fujossyは18歳以上の方を対象とした、無料のBL作品投稿サイトです。
私は18歳以上です
三都幻妖夜話(3)神戸編 19-4 アキヒコ | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
19-4 アキヒコ
作者:
椎堂かおる
ビューワー設定
241 / 928
19-4 アキヒコ
牙
(
きば
)
が抜かれた傷口を、白い舌が最後にひと
舐
(
な
)
めすると、傷は見る
間
(
ま
)
に
塞
(
ふさ
)
がった。便利な体や。
噛
(
か
)
まれた
痕
(
あと
)
さえ残らへん。 「お前の血は
美味
(
うま
)
い……アキちゃんのより」 うっとりした顔で、
水煙
(
すいえん
)
はたらふく食った後のように、
膝
(
ひざ
)
の上にあったバスタオルの
端
(
はし
)
っこで、口元を
優雅
(
ゆうが
)
に
拭
(
ぬぐ
)
った。今度は食事用のナプキンでも用意しといたろか。 「
痺
(
しび
)
れるような
甘露
(
かんろ
)
や。人の血と思われへん」 血液
評論家
(
ひょうろんか
)
?
水煙
(
すいえん
)
は
真面目
(
まじめ
)
な顔して、俺を
美味
(
うま
)
い物のように言っていた。 それにどうリアクションすればええんや。俺は返答に
詰
(
つ
)
まったまま、
困
(
こま
)
って
籐椅子
(
とういす
)
にいる
水煙
(
すいえん
)
を見下ろした。
水煙
(
すいえん
)
はそれに
淡
(
あわ
)
く微笑み、俺に教えた。 「
秋津
(
あきつ
)
の家は昔から、
神仙
(
しんせん
)
に近づこうと血を
撚
(
よ
)
り合わせてきた一族や。言うなればお前のような子は、そのひとつの
成果
(
せいか
)
やけども、せっかくそんなのが生まれてきた時に限って、世の中がこんなふうになっているとは、
皮肉
(
ひにく
)
なもんや。
神代
(
かみよ
)
の昔とまでは行かずとも、
人心
(
じんしん
)
にもっと
信心
(
しんじん
)
のある時代なら、お前はきっと、
優
(
すぐ
)
れた
覡
(
げき
)
として、この島を
牛耳
(
ぎゅうじ
)
るような立場に立てたろうにな」 それが
惜
(
お
)
しいというふうに、
水煙
(
すいえん
)
は俺を
哀
(
あわ
)
れむような、
愛
(
いと
)
しむような顔をした。それは、うちの家に
憑
(
つ
)
いている、血筋の守り神の顔かもしれへん。 「そんなもんに、なりたない。俺は絵描きになりたいねん、
水煙
(
すいえん
)
。それやと、あかんか?」
水煙
(
すいえん
)
はまだ、俺の手を
握
(
にぎ
)
ったままやった。俺に期待をかけているらしい
水煙
(
すいえん
)
にも、済まない気がして、俺は後ろめたく
訊
(
き
)
いた。 「あかんことない。好きなもんになればええよ」 あっさり許して、
水煙
(
すいえん
)
は少し
皮肉
(
ひにく
)
に
陰
(
かげ
)
のある笑い方になり、俺から目を
逸
(
そ
)
らしたまま話を続けた。 「ヘタレの
茂
(
しげる
)
が言うように、もはや
秋津
(
あきつ
)
も落ちぶれたしな、それも俺の
至
(
いた
)
らなさやろう。
権勢
(
けんせい
)
を
誇
(
ほこ
)
った世もあったけど、それがほんまに幸せか、わからんようになってもうてな。
要
(
い
)
らんのやないか、
天地
(
あめつち
)
や神と
渡
(
わた
)
り合うための力なんぞ、いっそないほうが、お前の一生は幸せやったんやないか?」
困
(
こま
)
ったように俺に
訊
(
き
)
く
水煙
(
すいえん
)
は、俺とだけ話している
訳
(
わけ
)
ではないような気がした。 俺のおとんや、その前の、さらにその前の、
水煙
(
すいえん
)
の使い手だった、
秋津
(
あきつ
)
の
覡
(
げき
)
と話してる。俺の血の中にいる、それの
名残
(
なごり
)
と。 「そうかもしれへん。それはそれで幸せやったやろ。せやけど今から、何もかも捨てて、
亨
(
とおる
)
やお前と会う前の、元の自分に戻れと言われても、俺は
嫌
(
いや
)
やで、
水煙
(
すいえん
)
」
嘘
(
うそ
)
でもなんでもない
本心
(
ほんしん
)
で、俺は答えた。 すると
水煙
(
すいえん
)
は、自分の手の中にある俺の手を見て、にやりと暗い笑みを見せた。 そこには指輪が
