248 / 928

19-11 アキヒコ

 実は独占(どくせん)したいような、そんな好きな相手が、自分に命じられるまま他のに身を(まか)せるのを見るというのは、それはどういう気分やったやろ。  俺なら()えられへん。そうする必要があると理解してても、夏が永遠に続けばええのにって願うやろ。  この夏の終わりを、もう見たくないって、(とら)も泣いたかもしれへんわ。いくら強いタイガーでもやで、心はあるんやから。  せやけど、ほんまに、夏の終わりを見ないまま、(なまず)に食われるやなんて、それはそれで()(がた)いはずや。そうやないのか。  いくらご主人様のご命令でも、(とら)納得(なっとく)できるんか。  可愛(かわい)い鳥さん後に(のこ)して、自分はこの世とおさらばや。それが(あと)、たった三日後のことかもしれへんのやで。  しかし(とら)は平気そうやった。少なくとも、そう見えた。この時、(となり)の2024−8号室から、ひょっこり顔出したところを見たら。 「やっぱ本間(ほんま)先生やんか。おはようございます」  にこにこ愛想(あいそう)のいい(とら)は、下だけホテルのパジャマを着ていた。頭ぐちゃぐちゃ、上半身は(はだか)のままで、いかにも今まで寝てましたみたいな顔やのに、それでも煙草(たばこ)()っていた。 「廊下(ろうか)禁煙(きんえん)やで、信太(しんた)」  むすっと傷ついたような顔で、眼鏡(めがね)の雪男が教えてやっていた。 「ごめんごめん、怒らんといてくれよ、(けい)ちゃん。(こま)かいなあ。空中やから平気」  部屋の(とびら)をもたれて開けたまま、ギリギリ部屋の中に立つ(とら)は、あっけらかんと()(わけ)していた。 「何しとうのや、そんなとこ()っ立って。竜太郎(りゅうたろう)、どうかしたんか?」  悪びれもせずに煙草(たばこ)ふかして、(とら)眼鏡(めがね)()いていた。 「また予知(よち)しとうのや。気楽やなあ、お前は。この正念場(しょうねんば)に。竜太郎(りゅうたろう)が必死で頑張(がんば)っとう時に、寝床(ねどこ)でだらだらしよったんか」  ()やむ口調で非難して、眼鏡(めがね)腕組(うでぐ)みをしていた。 「ええやないか、たまの寝坊(ねぼう)くらい。せっかくのリゾート型ホテルなんやし、寝坊しようよ(けい)ちゃんも。また蔦子(つたこ)さんに朝っぱらから用事(たの)まれとうのか。お前はなまじ役に立つから、そうやって使いまくられんのやで。自分でやらんと、たまには他のに仕事回せ。夏バテでやる気出ないとか言うとけ。もう()けそうやとか、半分()けてるとか」  くつくつ笑って、(とら)は腹を()いていた。  ものすごくユルい。とても三日後に死ぬ覚悟(かくご)を決めているようには見えへん。  まさか知らんのやないか。抽選(ちゅうせん)の上とはいえ、自分が当選(とうせん)して()(にえ)にされるかもしれへんということを、と、俺は(あや)ぶんだ。  でも、知らんのやったら知らんほうがええわ。俺はもともと、誰かに押しつけるつもりはない。変に気を()むくらいなら、全然知らんほうが幸せなんや。 「(ぼん)太刀(たち)持って来るはずやから、ここで待っとけて、蔦子(つたこ)さんに言われとうのや」  むすっとしたまま、眼鏡(めがね)は答えた。 「それはそれは、またしても予感的中(てきちゅう)やな。本間(ほんま)先生、こいつは真面目(まじめ)な奴やし、水煙(すいえん)に悪さしたりせえへん。(あるじ)のご命令なんや、受け取られへんままでは、啓太(けいた)も引っ込みつかへん。水煙(すいえん)(あず)けてやってくれへんか」  そう言う(とら)は、見た目は眼鏡(めがね)より若いのに、まるで兄貴分(あにきぶん)みたいな話しぶりやった。俺の弟、(こま)らせんといてくれという、兄ちゃんみたいな感じやねん。  それもそのはずで、信太(しんた)蔦子(つたこ)さんが()うてる(しき)の中では筆頭(ひっとう)やったんや。それで他の式を圧倒(あっとう)していた。  水煙(すいえん)風に言うんやったら、蔦子(つたこ)さんの序列(じょれつ)一位の(しき)信太(しんた)やねん。  見かけの(とし)は関係ない。式神(しきがみ)姿形(すがたかたち)から、生きた年数は分からへんものや。  水煙(すいえん)みたいな、何万年規模(きぼ)のやつは別格(べっかく)で、式神(しきがみ)になるような人ならぬ怪異(かいい)は見かけの歳によらず、案外若かったりすることも多いらしい。  長生きするのは大変なんや。何かの偶然(ぐうぜん)で生まれたものの、うっかり消えて無くなってしまうようなのも多々(たた)あるし、何百年、何千年を生きた神でも、あえなく消滅してまうような、不信心(ふしんじん)な世の中やった。  昔の川には、河童(かっぱ)なんかいくらでもいたけども、今はもういいひん。誰も信じてへんからや。そういう事やねん。  巫覡(ふげき)はそんな怪異(かいい)にとって、一種のシェルターみたいなもんや。  お前はこの世に存在すると信じてやって、人ならぬ異形(いぎょう)の者に血をくれてやる。時には(まつ)る。神様みたいに。そうすることで、物の怪たちは消滅から(まぬが)れる。  そうやって神や物の怪を守ってやるのも巫覡(ふげき)の仕事のうちらしい。絶滅危惧種(ぜつめつきぐしゅ)保護(ほご)せなあかん。  そんなわけで、蔦子(つたこ)さんは式神(しきがみ)沢山(たくさん)集めていた。  家で()うてる奴らもおるけど、野放(のばな)しにして、時々あの甲子園(こうしえん)の家の鬼門(きもん)から、ふらっと現れて(めし)食うていくような(やつ)でも、冷たくあしらいはしいひんかった。  信太(しんた)みたいなのに命じて、どこかで路頭(ろとう)に迷ってるような(やつ)を、見つけにいかせる事もあった。  消えてまうのも可哀想(かわいそう)やけど、うっかり鬼にでも()けてもうたら、それはそれで厄介(やっかい)やからや。  それで信太(しんた)子分(こぶん)みたいに、自分が見つけてきた式神(しきがみ)たちを(したが)えており、そいつらは皆、信太(しんた)一目(いちもき)置いている。  鳥さんを見つけて海道家(かいどうけ)に連れてきたのも、そういう(わけ)や。  そういう連中(れんちゅう)は、蔦子(つたこ)さんの(しき)でありつつ、信太(しんた)(つか)えているような面もある。それと徒党(ととう)を組むことで、(とら)はさらに強くなる。  チームプレイやな。まさにタイガースの皆さんや。

ともだちにシェアしよう!