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三都幻妖夜話(3)神戸編 18-23 トオル | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
18-23 トオル
作者:
椎堂かおる
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18-23 トオル
秋尾
(
あきお
)
は
痛恨
(
つうこん
)
の表情で押し黙っていた。 「僕も知りませんよ、見たことないんやもん」 「絵は見たことなくても、身に
覚
(
おぼ
)
えはあんのか」 「ありませんよ、そんなん。
暁彦
(
あきひこ
)
様の
意地悪
(
いけず
)
やろう。そんなん描いたら先生怒るやろうと思って、ふざけて描かはったんですよ」 「怒るわ!」
宣言
(
せんげん
)
どおりにプンスカ怒って、
大崎
(
おおさき
)
茂
(
しげる
)
はがつんとビールのグラスをテーブルに戻した。 俺は、ほんまの話かと思って、
殊勝
(
しゅしょう
)
に首を
垂
(
た
)
れている
眼鏡
(
めがね
)
の
狐
(
きつね
)
を
盗
(
ぬす
)
み見た。 その視線に気がついたんか、
狐
(
きつね
)
もちらりと俺を見た。そして、一瞬、にたりと笑った。
照
(
て
)
れくさそうな、気まずいけども、
根性悪
(
こんじょうわる
)
そうな
笑
(
え
)
みやった。
狐
(
きつね
)
やからな。
大崎
(
おおさき
)
茂
(
しげる
)
では
調伏
(
ちょうぶく
)
できない、
伏見
(
ふしみ
)
の
白狐
(
びゃっこ
)
なんやろ、
秋尾
(
あきお
)
の
正体
(
しょうたい
)
は。
式
(
しき
)
は自分を支配してる
巫覡
(
ふげき
)
に
嘘
(
うそ
)
はつけないんやけどな、こいつはほんまに
大崎
(
おおさき
)
茂
(
しげる
)
の
式
(
しき
)
やろか。実はただの守り神やないのかな。自分の意志で
憑
(
つ
)
いている。 俺がアキちゃんとの
契約
(
けいやく
)
を切った後にも、
未
(
いま
)
だに取り
憑
(
つ
)
いて離れへんみたいに、
大崎
(
おおさき
)
茂
(
しげる
)
が気に入って、ただずっと
居座
(
いすわ
)
ってるだけやないのか。
式神
(
しきがみ
)
みたいな顔をして。
式神
(
しきがみ
)
が他の
覡
(
げき
)
から
使役
(
しえき
)
を受けるなんて、そういうこともあるんかな。アキちゃんのおとんのほうが、
大崎
(
おおさき
)
茂
(
しげる
)
よりも能力が上で、そやから
秋尾
(
あきお
)
を
変転
(
へんてん
)
させられたんか。 アキちゃんのおとんて、そんな悪い子やったん。他人の
式
(
しき
)
を
寝取
(
ねと
)
ろうなんて、そんな
悪党
(
あくとう
)
やったんや。 ふうん。さすがはアキちゃんのおとんやな。
手癖
(
てくせ
)
が悪い。 「
幾
(
いく
)
らや」 ドスの
効
(
き
)
いた声で、
大崎
(
おおさき
)
茂
(
しげる
)
は
藤堂
(
とうどう
)
さんに
訊
(
き
)
いた。 「売りません」 豆食いながら、
藤堂
(
とうどう
)
さんはにこにこ言うた。 「なんで売らんのや。
素人
(
しろうと
)
がそんな絵持ってても、ええことないで!」 「けっこう可愛い
狐
(
きつね
)
やし、気に入ってるんです。でも、そうやなあ、先生。今回うちで何してはるか、
詳
(
くわ
)
しく教えてくださったら、俺も考えます。それが
嫌
(
いや
)
なんやったら、俺も
素人
(
しろうと
)
やから、
祟
(
たた
)
るような絵やった怖いし、
西森
(
にしもり
)
に言うて
競売
(
きょうばい
)
にでもかけましょうか。先生の知らんところで」 うふって笑って、
藤堂
(
とうどう
)
さんは
機嫌
(
きげん
)
が良かった。 こんな悪い子やったっけ、
藤堂
(
とうどう
)
さん。まさか俺の血? それとも、もともと、仕事場ではこんな、
根性悪
(
こんじょうわる
)
いおっさんやったんかなあ。 「……
藤堂
(
とうどう
)
卓
(
すぐる
)
」
唸
(
うな
)
るみたいな声で、
大崎
(
おおさき
)
先生は呼んだ。その歯がみしそうな
歯列
(
しれつ
)
の中に、
鋭
(
するど
)
い
犬歯
(
けんし
)
が混ざってた。
大崎
(
おおさき
)
先生は相当な
歳
(
とし
)
やろうけど、歯は全部そろってた。肌の色も
綺麗
(
きれい
)
やで。
爺
(
じじい
