252 / 928

19-15 アキヒコ

 ラジオで聞いた話の、震災(しんさい)で妻子を失った男も、十年目にして立ち直り、新しい彼女と結婚しようとした。  徹夜(てつや)婚前(こんぜん)ダンスパーティーで地震に()られ、友達の半分以上を失った(のろ)われたカップルも、とうとう船上結婚式やった。  俺のおとんも、戦後七十有余年(ゆうよねん)にして、実は居ましたと、俺とおかんにカミングアウトした。  邪悪(じゃあく)な小悪魔・神楽(かぐら)(よう)ちゃんも、とうとう(おのれ)邪悪(じゃあく)さを(みと)めて、めちゃめちゃ中西(なかにし)さんといちゃついている。  そやから(とら)かて新しい恋もする。今度は幸せになれそうやった。  不覚(ふかく)にも恋のキューピッドさんやった、うちの水地(みずち)(とおる)のお陰様(かげさま)でや。今度こそハッピーエンドのコース。  ところがそれが、デッドエンドとは。(とら)(なげ)くというより、皮肉(ひにく)なもんやと苦笑の顔でいた。 「どしたん兄貴(あにき)、なんで起きたん」  寝ぼけたような声がして、頭ぐちゃぐちゃの赤毛が信太(しんた)の背後から顔を出した。  寝ぼけたような顔やった。それに頭からすっぽり、ハロウィンのお化けの仮装(かそう)みたいに、はがしたシーツをかぶってる。  でも()えて空想するまでもなく、その下になんも着てへんことは、一見(いっけん)して分かった。  分からんかったら良かった。朝から(いや)なもん見てもうた。俺まで邪悪(じゃあく)になったらどうすんねん。  めっちゃ美しい(はだ)やった。言うたらあかんから以降は省略(しょうりゃく)。  見ない見ないと顔を(そむ)けて、苦虫(にがむし)かみつぶしてる俺をよそに、(とら)(あせ)ったような声やった。 「おいおい、なにを朝から大サービスしとうのや、寛太(かんた)。せめて服着てこい。(おそ)われたらどうすんねん」 「誰が(おそ)うんや、この状況(じょうきょう)で……」  (とおる)が一応ちょっと()きたいという口調で()いていた。 「いやいや、(とおる)ちゃん、わからんで? 世の中、危ない(やつ)ばっかりや。それにこのホテル、外道(げどう)巫覡(ふげき)かしか()らんのやで? ぼやっとしてたら連れてかれてまうかもしれへんで?」 「式攫(しきさら)いか」  真面目(まじめ)に言うてるらしい(とら)に、(とおる)(いた)って真面目(まじめ)に答えてやっていた。 「そうそう。式攫(しきさら)い。もしくは神隠(かみかく)し。寛太(かんた)アホやから、誰にでもついていくしな。飴玉(あめだま)やろかとか、そんな手口(てぐち)でも普通にひっかかるんやで」 「お前はどこまでアホやねん、鳥さん」  (ののし)るというより本気で心配してるみたいな口調になって、(とおる)はにこにこしているシーツのお化けを(あわ)れむ目で見た。 「だってそんな悪いことする(やつ)おると思わへんねんもん」  いかにも頭にお花畑みたいな、()やされる感じの()けた笑顔で、不死鳥(ふしちょう)は答えた。  俺、不死鳥(ふしちょう)ってもっと、(かしこ)い鳥なんやと思うてた。何となくのイメージやけど。(とおる)に読まされた手塚治虫(てづかおさむ)漫画(まんが)『火の鳥』では、不死鳥(ふしちょう)ってもっとインテリ系っぽかったで。  せやのに鳥さんは、どう見てもアホというか、まるで子供みたいや。車運転したり、竜太郎(りゅうたろう)に言われて携帯(けいたい)(かぶ)売ったりできんのやから、ほんまのアホではないんやろ。  氷雪系(ひょうせつけい)が言うように、考えようという意欲がないだけで、知能はあるのかもしれへん。  でもそれが、全く(にじ)み出てない。力はあるけど、それを()るってる時がない。あたかも本家(ほんけ)のぼんくらの(ぼん)みたいに。  そう思うと何や可哀想(かわいそう)なってきて、俺は同病相憐(どうびょうあいあわれ)れむ気持ちになった。  こいつ、ほんまに神の鳥なんやろか。ただの鳥なんと違うんか。  そやけど何事も信心(しんじん)や。まずは形だけでも不死鳥(ふしちょう)っぽくしてやったら、何とかいい方向へ転がり始めるかもしれへん。  たとえ、ほんまはただの鳥でも、(うそ)から出た(まこと)や。昔の人も言うてはるやろ。(いわし)の頭も信心(しんじん)からって。  (うそ)でもハッタリでも使(つこ)うて、こいつ不死鳥(ふしちょう)やって皆が信じてくれるようになれば、それが、ほんまの力になるかもしれへん。 「あのな、寛太(かんた)本間(ほんま)先生がお前のために不死鳥(ふしちょう)の絵描いてくれるらしいわ。そんな格好(かっこう)してへんと、ちゃんと服着て髪の毛とかしとけ。先生かてお(ひま)やないんやからな」  くどくど世話(せわ)焼く口調になって、信太(しんた)相方(あいかた)を部屋の中に戻らせようとしていた。  たぶん鳥のセミヌードを見られたくないんやろ。ケチなやつや。その気持ちは良う分かる。  せやのに鳥は分かってへんみたいやった。 「(とおる)ちゃん、先生とどっか行くんか。デート?」  にこにこして赤毛の鳥は、戸口にもたれる信太(しんた)の肩に細面(ほそおもて)(あご)()り寄せ、(とおる)世間話(せけんばなし)仕掛(しか)けてた。 「絵の道具買いに行くんや。どっかに画材屋あるか探さなあかん。お前もチラシの(うら)に描かれたくはないやろ?」  難しい顔をして、(とおる)は教えてやっていた。  お前のために貴重(きちょう)な時間を()いてやんのやから、感謝(かんしゃ)しろというふうな口調に聞こえた。 「チラシの(うら)でも、別にええけど。絵の道具やったら、三ノ宮(さんのみや)にあんで。東急ハンズが。前に竜太郎(りゅうたろう)が、絵が下手なんは道具が悪いんやってブチキレてな、蔦子(つたこ)さんの言いつけで、俺がいちばん高いやつ買いにいったもん。それでも絵、下手(へた)なままやったんやけどな。可哀想(かわいそう)やなあ、竜太郎(りゅうたろう)世間(せけん)には金で買えへんもんがいっぱいあるなあ」  まさかすぐ(となり)で、そのキレた竜太郎(りゅうたろう)が命がけで未来を()てるとは知らんのやろうか。  鳥さんは(なさ)容赦(ようしゃ)なく暴露(ばくろ)していた。  しみじみ言うてる鳥さんは、どこか(さと)ってるようにも見え、アホなんか(かしこ)いんか(なぞ)やった。

ともだちにシェアしよう!