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19-18 アキヒコ

 嫉妬(しっと)(おぼ)える。  それは悪心(あくしん)や。そやけど人には当たり前にある。  愛してるから()けるんやで。独占(どくせん)したいと思うのは、愛してるからやねん。  信太(しんた)は鳥が変になってると話してた。でも俺は、そうは思わへん。  寛太(かんた)はだんだん普通になってきてたんや。  赤ん坊みたいに無垢(むく)で、なんも考えてへん鳥頭(とりあたま)。ぼけっとしていて(よく)がない。そんな(けが)れ無き不死鳥(ふしちょう)やったのに、寛太(かんた)(けが)れた。  なんでか。それはこの時点(じてん)では、誰にも分かってへんかった。そんなん追求(ついきゅう)してるような状況(じょうきょう)やなかった。  そやけどこの話を皆に語って聞かせている今、俺はその答えを知っている。  (とおる)のせいやねん。邪悪(じゃあく)(へび)が、禁断(きんだん)の食いモンを鳥さんにすすめた。  鳥はそれをすすめられるまま素直(すなお)に食った。  イタリアン・レストランで食うた、メロン味のジェラートや。  俺も知らんかった。ジェラートなんか作ったことない。  ティラミスやったら作ったことあったんやけどなあと、(とおる)も言うてた。  ジェラートは担当外で、(なら)ったことないと。ただの(こお)ったメロンジュースやと思ってた。  まさかあれに(たまご)が入ってたなんて。  肉気(にくけ)のもんや。無精卵(むせいらん)やろうけど。それでもあかんのか。  牛乳があかんて言うんやったら、あかんのかなあ。  とにかく鳥さんはそれで、うっかり(けが)れてもうてたらしいわ。  若干(じゃっかん)悪魔(サタン)方向に推移(すいい)していた。  それでも、元々からして、あんなふうな、ぽわんと()(がた)い神か仏みたいな(やつ)やから、邪悪(じゃあく)やいうても神楽(かぐら)さんの百分の一くらい? (とおる)の一万分の一くらい?  (くわ)しい数字は解明(かいめい)できてないが。  寛太(かんた)はこの朝、生まれて初めて嫉妬(しっと)(おぼ)えた。  たぶん昔、まだ自分がいない世界で、(むつ)()ったらしい(とら)と、湊川(みなとがわ)怜司(れいじ)不透明(ふとうめい)な関係に。  (いま)だに同じ指輪して、それを(はず)してへん関係のことを。  それは普通や。鳥さんが我慢(がまん)しづらいというのも。  水煙(すいえん)が、鬼畜(きちく)な俺からしばらく離れていたいと思うのも。  それはもう、仕方(しかた)がない。でも水煙(すいえん)はちゃんと、俺の所に戻ってくる。そういう気がする。  おとんが死ぬ時、水煙(すいえん)はおとんと共に深い海の底に(しず)んだ。俺が予言(よげん)のとおり、水底(みなぞこ)での死を(むか)えることがあったら、その時水煙(すいえん)はまた、共に(しず)んでくれるやろうか。  俺は自分の跡取(あとと)りを、残してへん。子供いてへん。自分もまだ子供やのに、いるわけない。  竜太郎(りゅうたろう)は、力はあっても傍流(ぼうりゅう)や。秋津(あきつ)の家は実質的(じっしつてき)に、俺の(だい)(ほろ)びるんやないか。  もしもそうなら水煙(すいえん)は、俺が死んでもずっと、俺の太刀(たち)のままでいてくれるんやろか。  それともお前は、俺を捨てて、竜太郎(りゅうたろう)のものになることにするか。  それがお前の(さだ)めやもんな。ずうっと昔から、ずうっとそうしてきたんやろ。  そうして不実(ふじつ)に次々と、前のから今のへ、心変わりを()り返してきた。  アキちゃん好きやと、お前はおとんに(ささや)いたんやろ。そして、おとんに抱かれたか。熱く暗い(やみ)(うごめ)く、(ゆめ)時折(ときおり)現れてくる、あの異界(いかい)で。  俺はそれを時折(ときおり)ふと想像して、ものすごく()けるんや。  寛太(かんた)と同じ。今さらやのに。もう、とっくの昔に過ぎ去った、俺が生まれるより前のことやのにな。  俺が夢に立ち現れたら、抱いてくれるかジュニアと、水煙(すいえん)が俺に()いた。  寝床(ねどこ)(へび)を抱くような、そういうものとは違うかもしれへんけども、熱く深く(まじ)わって、(ふる)いつくような心地(ここち)にはなれる。  お前にはそれだけやと、物足(ものた)りないかもしれへん。  それでも(へび)のおらへん夢の時空(じくう)でやったら、俺にも言うてくれるか。  水煙(すいえん)、お前が好きでたまらへんと。  さあ。どうやろ。ほんまの話、俺は滅多(めった)に夢は見いひん。(おぼ)えてへんねん。  ぐっすり死んだみたいに(ねむ)って、夢は見いひんようにしてる。子供のころからの、おかんの(しつけ)やねん。  夢やら見んと、朝までぐっすりお休みやすって、おかんが俺に暗示(あんじ)をかけた。そやから俺は、夢はほとんど見た(おぼ)えがない。  記憶に残ってへん夢ん中で、俺が水煙(すいえん)()うたか、それは知らん。だって(おぼ)えてへんのやもん。  もしもそうなら、それは不実(ふじつ)と思うけど、(うそ)の指輪とどっちがましか。  浮気(うわき)な夢やと(とおる)は怒るかもしれへんけども、それでも抱いて寝てんのは(とおる)のほうやで。新開(しんかい)師匠(ししょう)やないけど、太刀(たち)を抱いて寝てるやなんて、そんな変な(やつ)、普通はおらへん。  何事かあれば飛び起きて、すわ戦闘(せんとう)、ていう、そんな事態(じたい)でなければな。  俺が水煙(すいえん)を、抱いて寝るなんて、そんなことがあるとは、この時はまだ夢にも思ってへんかった。  俺は結局(けっきょく)水煙(すいえん)の静かな問いかけには、なにも答えられへん口ごもった沈黙(ちんもく)のまま、(とおる)()れられて、その場を()った。  水煙(すいえん)を、分家(ぶんけ)式神(しきがみ)たちに(あず)けて。  そして、何日ぶりかで、(とおる)とふたりきりのドライブに出かけた。  ヴィラ北野(きたの)優雅(ゆうが)車寄(くるまよ)せを出て、迎賓館(げいひんかん)みたいな黒い(かざ)格子(ごうし)の門をくぐり、(さか)(くだ)った下界(げかい)の街、神戸の繁華街(はんかがい)三ノ宮(さんのみや)へ。 ――第19話 おわり――

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