填
(
はま
)
ってる。それは
水煙
(
すいえん
)
とではない、他のやつとの
誓約
(
せいやく
)
の
証
(
あかし
)
や。 「そうやろうな」 お前は
蛇
(
へび
)
と交わって、それで満足なんやろうからなと、
水煙
(
すいえん
)
はそういう
含
(
ふく
)
みで答えてた。 そしてやんわり、俺の手を
握
(
にぎ
)
っていた指を離した。それが何か、捨てられたような心細さで、俺はちょっと、内心
焦
(
あせ
)
ってたかもしれへん。 でなきゃ、言わんやろ、こんなことは。 「そういう意味やないよ。
亨
(
とおる
)
のことも、そりゃそうやけど……俺は
秋津
(
あきつ
)
の家を愛してる。こんな家、普通やないわ、
嫌
(
いや
)
やって、
上
(
うわ
)
っ
面
(
つら
)
では思うけど、それでも家を出ようと思ったことはないやんか。結局、好きやねん。ここで幸せになりたいんや。俺も
立派
(
りっぱ
)
な
跡取
(
あとと
)
りと、お前や、おかんに認められたい」 ずっとそれが、俺の
本音
(
ほんね
)
のところやねん。 せやけど俺は
不甲斐
(
ふがい
)
ないやろ。
秋津
(
あきつ
)
の
坊
(
ぼん
)
は、ぼんくらやねん。
餓鬼
(
がき
)
の頃から、ずっとそう言われてた。自分でも、そんなような気がしてた。 普通がええねん、皆と同じのほうがええんやって
駄々
(
だだ
)
をこねつつ、それでも、ぼんくらなんやてと
陰口
(
かげぐち
)
きかれると、ものすごく
悔
(
くや
)
しかったんや。
矛盾
(
むじゅん
)
してる。俺は結局、どうしたかったんやろ。 たぶん、
亜里
(
あり
)
……ではない。
聖
(
せい
)
スザンナ。が言うてたように、俺は自分の好き
放題
(
ほうだい
)
に絵を描いて、それを皆が愛してくれる、そんな
我
(
わ
)
が
儘
(
まま
)
な生き方をしたいって、ずっと願ってきたんやろ。 そやけど、それは無理やって、
試
(
ため
)
してみずに
諦
(
あきら
)
めてきた。 自分の力を人に見せてみて、お前は人間やない、化けモンやないかって、
嫌
(
きら
)
われるのが怖かったんや。 愛されたかってん。
月並
(
つきな
)
みやけど。そういう意味では、俺も普通の
餓鬼
(
がき
)
やった。皆、俺を愛してくれよって、
寂
(
さび
)
しかったんや。 俺に何も、求めんといてくれ。ありのままの俺を、愛してほしいねん。 でもそれは、ほんまに
我
(
わ
)
が
儘
(
まま
)
や。お役に立たねば、ただの化けモン。ただの
外道
(
げどう
)
や。
大崎
(
おおさき
)
茂
(
しげる
)
の言うように。そんなモンを、ただで
世間
(
せけん
)
が愛するはずない。 俺は
巫覡
(
ふげき
)
や、ええモンやねんで、
三都
(
さんと
)
を守って戦っている、みんなの幸せを命をかけて守っている、
秋津
(
あきつ
)
の血筋を受け継いだ、その血に恥じひん
跡取
(
あとと
)
りなんやと、我が身の
証
(
あかし
)
を立ててこそ、俺は世の人に
一目
(
いちもく
)
置かれ、愛される資格を持った
者
(
もん
)
になる。 「
龍
(
りゅう
)
を
調伏
(
ちょうぶく
)
するんや、ジュニア」
水煙
(
すいえん
)
は俺を
諭
(
さと
)
す口調で、ゆっくりとそう教えた。 「
龍
(
りゅう
)
と
渡
(
わた
)
り合え。そして、それを
調伏
(
ちょうぶく
)
できたら、誰もお前をぼんくらやとはもう言わへん。
登与
(
とよ
)
ちゃんも、お前を
秋津
(
あきつ
)
の
跡取
(
あとと
)
りと、認めざるを
得
(
え
)
ないやろ。
蔦子
(
つたこ
)
や
茂
(
しげる
)
かてそうや。お前を知ってる誰もが認める。お前が
人並
(
ひとな
)
み
外
(
はず
)
れた
比類
(
ひるい
)
ない男で、
三都
(
さんと
)
に
並
(
なら
)
ぶ
者
(
もん
)
のいない、
巫覡
(
ふげき
)
の
宗主
(
そうしゅ
)
やということを」 俺を見上げて、
水煙
(
すいえん
)
は黒く
澄
(
す
)
み切った目をしていた。 俺にはそれができるんやと、信じているような目やった。
前へ
241 / 928
次へ
ともだちにシェアしよう!
ツイート
椎堂かおる
ログイン
しおり一覧