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19-11 アキヒコ
実は独占 したいような、そんな好きな相手が、自分に命じられるまま他のに身を任 せるのを見るというのは、それはどういう気分やったやろ。
俺なら耐 えられへん。そうする必要があると理解してても、夏が永遠に続けばええのにって願うやろ。
この夏の終わりを、もう見たくないって、虎 も泣いたかもしれへんわ。いくら強いタイガーでもやで、心はあるんやから。
せやけど、ほんまに、夏の終わりを見ないまま、鯰 に食われるやなんて、それはそれで耐 え難 いはずや。そうやないのか。
いくらご主人様のご命令でも、虎 は納得 できるんか。
可愛 い鳥さん後に遺 して、自分はこの世とおさらばや。それが後 、たった三日後のことかもしれへんのやで。
しかし虎 は平気そうやった。少なくとも、そう見えた。この時、隣 の2024−8号室から、ひょっこり顔出したところを見たら。
「やっぱ本間 先生やんか。おはようございます」
にこにこ愛想 のいい虎 は、下だけホテルのパジャマを着ていた。頭ぐちゃぐちゃ、上半身は裸 のままで、いかにも今まで寝てましたみたいな顔やのに、それでも煙草 は吸 っていた。
「廊下 は禁煙 やで、信太 」
むすっと傷ついたような顔で、眼鏡 の雪男が教えてやっていた。
「ごめんごめん、怒らんといてくれよ、啓 ちゃん。細 かいなあ。空中やから平気」
部屋の扉 をもたれて開けたまま、ギリギリ部屋の中に立つ虎 は、あっけらかんと言 い訳 していた。
「何しとうのや、そんなとこ突 っ立って。竜太郎 、どうかしたんか?」
悪びれもせずに煙草 ふかして、虎 は眼鏡 に訊 いていた。
「また予知 しとうのや。気楽やなあ、お前は。この正念場 に。竜太郎 が必死で頑張 っとう時に、寝床 でだらだらしよったんか」
悔 やむ口調で非難して、眼鏡 は腕組 みをしていた。
「ええやないか、たまの寝坊 くらい。せっかくのリゾート型ホテルなんやし、寝坊しようよ啓 ちゃんも。また蔦子 さんに朝っぱらから用事頼 まれとうのか。お前はなまじ役に立つから、そうやって使いまくられんのやで。自分でやらんと、たまには他のに仕事回せ。夏バテでやる気出ないとか言うとけ。もう溶 けそうやとか、半分溶 けてるとか」
くつくつ笑って、虎 は腹を掻 いていた。
ものすごくユルい。とても三日後に死ぬ覚悟 を決めているようには見えへん。
まさか知らんのやないか。抽選 の上とはいえ、自分が当選 して生 け贄 にされるかもしれへんということを、と、俺は危 ぶんだ。
でも、知らんのやったら知らんほうがええわ。俺はもともと、誰かに押しつけるつもりはない。変に気を揉 むくらいなら、全然知らんほうが幸せなんや。
「坊 が太刀 持って来るはずやから、ここで待っとけて、蔦子 さんに言われとうのや」
むすっとしたまま、眼鏡 は答えた。
「それはそれは、またしても予感的中 やな。本間 先生、こいつは真面目 な奴やし、水煙 に悪さしたりせえへん。主 のご命令なんや、受け取られへんままでは、啓太 も引っ込みつかへん。水煙 、預 けてやってくれへんか」
そう言う虎 は、見た目は眼鏡 より若いのに、まるで兄貴分 みたいな話しぶりやった。俺の弟、困 らせんといてくれという、兄ちゃんみたいな感じやねん。
それもそのはずで、信太 は蔦子 さんが飼 うてる式 の中では筆頭 やったんや。それで他の式を圧倒 していた。
水煙 風に言うんやったら、蔦子 さんの序列 一位の式 が信太 やねん。
見かけの歳 は関係ない。式神 の姿形 から、生きた年数は分からへんものや。
水煙 みたいな、何万年規模 のやつは別格 で、式神 になるような人ならぬ怪異 は見かけの歳によらず、案外若かったりすることも多いらしい。
長生きするのは大変なんや。何かの偶然 で生まれたものの、うっかり消えて無くなってしまうようなのも多々 あるし、何百年、何千年を生きた神でも、あえなく消滅してまうような、不信心 な世の中やった。
昔の川には、河童 なんかいくらでもいたけども、今はもういいひん。誰も信じてへんからや。そういう事やねん。
巫覡 はそんな怪異 にとって、一種のシェルターみたいなもんや。
お前はこの世に存在すると信じてやって、人ならぬ異形 の者に血をくれてやる。時には祀 る。神様みたいに。そうすることで、物の怪たちは消滅から免 れる。
そうやって神や物の怪を守ってやるのも巫覡 の仕事のうちらしい。絶滅危惧種 は保護 せなあかん。
そんなわけで、蔦子 さんは式神 を沢山 集めていた。
家で飼 うてる奴らもおるけど、野放 しにして、時々あの甲子園 の家の鬼門 から、ふらっと現れて飯 食うていくような奴 でも、冷たくあしらいはしいひんかった。
信太 みたいなのに命じて、どこかで路頭 に迷ってるような奴 を、見つけにいかせる事もあった。
消えてまうのも可哀想 やけど、うっかり鬼にでも化 けてもうたら、それはそれで厄介 やからや。
それで信太 は子分 みたいに、自分が見つけてきた式神 たちを従 えており、そいつらは皆、信太 に一目 置いている。
鳥さんを見つけて海道家 に連れてきたのも、そういう訳 や。
そういう連中 は、蔦子 さんの式 でありつつ、信太 に仕 えているような面もある。それと徒党 を組むことで、虎 はさらに強くなる。
チームプレイやな。まさにタイガースの皆さんや。
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