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19-14 アキヒコ

 けどそれは、社会主義自体も宗教やったからに他ならへん。民衆という新しい神を、(あが)める宗教や。  ヤハウェやアッラーが神殺しを行ったように、社会主義の神も敵対する神を徹底的(てっていてき)(おとし)めて殺そうとした。  狂信的(きょうしんてき)になった信者たちが、異教(いきょう)聖職者(せいしょくしゃ)を殺し、文化財を焼き払った。  古くから(あが)められていた神像(しんぞう)の首が落とされ、貴重(きちょう)な古代の壁画(けきが)は打ち(こわ)された。  (とうと)いモノも、美しいモノも、なにもかも一緒(いっしょ)くたにぶっ(こわ)されてもうた。東海(トムヘ)の向こう(ぎし)には、そういう悲惨(ひさん)な時代が過去にあった。  言葉というのは不思議(ふしぎ)なもんで、(もの)()(よう)や。用語が違えば、ぜんぜん違うモンに聞こえるけども、言い()えてみれば真相(しんそう)はなんのことない。  カール・マルクスは学者やったけども、教祖(きょうそ)でもあった。それを神か預言者(よげんしゃ)とあがめる連中は、さしづめ社会主義教の神官といったところか。  大昔から人類が()り返しやり続けている、神と神とのイデオロギー対決や。  ある信心(しんじん)が、別の信心(しんじん)否定(ひてい)する。くだらない争いごとなんや。  ただ皆、幸せになりとうて神様を(おが)むもんやのに、なんでそれが殺し合いに発展すんのか。  しかしこれも、激動(げきどう)する時代の(あらし)。人類社会の発作(ほっさ)のようなもん。  時々、(なまず)(あば)れるように、()まわしくはあっても、()けることはできひん。それは神が、この世界の天地(あめつち)が、(はげ)しく鳴動(めいどう)しながら生きている証拠(しょうこ)や。  神には時々、(あら)ぶる時期があるもんなんや。そうして(おそ)いかかってきて、罪もない人を()らい、神を()らっていく。  その被害をどの程度に(おさ)え込むかは、その(あらし)と立ち向かう巫覡(ふげき)力量(りきりょう)しだい、心意気(こころいき)しだいや。  荒波(あらなみ)()まれるとき、どちらに(かじ)を切るか、それを決めるのは巫覡(ふげき)の仕事やで。  それによって助かる命の数も変わってくる。  古代から、神の神秘(しんぴ)に通じる神官たちは、(たみ)(あが)められ尊敬(そんけい)されてきたが、それは彼らが(たみ)の命を(にぎ)っていたからや。  神楽(かぐら)さんの元同僚(もとどうりょう)の人らに、物理学者や医者なんかまで()るように、古代から神官いうんは、学者でもあり哲学者であり音楽家でもあった。その時代ごとの科学や知識に精通(せいつう)していたんや。もちろん(たみ)(すく)うためやで。  (たみ)の心を(やす)らかにするために、絵を描く神官も()れば、歌歌う神官もいる。何によって人に()くすか、それは持ち前の才能しだいや。  俺のおかんは(おど)巫女(みこ)やし、俺は絵を描く神官なんやで。  新しいイデオロギーを考えて、(たみ)を救おうとする(げき)異国(いこく)()っても、それは別に不思議(ふしぎ)でもなんでもないやろ。  カール・マルクスは世直(よなお)しをしようとした。その時代にはびこる鬼を、殺そうとしたんやろ。  信太(しんた)はそのとばっちりを受けた。宮廷(きゅうてい)()われる霊獣(れいじゅう)として、のんきに包子(ぱおず)食うてただけやったのに、ちょっとのんきにしすぎたか、(たみ)には悪魔(サタン)の仲間やと思われたんやな。  霊獣(れいじゅう)なんかおらん、そんなものは迷信(めいしん)やと、そう信じ始めた時代の波に殺されかけた。  そのまま放っておけば、信太(しんた)も鬼に化けてたか、それともあえなく消滅(しょうめつ)するコースやったやろ。しかし、たまたま中華街に、若いツバメとツバメの()のスープを食べに来た蔦子(つたこ)さんに(ひろ)われた。  内緒(ないしょ)やけどな、その(ころ)まだ蔦子(つたこ)さんは独身(どくしん)やったんやで。ツバメも今のツバメと違うんや。別のツバメ。  蔦子(つたこ)さんは(うらな)()やろ。神戸は元町(もとまち)にある中華街、南京町(なんきんまち)から、通りを一本北へ移ると、そこには(うらな)()がうじゃうじゃいる、(うらな)いの(まち)らしい。  みんな蔦子(つたこ)さんのお友達たちやないか。気が向けば蔦子(つたこ)さんもそこで、お客の未来を()てやったりすることもあるらしい。  それもちょうど、そんな日のことで、飯時(めしどき)なって腹減(はらへ)ったなあって、すぐお(となり)の中華街に(めし)食いに行き、そこで大陸の(とら)を見つけたわけや。  (とら)相当(そうとう)()えていた。蔦子(つたこ)さんはそれに血をやって、自分の式神(しきがみ)として連れて帰ることにした。  それからずっと、(とら)信太(しんた)海道家(かいどうけ)にいる。蔦子(つたこ)さんのことを、自分の命の恩人(おんじん)やと思うてる。  助けてもろうた命や、蔦子(つたこ)さんが死ねと言うんやったら、いつでも死ぬ。それが忠義(ちゅうぎ)やと、信太(しんた)は考えていたらしい。  案外、可愛(かわい)い性格やねん。あんな派手(はで)(とら)やのに、()純情(じゅんじょう)なんや。  信太(しんた)はたぶん、傷ついていた。守っているつもりやった(たみ)から、お前はいらんと追い払われて、どこでどうやって生きていったらええんか、道に迷っていた。  そこへたまたま現れて、あれせえこれせえと命令してくる巫女姫様(みこひめさま)は、信太(しんた)には都合のいい(あるじ)やったんやろ。  なんとはなしに気まずい話やけども、信太(しんた)蔦子(つたこ)さんが好きやったんやないか。せやけど蔦子(つたこ)さんには旦那(だんな)がおるしな。  後から飛んできた若いツバメでも、蔦子(つたこ)さんの旦那(だんな)は一応、人間の部類(ぶるい)やった。蔦子(つたこ)さんと結婚して幸せになれたし、竜太郎(りゅうたろう)かて生まれたんやんか。  それに引き替え自分は外道(げどう)や。さしもの強いタイガーも、(あきら)めるほかはない。血をやるから我慢(がまん)せえと言われたら、我慢(がまん)するしかない。それが(しき)というもんや。  せやけどその傷も()えたんやろう。(とら)は強い生き物やしな。  それに生きている(かぎ)りは、人も神も前進する。幸福になろうとして。

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