)
なんやけど、
色白
(
いろじろ
)
で健康そうな肌や。 ほんまやったら、とっくに死んでるような
歳
(
とし
)
かもしれへん。それでも超人的な
胆力
(
たんりょく
)
で生きている。たぶん、
狐憑
(
きつねつ
)
きやし、ちょっとばかし混ざってもうてんのやろ。
狐
(
きつね
)
と仲良うしすぎたんかな。 「
中西
(
なかにし
)
卓
(
すぐる
)
」
藤堂
(
とうどう
)
さんは、わざわざまた
訂正
(
ていせい
)
していた。にこにこと。 「どっちでもええわ! この、
外道
(
げどう
)
めが。何が目当てや」
爺
(
じじい
)
、マジで怒ってた。それでも
藤堂
(
とうどう
)
さんは
余裕
(
よゆう
)
で豆食うてたわ。 「いやあ。目当てというか。ひとつには、うちのホテルで好き勝手せんといてくれという話ですけどね。もうひとつには、せっかくお
泊
(
と
)
まりいただいているんで、当方でも何かお役に立つことはないかと思いましてね」 「お役に立つやと?」 「地震でしょ、先生」
藤堂
(
とうどう
)
さんは、ちょっと
切
(
せつ
)
なそうに苦笑した。 「うちの親は、先の
震災
(
しんさい
)
で死んだんです。妹夫婦もね。
甥
(
おい
)
っ子たちも。皆、
長田
(
ながた
)
に住んでましたんで。火事でやられてもうたんです。それに、うちの従業員にも、
被災
(
ひさい
)
した者は多いです。みんな地元の子やからね。これも何かのご
縁
(
えん
)
でしょう。こそこそせんと、一枚
噛
(
か
)
ませてくださいよ」 にっこり笑って、
狐
(
きつね
)
とは違う
蛇
(
へび
)
の
牙
(
きば
)
のある口元を、
藤堂
(
とうどう
)
さんは見せた。 「そんなん……最初からそう言うたらええやないか」 「いや、
恨
(
うら
)
んでるから、
大崎
(
おおさき
)
先生のこと」 むっちゃ
爽
(
さわ
)
やかに、
藤堂
(
とうどう
)
さんは教えてやっていた。
大崎
(
おおさき
)
茂
(
しげる
)
はそれに
憮然
(
ぶぜん
)
としたけども、言い返しはせえへんかった。 まあ、そりゃあ、
禿鷹
(
はげたか
)
みたいに、
藤堂
(
とうどう
)
さんが死んで、あの絵が戻ってくんのを待ってたんやで。
恨
(
うら
)
まれてもしゃないよな。 そいつのホテルに泊まろうなんて、
大崎
(
おおさき
)
茂
(
しげる
)
も無神経というか、ええ
面
(
つら
)
の
皮
(
かわ
)
なんやで。 しかしやな、そんなことは、
大事
(
だいじ
)
の前の
小事
(
しょうじ
)
である。
神楽
(
かぐら
)
遥
(
よう
)
の言葉を借りれば。
些細
(
ささい
)
な
恨
(
うら
)
みや
鞘当
(
さやあ
)
てで、ギスギスしている場合ではない。
総力
(
そうりょく
)
をあげて戦うべきときだ。他ならぬ
大崎
(
おおさき
)
茂
(
しげる
)
が、ついさっきそう言うてた。 「わかった。始まればな、何日かかるか分からへん。できたら
近隣
(
きんりん
)
の住民の
避難所
(
ひなんじょう
)
にもしたいんや。
野戦
(
やせん
)
病院というかやな。普通の
怪我
(
けが
)
やないからな、死の
舞踏
(
ぶとう
)
にやられた
怪我
(
けが
)
は。そういうのに、お前のホテルを
使
(
つこ
)
うてもええか」 「いいですよ。人を
泊
(
と
)
めんのが商売やから。それに、うちには最近、医者も
居
(
お
)
るしね」 それで満足したように、
藤堂
(
とうどう
)
さんは
灰皿
(
はいざら
)
をとって、
煙草
(
たばこ
)
を
揉
(
も
)
み消した。 そして
大崎
(
おおさき
)
茂
(
しげる
)
と、おとなしく聞いていた
餅
(
もち
)
の
大司教
(
だいしきょう
)
の空っぽなってたグラスに、ビールをなみなみと
注
(
つ
)
いでやり、自分のグラスも
手酌
(
てじゃく
)
で満たした。 「
大司教様
(
ファーザー
)
」 カトリックの
礼儀
(
れいぎ
)
やわ。まずは
高僧
(
こうそう
)
に
酒杯
(
しゅはい
)
を上げて首を
垂
(
た
)
れ、
藤堂
(
とうどう
)
さんは
敬意
(
けいい
)
を
表
(
ひょう
)
した。 そして
大崎
(
おおさき
)
先生に、自分と
乾杯
(
かんぱい
)
させていた。
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椎堂かおる
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