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18-27 トオル
やっぱりアキちゃんには、金よりプラチナのほうが似合 うてた。俺の目に、狂 いはないで。
その輪の光る手を、俺はしっかり握 りしめてた。誰にもやらへん。俺の男や。アキちゃんは永遠に、俺のもの。そう誓 った。今夜の月に。
アキちゃんが、それでええかと言うたんや。
何に誓 うの、って、神楽 に訊 かれて。
普通はな、神に誓 うねん。せやけど、誓 うてもしゃないやろ、キリスト教の神さんなんかに。
ほんならどないすんの。おとん大明神 か。あの人もいちおう神やけど、一言も相談せえへんと結婚したしな、気まずいやん。
何でもええねん。卓 さんなんかホテルにやで。このホテル。ヴィラ北野 に誓 ったんやで。
売ったり潰 れたりしたらどうするんやろって、司祭 は結婚式の最中 やというのに、遠慮 無く愚痴愚痴 言いやがったが、そうか、そんなんでええならって、アキちゃんは、ちょうど出ていた月を見て、あれでええやんて言うたんや。
月読命 やて。月も神さんやからな、ちょうどええわということらしい。
たまたま礼拝堂 の窓 からご笑覧 やったしな。それに俺らは夜の眷属 、月明かりにはご縁 があるわ。
そして月は海や水とも縁 があるしな。潮 の満 ち干 を起こさせるのも月の力やし、水と月とは切っても切れへん。コップの水かて、実は月に引かれてるんや。
まあまあ、それならお誂 え向きと、そういうことらしい。
でもな、アキちゃんは知らんのやろか。月に愛を誓 うのは不実 なんやで。
観たことないんか、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』。俺は大昔のロンドンの、地球 座 での初演で観たけどな。
ロミオ曰 く。あの月にかけて、あなたへの愛を誓 います。それにジュリエット、答えて曰 く、あんな不実 な、変わりやすい月にかけてはいけません。あなたの愛がそれのように、変わってしまってはいやだもの。
あなた自身にかけてお誓 いください。あなたこそが私の崇 める神だから。
でも俺は、それをアキちゃんには教えへんかった。月であろうが、自分自身に誓 おうが、アキちゃんがあてにならんのは変わりない。
それでもええねん。俺は文句は言わず、誓います と言ってやり、アキちゃんとキスをした。
それは何百何千としたことのある、そしてこれからもするキスの、ほんの通過点やったけど、たぶん一生に一回しかしないキスやった。ただ触 れるだけやけど、俺はきっと一生それを憶 えてる。
今このときの自分が、どんな名で、どんな姿をしていたかを忘れはて、アキちゃんが、どんな姿に変わってしまっても、俺は忘れはしない。この夜に誓 ったことを。
アキちゃんは永遠に俺と居 る。俺にとってはそれは、願望やない。決意やねん。
俺はもちろん、自分自身にそれを誓 った。俺は神やで。他の神なんか要 らんから。我と我が身にかけて誓 ったわ。アキちゃんを、崇 め、守り、愛してやる。永遠に。死にも神にも分かたれぬ、永遠の俺の相方 として。
アキちゃんはそれに、自分も誓う と言った。知ろうが知るまいが、それが誓 いや。
誓 いというのは約束で、これは神聖なものや。好き勝手には破 られへん。
ましてそこらの人間ではない。お前は神と結婚したんやで。俺に黙 って死んだらあかん。そんなもん、誰が許そうが、俺が許さへん。
アキちゃんを抱いて、その手を握 り、ぼんやり見上げて眺 めると、天蓋 の鏡 には、眠るアキちゃんの顔が映ってた。
まだ若い。ものすごく若い。たった二十一年しか生きてない。死ぬというには、あまりにも若すぎる寝顔やったわ。
それが俺には、ほんまに泣けた。めそめそ泣いて、心おきなく、神戸に篠突 く雨を降らせた。夏の終わりの豪雨 やったわ。
雨は夜明けまで降り続き、風が鳴き、遠くでは海鳴 りが、ごうごうと聞こえてた。まるで海まで、俺の気持ちを理解しているかのようにな。
泣いてくれ、海にも心があるんやったら。俺は悲しい。アキちゃんとずっと、一緒にいたい。そういう気持ちを、わかってくれよ。お前も神やというんやったら。神戸の海よ。
しかし荒 ぶる海神 は、なんにも答えてけえへんかった。
ただただ激 しく、のたうつばかりや。
そう。今のところはな。
明日はどうか、わからへん。未来は見えへん。ケ・セラ・セラやで。
俺は絶対、諦 めへん。そういう、しつこい蛇 やねん。だって、諦 めてもうたらお終 いやんか。
俺は信じる。アキちゃんはきっと、すごい男や。すごい覡 になる。誰も死なへん。きっと待ってる。俺とアキちゃんのための大団円 が。
そうと信じ、それを祈 って眠りに落ちると、アキちゃんの胸は、すごく温かかった。そこが俺の終着点。間違いなくそこが、俺の楽園 やった。
――第18話 おわり――
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