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19-10 アキヒコ

 俺は必死で目をそらし、凍死(とうし)(まぬが)れた。『マッチ売りの少女』やったら、クリスマス・ツリー出てくるところらへん。  危ない。お(ばあ)ちゃんまで行ってたら凍死(とうし)のコースやった。 「アホか、水煙(すいえん)藪蛇(やぶへび)やないか! 付け入る(すき)を与えるな! うちはもう定員オーバーやて言うてるやろ!」  俺が持ってる()()太刀(たち)に、(とおる)はわざわざ身を(かが)めて必死で怒鳴(どな)っていた。 「いやいや、俺は蔦子(つたこ)さんの(しき)やから。失恋したてで挙動不審(きょどうふしん)なだけです」  はっとしたように、眼鏡(めがね)を押し上げる仕草(しぐさ)になって、冷徹(れいてつ)そうな男に戻った雪男は言った。そして(とおる)に、愚痴(ぐち)愚痴(ぐち)文句(もんく)を言った。 「ほんまにお前が余計(よけい)なこと言うからやで、空気読めへん白蛇(しろへび)め。お前が愛やとか言い出すから、寛太(かんた)がおかしなってもうたやんか。俺もあいつが好きやったのに、もう手も(にぎ)ったらあかんて言うんやで。どないするんや、このまま冬なって、(とら)がしおしおなってきたら、誰があいつを食わせていくんや」 「しおしおなんの、信太(しんた)!?」  (とおる)はぎょっとしていた。冬に来ればよかったと俺も思った。  でも、そしたらこの氷雪系(ひょうせつけい)()みにじられていただけかもしれへんけど。  (とおる)をじっと見下ろして話す眼鏡男(めがねおとこ)の、ちょっと顔近すぎへんかみたいな距離感に、俺は若干(じゃっかん)、ぴくりと来ていた。 「しおしおなるよ。夏やから絶好調(ぜっこうちょう)やねんで。野球やってへんときの(とら)キチなんて、気の毒なもんやないか?」 「そうやったんや……」  (つぶや)(とおる)は明らかにショック受けてた。何かまずいか、(とら)絶好調(ぜっこうちょう)やなかったら、お前になんか不都合(ふつごう)あんのか? 「むしろあいつが(みなぎ)ってる時期のほうが短いんや。十月から二月ごろまでは俺のシーズンやで。寛太(かんた)(よろこ)んでた。めちゃめちゃ()かったのに。お前のせいや。怜司(れいじ)もしょんぼりしとったわ。代わりにお前が責任とってくれるんか?」 「いや、俺はもう人妻(ひとづま)やから……」  ()れるみたいに口元を手で(おお)って顔を(そむ)け、(とおる)はわざと指輪を見せていた。  自慢(じまん)するな。俺に付き合ってやって渋々(しぶしぶ)みたいやったくせに。(うれ)しかったんか!  ほんならそう言え、お前は乗り気やないんやと思って、めちゃめちゃ恐縮(きょうしゅく)してもうてたやないか。 「人妻(ひとづま)でもええねん、別に独占(どくせん)しようという話やないやんか……ときどき、にっこりして抱かれてくれたら、それでええのに。くうくう(あえ)いで可愛(かわい)かったのに。そっけなかった冷たい俺があかんかったんか。あんな暑苦しいのが、あいつは好きやったなんて。どうりでアロハ着てるわけやわ。派手(はで)好きなだけやなかったんや……」  くよくよ首()って言う雪男は、もう(とおる)は見てへんかった。モテんねんなあ、アホの鳥さん。  どこがええんやろ。アホならではのエロさみたいなのがあるからかなあ。  俺にもモテてた実績(じっせき)があるから、今さらもう、あんまり深く考えたくはないんやけども。 「元気出せ……きっとまた新しい春は来る。……いや、冬は来る?」  何て言うてええやらみたいな、気まずそうな顔で、(とおる)は失恋男を(はげ)ましていた。  式神(しきがみ)どうしがデキてまうなんて、そんなこともあるんやな。  というか、デキまくりやないか、海道家(かいどうけ)。メロドラマ並みの相関図(そうかんず)やないか。何でそんなことになるんやろ。  それはどうも、蔦子(つたこ)さんの方針(ほうしん)らしいねん。  自分が相手するわけにはいかへんやろ。蔦子(つたこ)さんには、夫という、若いツバメがおるし。式神(しきがみ)としてお(かか)えのイケメンどもと、自分が仲良うするわけにはいかへんらしいわ。ああ見えて真面目(まじめ)なおばちゃまなんやで。結婚後はな。  そやから、(さび)しいんやったら、お前ら勝手に(むつ)みあっとけという事らしい。  そして放置していた。喧嘩(けんか)にならへん程度(ていど)やったらな。  寛太(かんた)は生まれたばかりのフェニックスやし、皆で面倒(めんどう)みてやれと、そんなふうに(もう)しつけてあったらしいわ。それでどうも、皆で面倒(めんどう)みすぎやったみたいやけどな。  でもそのお(かげ)で、神戸のフェニックスは死なずに生きていた。()んずほぐれつ持ち回りやで。誰とでも寝る、いけない鳥さんや。  そやけど、そうせんと死ぬんやないかと、蔦子(つたこ)さんは思ったし、もしかすると鳥さん本人もアホなりに理解してたんやないか。  (めし)食うようなもんやからな、精気(せいき)を吸うのは。(とおる)もそうやろ。(めし)食わへんかったら()え死にしてまうやんか。  神殿があるとか、強い信心(しんじん)で守られているとか、自分で(じか)天地(あめつち)の力を吸えるとかいうような、特定のエネルギー源を持ってない奴は、力のある他の式神(しきがみ)や、外道(げどう)か神を相手にして精気(せいき)をもらうか、不特定多数の人間から吸うかや。  信太(しんた)がへこたれる、夏以外のシーズン、鳥さんはまさに誰とでも寝るような奴やったんやろ。  アホやし自己管理なんかできへんからな、あろうことか(とら)采配(さはい)していた。あいつと寝ろ、こいつに抱いてもらえって。それに鳥さんは大人しく(したが)ってたわけやな。  まさに娼婦(しょうふ)女衒(ぜげん)やないか。

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