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19-2 アキヒコ
俺は死ぬんや。それに全然、現実感はないけど、でも、そうなんやと思ってた。
それが現実。
嘘 みたいやけど、鯰 という神が目覚めて、生 け贄 を求める。それに俺は、何かを捧 げなあかん。祭主 として、あるいは秋津 の総領 として。
式 を。
それで足りなきゃ、自分自身を捧 げろと、大崎 先生は話してた。
つまり、式 やのうても、鯰 は食うんや。
覡 でもいい。俺でもええんや。俺が死ぬのでも、これには解決がつく。
それに気づくと、怖かったけど、それが答えやという不思議な納得感 があった。
亨 を生 け贄 にするなんて論外 や。
第一こいつはもう俺の式神 ではない。俺が死ねと言うたからって、死ぬ義理はない。
増 して秋尾 さんなんて、秋津 の家とは元来 、無縁 の神や。大崎 先生の狐 やからな。
虎 を代打 になんていうのも、俺はつらい。なんであいつの世話にならなあかんねん。
後に来る出来事を想像すると無惨 やし、アホな鳥さん可哀想 。元は俺の運命やったそれを、よそへ押しつけてしもたら、俺は信太 に負けた気がしてならへん。
格好 つけてるだけやねん。お前の世話にはならへんて。
人に厄介 押しつけて、自分は助かったって、それやと格好 悪すぎる。男が廃 るし、仮にも秋津 の総領 として、家督 を継 いだ名が廃 る。
俺はたぶん、意地 になってた。そう思おうとしてた。
なんにもできひん若造 やけど、生 け贄 ぐらいは勤 まると、そんな変な意地 に入ってた。
これが血筋の定めやというんやったら、俺は逃げへん。おとんが逃げへんかったように、俺も踏 みとどまって戦ってみせる。
たとえそれが自分の死でも、逃げずに真正面 からデッドエンドを見据 えてやるで。
けどな、本音 言うたら、俺は嫌 やってん。もう俺のせいで誰かが死ぬのを見るのはつらい。遺 されて泣く人たちに、力 及 ばずごめんなさいと、頭下げるのはもう嫌 や。
俺はもう十分に、人を殺した。今度は自分が死んで、人を助ける番やないかと、それが罪滅 ぼしやないかって、そういうふうにも思えてた。
因果応報 。とうとう俺の番が、巡 ってきたんや。
亨 には済まない話や。
永遠に一緒に居ると誓 っておきながら、たったの三日で先立 とうというんやからな。若いとは言え、俺も大概 、無責任やで。
でもきっと、亨 には、すぐでも誰か新しいのができるやろ。いつまでも一人で放っておかれたりはしいひんわ。
俺がいる時にでも、いつも誰かにかっさらわれるんやないかと、内心ビクビクしてたくらいやし、フリーになったら、すぐに誰かの手がつくよ。俺はそう思ってた。
まさか中西 さんということはないやろうけど。誰か。俺の知らない誰かやといい。想像したくないねん。今はまだ。
考えたらあかん。なるようになるやろ。
天地 の、良きように、その思惑 に従 って、成り行きに任せるしかない。考えても無駄 や、たかがちっぽけな、人の子が。
シャワーブースのガラスの壁 を掴 んで湯を浴びてると、水煙 がぽつりと俺を呼んだ。
ジュニアと。
まだジュニアなんやで俺は。水煙 にとっては、秋津 暁彦 ジュニアやねん。
「心配せんでええねんで、ジュニア。お前は死んだりせえへんのやから」
おずおずとした声で、水煙 は俺を励 ました。
それに俺は、少しむっとしてた。
水煙 は優 しかったけど、どう聞いても小さい子供を宥 めるような声やったもんでな。
「そうやろか。勝呂 の予言 は、俺が死ぬと言うてたで。それに生 け贄 に亨 を出すのは嫌 や。もちろんお前もやで。俺は我慢 ならへんわ。自分が死ぬ方がましや」
ぶつぶつ愚痴 っぽい俺の話を、水煙 は項垂 れて聞いているようやった。
亨 には、にこにこ強がってみせたけど、その裏 で、水煙 には愚痴 垂 れる。甘えてんのやろな、先祖伝来 のご神刀 には。
餓鬼 やねん、俺は永遠に、水煙 の前では。
情けないな、ジュニアとは、水煙 は言わへんかった。静かに聞いて、甘えさせてくれていた。
「済まんけど、俺は鯰 の口には合わへんのや。あいつは鉄気 のモンは食わへん。俺が行ってやれればええのやけどな、堪忍 してくれ」
寂 しそうに言う水煙 の声に、俺はガラスごしのバスタブを振り向いた。
水煙は、俺の手を見てた。指輪をしてる手を。
その目はちょっと、切 なそうに見えた。
水煙 には、当たり前やけど、指輪なんかやってない。こいつと結婚したわけやない。
俺も欲しいて水煙 に言われたら、どうしようかと、一瞬思った。
でも水煙 は、そんなもん強請 らへん。そもそも水煙 は、俺に何かを強請 るということがない。
俺も愛してくれって、一回だけ強請 った。俺はそれを言外 に振 った。
それっきり何かを、強請 られたことはない。好きにしていいと、許 されたことはあっても。
「お前が死ぬのも俺は嫌なんやで、水煙 」
目を逸 らして俺が小声で答えると、水煙 は微 かに声上げて笑っていた。
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