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19-16 アキヒコ

「東急ハンズか。そういや、そんなんあったな。そこでええやん、アキちゃん。(めし)食ったら車で行こう」  (とおる)がもう去りたそうに、俺を(うなが)していた。  たぶん、(とら)にべたべたしている鳥さん見てたら、(うらや)ましなってきたんやろ。  (とおる)は何とはなしに、俺の手を(にぎ)りたそうな素振(そぶ)りやった。でも、(にぎ)ったら怒られると思ってんのやろ。  もじもじ挙動不審(きょどうふしん)に自分の指を()んで、苛立(いらだ)った素振(そぶ)りやった。 「(とおる)ちゃん、その指輪どうしたん」  アホのくせに目ざとく、鳥は指摘(してき)してきた。(とおる)はそれに、なぜか気まずそうな生返事(なまへんじ)をした。  さっき氷雪系(ひょうせつけい)には自慢(じまん)げやったくせに。なんで今は誤魔化(ごまか)したいのか、俺はようく分かっている。  信太(しんた)()るからやろ。お前という(やつ)は、中西(なかにし)支配人といい、(とら)といい、あくまで未練(みれん)たらたらなんやな。 「もろたんや。昨日、アキちゃんに」  結局(けっきょく)、言うしかないわというふうに、(とおる)は答えた。(とら)(かた)に鳥さんとまらせたまま、にこにこしていて、恐ろしいまでにノー・リアクションやった。  なんとも思わんらしい。残念やったな、(とおる)。ざまあみろと正直思う。 「先生とオソロやな。信太(しんた)兄貴(あにき)と、怜司(れいじ)みたい」  にこにこ言うてる鳥の目つきが、どことなく(せつ)なそうな気がして、俺にはそれが不思議(ふしぎ)に思えた。  昨日は(とら)湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)とキスしてるのを、にこやかに見ていたボケてるこいつが、そんな顔するなんて。 「オソロって、あのイケイケのDJと信太(しんた)が?」  まるで悪魔(サタン)を見るように、(とおる)信太(しんた)(とが)める目をした。神楽(かぐら)さんがお前をそういう目で見てたよなあ、出会ってすぐの(ころ)には。 「どないなっとんねん、(とら)! 鳥さんラブやて言うてたくせに、なんでDJにオソロの指輪を(あた)えたりしとんのや。死刑(しけい)!」  (とおる)死刑宣告(しけいせんこく)のどさくさで俺の手を(にぎ)り、ガミガミと(とら)(とが)めた。  信太(しんた)はそんな(とおる)を、気まずそうに、でもちょっと面白いのか、にやにや苦笑して見つめていた。 「ずうっと前にやったやつやで。オソロやないで。同じの欲しいて言うから、同じの作ってくれてやったんやで」  信太(しんた)は上半身()(ぱだか)のくせに、指輪はしていた。銀色の髑髏(どくろ)のやつを。 「いつも死を思わなあかんねん。死を思え(メメント・モリ)やで、(とおる)ちゃん。今日は元気で生きてても、明日は髑髏(どくろ)髑髏(しゃれこうべ)。今日という日を有意義(ゆういぎ)に、めいいっぱい楽しまなあかんねん。()いを残さんようにな」 「それとDJにオソロの指輪やんのと、何の関係があるねん」  (とおる)はあくまでそこが気になるらしかった。  どうでもええやん。お前に何の関係もないやんか。湊川(みなとがわ)(とら)がデキてようが、いまいが、お前の生活になんの変化もないんやで。 「何の、って。ほんまに、ずうっと前やで。地震(じしん)よりも前やったから、もう二十年以上前やで。あいつも案外(あんがい)物持(ものも)ちがええわ。俺もこれだけは、肌身(はだみ)(はな)さずやけど」  やっぱり、そうなんやないかという気がして、俺はかすかにため息をついてた。  あの、湊川(みなとがわ)とかいう(わけ)の分からんやつは、信太(しんた)が好きなんや。そんなん、いくら(にぶ)い俺でもピンとくる。  (にぶ)くはない(とおる)(いた)っては、(はげ)しくピンと来ていたらしい。怒ったような、(あき)れたような顔をしていた。信太(しんた)がそれを、なんも意味のないことと思ってるらしかったからや。  に、(にぶ)い? アホなんか、この(とら)は。  鳥さんでさえ、たぶん分かってる。相変(あいか)わらずにこにこしてたけど、寛太(かんた)はねだる口調になって、信太(しんた)の耳元に話していた。 「俺も欲しい、兄貴(あにき)。おんなじやつ、俺にもくれ」 「なんでや、そんなん。欲しいんやったら、なんでもっと早う言わへんのや。もう時間ないやんか」  ぶつぶつ説教(せっきょう)めかして言うて、(とら)は自分の指に(はま)ってるやつを、少々力任(ちからまか)せに抜き取っていた。  そしてそれを無造作(むぞうさ)弟分(おとうとぶん)に与え、これでええやろと満足したように、寛太(かんた)の細長い指に()めてやっていた。 「なんで、くれんの。怜司(れいじ)とオソロなってまうやん。それでもええの?」 「だからオソロやないって。たまたま同じのしとうだけや。あいつが俺のポリシーに共感してやな、同じのしとうだけや。お前も共感したから欲しいんやろ?」  本気で言うてんのかなあ、この(とら)は。  にやにや笑って話している信太(しんた)を、鳥さんは急に、むっと眉間(みけん)(しわ)寄せて(にら)むような見つめ方をした。 「違うよ。全然違うやんか。共感なんかしてへんよ。だって俺は死なへんもん、不死鳥(ふしちょう)やから。死んでも(よみがえ)る。兄貴(あにき)も死なへんよ。もう俺が()とうやん、不死鳥(ふしちょう)なんやで、そうなんやって信じてるんやろ?」 「そうやなあ、そうやったわ。俺が死んだら泣いてくれ」  面白そうに、()らす息で笑って、信太(しんた)はよしよしと寛太(かんた)の赤毛の頭を()でてやっていた。それはまるで、ちびっこい子供にしてやってるような手つきやった。  それにも寛太(かんた)はうっすら顔をしかめていた。  腹でも痛いんか。なんか変やで。こいつが、へらへら笑ってへんと、どっか具合(ぐあい)でも悪いんかと思える。  (みょう)なもんでも食うたんか。鳥はまるで、胸でも痛むような(あわ)い苦痛の顔をしていた。

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