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19-1 アキヒコ

 早朝、目が()めると、(とおる)はまだ眠ってた。  窓の外はどんより暗い曇天(どんてん)で、しとしと雨が降っていた。  そして俺の胸に(すが)って眠ってる(とおる)は、どことなく、泣いたような顔をしていた。  ほんまに泣いたんやろうなあと、俺はぼんやり考えた。  (とおる)がめそめそすると、いつも雨が降ってるような気がするし、こいつにはきっと、そういう力があるんやろ。雨を呼ぶような。  不思議やなあと、その(たび)思う。  お前はほんまに、人間やないんや。神様なんやなあ、って、今では当たり前のはずのことに、毎回静かに俺は(おどろ)く。  俺は神様と恋愛している。  いつも自分が先に目が()めて、眠っている(とおる)の顔を(なが)めると、なんて綺麗(きれい)(やつ)やろかと、毎朝(おどろ)く。  白く(かがや)くような美貌(びぼう)やし、ぐんにゃり抱きついて眠ってるのが、しどけなくて可愛(かわい)いような気がするんや。  神様が、可愛(かわい)いなんて変やねんけど。  (とおる)は俺よりずっと年上なんやし、俺が守ってやらんでも、こいつは平気なんかもしれへん。  それでも毎朝思う。お前は可愛(かわい)いなあ、俺が守ってやるからな、って。  そして(とおる)(ひたい)にキスをする。ばれへんように。起きてる時やと、()ずかしいから。  ベッドにひとり(とおる)を残して、俺はバスルームに行った。  なんや(うす)ら寒いような気がして、風呂入りたいなあと思うねんけど、そこにはもちろん水煙(すいえん)がいる。寝てるやろうと思ったら、なんと起きてた。  青い体をバスタブの水に(ひた)して、こっちに背は向けていたけど、俺が来るのに気がついていたみたいやった。  それで気まずくシャワーを浴びた。じっと見られてるような気がして。  風呂入るねんから、もちろん(はだか)やで。服着て入る奴おらへんからな。  それに第一、(はだか)で寝ていた。そのままシャワー浴びに来たんやもん。  しかし何も身につけてないわけではない。指輪(ゆびわ)をしていた。(とおる)が選んだプラチナの。  寝ようが風呂入ろうが、(はず)したらあかんねんて。(ちか)いの指輪(ゆびわ)やからな。  神楽(かぐら)さんがそう言うてたし、(とおる)もそういうもんやと思うてるみたいやった。  俺は普段は指輪なんかしいひんし、()れへんせいもあって、その輪にものすごく存在感がある。  (とおる)も同じ指輪をしてる。それで(つな)がっているようで、アホみたいやけど、ちょっと(うれ)しい。  今までそんなこと、俺はしたことがない。してくれと言う女もいたけど、絵描くのに邪魔(じゃま)やし(いや)やと断ってきた。  ()ずかしいねん。それに俺は、そういう(がら)やない。  そう思ってきたんやけどな、今こうして、案外(あんがい)(うれ)しがっている自分に気がつくと、それが結構(けっこう)()ずかしい。アホそのものやな、今の俺。  こんなことして、何の意味があったやろ。ほとんど発作的(ほっさてき)にやったんやけど、(とおる)と結婚するなんて、アキちゃんアホかとあいつも内心思ってたんやないか。  それでもちゃんと、してくれたで。誓います(アイドゥ)言うてた。  考えてみれば、もう今さらやけど、俺はあいつに結婚の申し込みみたいなのをしてへんかった。朝飯屋(あさめしや)中西(なかにし)支配人にすすめられ、それええなあ、みたいな気になって、せやけど(とおる)が考えさせろと話を止めて、それで断られたんやと思ってた。  そやのに俺の元カノが、天使になって現れて、(とおる)はプラチナがええらしいと教えたもんやから、俺はすっかり(うれ)しくなってもうたわけですよ。ああ、交渉(こうしょう)成立(せいりつ)なんやと思って。  それで、俺の友達・神楽(かぐら)(よう)に、とっととやれみたいな強引さで結婚させられ、気がついてみたら既婚(きこん)やってんなあ。怖い人やで、神楽(かぐら)さん。  なんでそんなに俺を()かすのか、実を言うたら分かるんやけど。  あの人、(とおる)が怖いんやろ。  中西(なかにし)さんが(とおる)を見る目は、今でもちょっと、他より(やさ)しい。意地悪(いじわる)やけど、お前が好きやっていうような目や。  それを神楽(かぐら)さんは、(せつ)なそうに見てる。()けるんやろ。  そやけど中西(なかにし)さんは、神楽(かぐら)さんのことは、もっと普通に好きそうな目で見てる。お前は俺のもんやっていう、そういう目やで。(いと)しげな。  そやから心配することはないはずや。それでも心配なんやろ。それが人情。  さっさと片付け、悪魔(サタン)(へび)の、憎ったらしい水地(みずち)(とおる)と、俺にぐいぐい押しつけてきた感じ。  そんな悪い神父さんのお(かげ)で、(とおる)もとうとう既婚(きこん)やからな。  でも、そんなことで、何か変わるような(やつ)やない。  神楽(かぐら)さんも純情(じゅんじょう)というか、初心(うぶ)やなあと思う。それっぽっちのことで、(とおる)が自分の男には手出さへんようになると思ってんのやもんなあ。  俺もそう思いたいけど、現実にはどうやろ。  俺は(とおる)を信じてへん。悪い意味ではないんやけど、信じるだけアホやと思う。  あいつは多情(たじょう)なんや。俺と同じで。そういう神やねん。それごと愛して行くしかないんやで。俺はもう、サトリを開いた。  ええのを見たら、あいつは今後も物欲しそうな目をして、その男を(なが)めるやろう。  信じてくれと(とおる)は言うけど、信じてたって、(とら)とあの始末(しまつ)。そのたび(しん)からブチ切れて、いちいち首締めたり、刃傷沙汰(にんじょうざた)では、俺も疲れるわ。無様(ぶざま)やしな。  せやけど結婚してんのは俺とだけやしな。それで満足していこう。  まさかあいつも全員と結婚まではしいひんやろ。  それに俺が、そんな気分で、あいつをせしめてられるのも、実はもう、あと三日やそこらやないかと、俺は思ってた。

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