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19-5 アキヒコ

(りゅう)(たお)せばええんか?」  俺は真面目(まじめ)()いたんやけどな、水煙(すいえん)は、笑いを(こら)える顔をした。 「(りゅう)(たお)す? (りゅう)は神やで、ジュニア。どうやって神を(たお)すんや。(りゅう)は水の力を(つかさど)る。海から来るというんやったら、海龍(かいりゅう)なんやろ。それを殺すということは、海を殺すということなんやで。そんなことして、ただで済むわけないやないか。自然を殺してもうたら、その後に、人はどないして生きていくんや」  にやにや教えて、水煙(すいえん)籐椅子(とういす)(あし)を組んでた。  おとんは水煙(すいえん)のことを、元は隕鉄(いんてつ)やったと言うてた。天より()たりし神や。その前、こいつはどこに()たんやろ。  水煙(すいえん)の、つるりと黒い目と向き合うと、その(ひとみ)のない目が暗く()(わた)る宇宙の(やみ)のようで、これまでどんなもんがその目に(うつ)ってきたんやろかと思えた。  気の遠くなるような話や。まだ、たった二十一になったばかりの俺から(なが)めて、水煙(すいえん)はほとんど永遠とも思えるような時を生きてる。 「(りゅう)に愛されるんや。それが神と人との正常な関係やからな。神の愛を()られれば、神は()くしてくれる。しかし()みの人間では無理や。神に愛されて、神と人との(なか)を取り持つのが、お前ら巫覡(ふげき)本分(ほんぶん)なんやで」  首を(かし)げて教える水煙(すいえん)は、確かに俺が好きなような目をしてた。  こいつも俺を愛してくれている神や。不意(ふい)にそのことに思い(いた)り、気恥(きは)ずかしくはあったけど、それは俺の心のどこかに熱を与えた。熱い自信みたいなもんを。  水煙(すいえん)はもう、俺を選んだ。俺を愛してる。  おとんやのうて、俺を秋津(あきつ)当主(とうしゅ)として、自分の使い手として、こいつは選んでくれたんや。  そやから俺にはきっと、それに相応(ふさわ)しいだけの力がある。きっと、やってのけるやろ。  何をやるんか知らんような事やけど。それでも血の中にそれは(しる)されている。神と愛し合うための方法論が。  見つめ返す俺の目を見て、水煙(すいえん)はさらに、(はげ)ます口調になった。 「(なまず)(なだ)め、(りゅう)に愛されれば、お前は正真正銘(しょうしんしょうめい)文句なしの秋津(あきつ)総領(そうりょう)や。(あら)ぶる天地(あめつち)と通じ、この地の人間達を守ってやることができる。それでこそ巫覡(ふげき)の王やで、ジュニア。お前なら、きっとやれる」  にこにこちょっと()ずかしそうに、水煙(すいえん)は笑って、俺に保証(ほしょう)した。 「なんで?」  なんでそんなに自信持って保証(ほしょう)してくれるんや。  俺は不思議(ふしぎ)(たず)ねたけど、水煙(すいえん)はどことなく、もじもじ目をそらして言った。ほっぺたちょっと白かった。つまり、赤かった。普通の体ならな。 「(うろこ)系にモテモテやから……」  俺がめちゃめちゃ好きみたいに、水煙(すいえん)(はす)にうつむき、もじもじ()れていた。  中学とか高校の時に、学校で手紙とか、何か渡して(こく)ってくるときの女の子が、確かこんな顔をしていた。 「モテモテって……(うろこ)系なんか(とおる)だけやんか……」  なんで水煙(すいえん)がもじもじするんや。 「……そうやけど。あっ、ほら、水族館の人魚とか。あれも(うろこ)系やんか。とにかくお前は(へび)とか(りゅう)とかにはモテモテ体質なんやから、心配せんでええねん。ガーッといっとけ。竜太郎(りゅうたろう)がお前にラブラブなのも、あいつが(りゅう)眷属(けんぞく)やからやないか。それとも秋津(あきつ)の血なんかなあ。なんであんな好きなんやろな、餓鬼(がき)のくせして……」  (くや)しそうに目を()らして言い、水煙(すいえん)(うな)るみたいに白い歯を見せた。  俺はそれを、ぽかんとして見た。 「なんで……お前が知ってんのや」 「えっ……」  水煙(すいえん)も、ぽかんと俺を見上げた。  それから、ちょっと考え込むように、きょろりと目を動かした。 「知らへんかったっけ?」  明らかに、とぼけてる声やった。やってもうたわみたいな。どうやって誤魔化(ごまか)そかみたいな。 「知らへんかったっけやないよ! いつ聞いたんや、そんな話! こそこそ変な話せんといてくれ。(とおる)にバレたら、あいつ竜太郎(りゅうたろう)に何するか分からんやないか」 「もう知ってるわ、(とおる)も」  気まずそうにまた目を()らし、水煙(すいえん)はぽつりと暴露(ばくろ)してくれた。 「(うそ)やろ……そんなこと、あいつ一言もコメントしてへんかったで!」 「自重(じちょう)してんのや、(へび)なりに。案外、健気(けなげ)やないか。それに竜太郎(りゅうたろう)とは、どうせ、まだ何もしてへんのやろ。それともしたんか、配偶者(はいぐうしゃ)には秘密にしたいようなことを」 「してへん! してません!」  なんで俺が水煙(すいえん)相手にそれを必死で否定せなあかんのか。  たとえしてても、別に水煙(すいえん)には、やましくないはずやんか。  そやのに、やましい。なぜか、無性にやましい気持ちでいっぱいなってる。 「ほんなら、ええやん。お前が神仙(しんせん)や、鬼の(たぐい)にモテんのはしゃあない。それも秋津(あきつ)跡取(あとと)りとしての、一種の甲斐性(かいしょう)や。じゃんじゃんモテとけ。せやけど竜太郎(りゅうたろう)はやめとけ。一応、人間やしな、あれは分家の跡取(あとと)りなんやからな、(よめ)をとらせて血を残させなあかん。衆道(しゅうどう)ハマって女抱かれへんようになってもうたら(こま)るから」  そんなん以前の人間性の問題やないか。  十二か十三歳やで、竜太郎(りゅうたろう)。それが俺のせいで神楽(かぐら)(よう)みたいな、いけない大人になったらどないすんねん。  幸せやったらそれでもええけど、その時(いま)だに俺が好きやって言うてたら超ヤバやないか。どうやって(こば)むの。俺は身内には弱いらしいねんから気をつけなあかんしな。

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