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三都幻妖夜話(3)神戸編 19-9 アキヒコ | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
19-9 アキヒコ
作者:
椎堂かおる
ビューワー設定
246 / 928
19-9 アキヒコ
水煙
(
すいえん
)
は
相変
(
あいか
)
わらず
抜
(
ぬ
)
き
身
(
み
)
のままで、
神楽
(
かぐら
)
さんは
鞘
(
さや
)
を返すのを、うっかり
忘
(
わす
)
れ続けている。 うっかりしすぎ。ぼやっとしすぎやねん、あんた。部屋を出るときに思い出さないというのがむかつく。何を考えてんのや、部屋を出る時。 どうせ
卓
(
すぐる
)
さん
卓
(
すぐる
)
さんやねん。俺もそうやったわ、
亨
(
とおる
)
とデキてもうてすぐの頃。
叡電
(
えいでん
)
の
定期
(
ていき
)
忘れて家を出て、取りに帰って、また忘れて出かけたりしとったわ。 そんな
奴
(
やつ
)
に、正常な記憶力を期待しても
無駄
(
むだ
)
。
水煙
(
すいえん
)
には当分、
鞘
(
さや
)
は
要
(
い
)
らんやろうし、俺は
抜
(
ぬ
)
き
身
(
み
)
のまま
竜太郎
(
りゅうたろう
)
に
預
(
あず
)
けることにした。 せめて
鞘
(
さや
)
に
収
(
おさ
)
めろと、フロントのお姉さんに
叱
(
しか
)
られたもんで、
廊下
(
ろうか
)
を歩くだけでも、誰かホテルの人に
咎
(
とが
)
められるんやないかとビクビクする。 俺らの部屋が三階で、
竜太郎
(
りゅうたろう
)
と
蔦子
(
つたこ
)
さんは二階に
泊
(
と
)
まっていた。 なんやよう分からん。
廊下
(
ろうか
)
がうねうね曲がっている。どうしてこの四角い建物の中で、
廊下
(
ろうか
)
がうねうねできるのか、絶対におかしい。
異界
(
いかい
)
やここは。
霊振会
(
れいしんかい
)
が何かやってんのや。
竜太郎
(
りゅうたろう
)
の部屋は
蔦子
(
つたこ
)
さんの
隣
(
となり
)
で、うねうね
廊下
(
ろうか
)
の途中にあった。2025−8という、およそホテルの部屋番号として不自然な部屋やった。
隣
(
となり
)
の
蔦子
(
つたこ
)
さん部屋が2026−8やで。変やねん。どこかに2025−1から2025−7までがありそう。うねうね
廊下
(
ろうか
)
も、ここは中庭の上空とちゃうかと思えるところを横切ってるし。 俺も
訊
(
き
)
きたい。
中西
(
なかにし
)
さんやないけど。一体どうやって、七十五室しかないホテルに二千人ぐらい
泊
(
と
)
まるのか。
蔦子
(
つたこ
)
さんは、知っているんやろか。知ってるんやったら、
訊
(
き
)
いてみようと思たんやけど、俺は
蔦子
(
つたこ
)
さんとは会えへんかった。 部屋の前まで行くと、そこには
昨夜
(
ゆうべ
)
もスポーツ・バーにいた、
銀髪
(
ぎんぱつ
)
の
式神
(
しきがみ
)
が待っていた。 確か
啓太
(
けいた
)
と
蔦子
(
つたこ
)
さんは呼んでいた。
眼鏡
(
めがね
)
がいかにもお
堅
(
かた
)
そうで、ひんやりクールそうなやつや。エリート
公務員
(
こうむいん
)
、
銀行員
(
ぎんこういん
)
、そんな感じの男。 「おはようございます」
礼儀
(
れいぎ
)
正しい
会釈
(
えしゃく
)
を見せて、
式神
(
しきがみ
)
は俺に
挨拶
(
あいさつ
)
をした。俺も思わずそれには頭を下げた。 「
約束
(
やくそく
)
どおり、
水煙
(
すいえん
)
をお
貸
(
か
)
しするんやけども、
蔦子
(
つたこ
)
さんに会えるやろか」 「せっかくお
越
(
こ
)
しいただきましたんやけど、
蔦子
(
つたこ
)
さんは取り込み中です。
竜太郎
(
りゅうたろう
)
が
予知
(
よち
)
を始めたんで、その
介添
