔を(かく)して、俺はほんまにジタバタしていた。知らんもん、こういう時にどのようにやり過ごすもんなのか。  アキちゃんは、そうかプラチナかぁ、って、ぼけっと言いやがるし、何の話どす、って蔦子(つたこ)さんは泣きながら興味(きょうみ)津々(しんしん)すぎるしやな。(こら)えきれずに、しおしおなって席に戻って、テーブルに()()していた俺を、トミ子は薔薇(ばら)に包まれて、()(がた)後光(ごこう)背負(せお)って見下(みお)ろすし、それがサービスとでも思ってんのか、俺の頭の上に薔薇(ばら)の花びらと何や知らんキラキラしたもんを、じゃんじゃん降らせてた。 「悪魔(サタン)改心(かいしん)させた偉業(いぎょう)を思えば、次なる(へび)も何とかできるやろ。よろしゅうお(たの)(もう)しますって、我が(しゅ)からの預言(よげん)です。神戸(こうべ)は大事な布教(ふきょう)の足がかりやし、ここらで一発、ど派手(はで)奇跡(きせき)を見せとこかって、そんな(おぼ)()しやさかい、なるべく派手(はで)めにお願いいたします。天の父なる(しゅ)には栄光(えいこう)()には、御心(みこころ)(かな)う人々に平安を。讃えよ(ハレルヤ)讃えよ(ハレルヤ)救いの御業を(ホザンナ)。父と子と聖霊(せいれい)御名(みな)によりて、かく行われるべし(アーメン)」  じゃんじゃん花を()()らしながら告げ知らせ、(せい)スザンナは猛烈(もうれつ)な光を発して、一瞬にして店内から()き消えた。  後にはまだしばらくの間、沢山(たくさん)薔薇(ばら)の花と、その芳香(ほうこう)が残されていた。そしてもちろん、気まずい沈黙(ちんもく)も残されていたんや。  わあわあと、テレビ中継(ちゅうけい)の阪神戦が、よそ(ごと)みたいな歓声(かんせい)を上げていた。  俺は(いま)だに()ずかしく、テーブルに()()したままでいた。  ほんまに勘弁(かんべん)してくれトミ子。いずれ(おり)を見て返事しようかなって、そんなほのかな気持ちでいたのに。なんで暴露(ばくろ)すんねん。しかも衆人(しゅうじん)環視(かんし)のもとで。()ずかしいやないか。  えへん、と、(もち)咳払(せきばら)いをした。 「見ちゃいましたね、天使」  初めて見たわあ、って、そんな感じで、(もち)感慨(かんがい)深そうにコメントをした。 「見てもうた。ほんまに()るんや、天使……」  くらくら来たみたいに、藤堂(とうどう)さんが(つぶや)いた。  なんやねん、()らんと思ってたんか。見たことないもんな、普通。俺かて正真正銘(しょうしんしょうめい)のは初めて見たわ。勝呂(すぐろ)はもう堕天使(だてんし)やったしな。 「ほんまに()るんや、神様」  しみじみと言う藤堂(とうどう)さんの声がして、俺は()()した腕の合間(あいま)から、その(けわ)しい顔を(ぬす)み見た。  ()らんと思うてたんか。なんで。()らんと思うぐらいやったら、一体あんたは何を(おそ)れてたん。  信じてたやんか、ずうっと信じてた。神様()るって、思ってたやん。それで(へび)が怖かったんやないか。  天使出てきて、ビビってもうたか。(よう)ちゃんと別れよか。  藤堂(とうどう)さんも、そう思ったんかもしれへんわ。冗談(じょうだん)言うてた。神楽(かぐら)(よう)に。 「やっぱり無かったことにしよか」  にやにや笑って()藤堂(とうどう)さんを、神楽(かぐら)(よう)は青い顔して、じろっと(にら)んだ。 「何を今さら言うとうのや。こうなったら居直(いなお)りですよ。天使もこの(へび)祝福(しゅくふく)していったんや、何でもありです。僕は別れませんから」  神父はビビってもうて、返ってヤケクソなってきたらしい。ブチキレたみたいに小声で宣言いた。 「ロレンツォ……」  目をしょぼしょぼさせて、(もち)神楽(かぐら)(よう)を呼んだ。それに破戒(はかい)神父はびくっとしていた。  怖いんやったら、やめてもええんよ、(よう)ちゃん。離婚して元鞘(もとさや)戻るという手もありよ。 「あのね、今のやつね、報告書にまとめてヴァチカンに送っといてくれるかな? 写真撮ってみとけばよかったなあ。絵でもいいんだけど。確か本間(ほんま)さん、絵描きさんでしたよね?」  (もち)がアキちゃんに、今の奇跡(きせき)の絵を描いてくれと(たの)んでた。  さすが大司教(だいしきょう)強者(つわもの)や。アキちゃんに少女漫画みたいな光景の絵を描かせようとは。 「描けますけど……ああいうのは、こいつの方が得意(とくい)ですし、こっちが描いてもいいですか」  こっちって誰。俺やないか。  アキちゃんは俺に、神父がヴァチカンに送る添付資料(てんぷしりょう)の絵を描けと言うてた。  あのなあアキちゃん、俺は(へび)やで。教会の敵なんやで。その俺がなんで、ローマ教皇に少女漫画ふうイラスト描いて送ってやらなあかんねん。どんな仕事やそれは。大司教(だいしきょう)、あかんて言うわ。 「いいですよ、別に誰が描いてくださっても。広報に使ってもいいですか」 「いいですよ、タダやないなら」  さらっとアキちゃんはそう答えた。何言うてんの、ケチやなあ、ボンボンのくせに。

ともだちにシェアしよう!