(
かいぞえ
)
えで。俺がお
預
(
あず
)
かりするように言われていますが、それで
差
(
さ
)
し
支
(
つか
)
えないでしょうか」
太刀
(
たち
)
を渡せと、
式神
(
しきがみ
)
は言っていた。
水煙
(
すいえん
)
を、こいつに
預
(
あず
)
けろって。それは
嫌
(
いや
)
やで。信用してええのかどうか、分からんやないか。だいたいこいつが何者かも、俺は知らんのに。 出し
渋
(
しぶ
)
る俺の顔を見て、
髪
(
かみ
)
も目も銀色の
式神
(
しきがみ
)
は、
眼鏡
(
めがね
)
の奥でちょっとだけ笑ったようやった。 「無理ですか。大事な本家のご
神刀
(
しんとう
)
やもんなあ、
水煙
(
すいえん
)
様は。お高いのんは
相変
(
あいかわ
)
わらずで、
未
(
いま
)
だに自分のおみ足では、歩くこともせえへんのですか。
怠
(
なま
)
けてるだけですよ、
坊
(
ぼん
)
。もっと
厳
(
きび
)
しゅう言うてやったらええんです」 「歩けんの、
水煙
(
すいえん
)
?」 びっくりしたように、
亨
(
とおる
)
が
眼鏡
(
めがね
)
に
訊
(
き
)
いていた。 「歩けるやろう、心がけしだいでは。君かて歩けんのやから。
蛇
(
へび
)
が足
生
(
は
)
えて歩くんやったら、
椅子
(
いす
)
や
机
(
つくえ
)
でも歩けるわ。
水煙
(
すいえん
)
かて、別の
位相
(
いそう
)
で見たら、ちゃんと足あるやないですか? そこでは歩けるんですよ、こいつ」 うるさい、
雪達磨
(
ゆきだるま
)
と、
水煙
(
すいえん
)
が
呟
(
つぶや
)
いた。この
位相
(
いそう
)
の
重力
(
じゅうりょく
)
は俺の体には重いんや、と。声でない声で。 その声はものすご冷たかった。宇宙空間の
絶対
(
ぜったい
)
零度
(
れいど
)
級
(
きゅう
)
に。 そういえば、この
眼鏡
(
めがね
)
は何者なんやったっけ。知らんなあと
眺
(
なが
)
める俺に、
水煙
(
すいえん
)
が答えをくれた。俺に言うたわけやないんやろけど。
水煙
(
すいえん
)
は、
眼鏡
(
めがね
)
相手にぺらぺらこう言うた。 地球も
温暖化
(
おんだんか
)
してきてるから、お前ら
氷雪系
(
ひょうせつけい
)
はつらいやろ。お気の毒やなあ、北へ帰れ。
三都
(
さんと
)
にはもう雪は降らん。お前らがヘタレやからや。
悔
(
くや
)
しかったら雪降らしてみろ。一面
銀世界
(
ぎんせかい
)
みたいなの見たら、うちのジュニアも喜ぶわ。雪、好きやから。 「……雪、好きなんですか、
坊
(
ぼん
)
?」
眼鏡
(
めがね
)
の奥の銀色の目で、その式神はじっと俺を見た。じいっ、と見た。 思わずそれと、じいっと見つめ合うと、吸い寄せられるような目やった。 なんかね、抱かれて眠ったら気持ちええかなあ、ああもう眠ってまいそう、だんだん気が遠くなってきた、寒いけど、まあええか、マッチは
要
(
い
)
りませんか、みたいな……そんな感じ。 や、やばいで、こいつ。雪女の男版? 雪男? それってなんか違うんやないか。 だって子供の頃にトンデモ本で見た雪男って、でっかい白い
猿
(
さる
)
とかシロクマみたいなやつやったで。 そやけど、こいつは違うで、見た目
綺麗
(
きれい
)
やで。
白肌
(
しろはだ
)
で、ちょっと大人っぽくて、
頼
(
たよ
)
りがいありそうな。冷たそうやけど、抱きしめる
腕
(
うで
)
は力がありそうな、そんな新しい世界やで。
嫌
(
いや
)
や。俺にはそんな
趣味
(
しゅみ
)
はないから! やめてくれ、
蛇
(
へび
)
に乗るので満足してるから! これ以上俺に、世界
拡
(
ひろ
)
げさせんといてくれ!
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椎堂かおる
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