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20-1 トオル

 アキちゃんの浮気性(うわきしょう)には、ほんまに(あき)れる。  水煙(すいえん)信太(しんた)(あず)けていくとき、アキちゃんは相当(そうとう)未練(みれん)たらたらで、俺が手引いて連れ出してやる間にも、お名残(なごり)()しそうにちらちら振り向いてみていた。  たぶん、信太(しんた)水煙(すいえん)(おか)されるとでも心配なんやろ。  そんなことするわけない。信太(しんた)は鳥さんラブラブなんやし、水煙(すいえん)太刀(たち)なんや。どうやって浮気すんねん。  水で戻して(おか)そうったって、()()めればあいつは穴無し宇宙人やで。せいぜい()めさせられる程度や。平気平気、そんなん(おか)されたうちに入らへんから。  あいつも案外、(うれ)しいんとちゃうか。ジュニアはケチでしてくれへんて、欲求不満で日々悶絶(もんぜつ)してるんやから、いい()()らしやで。  それで、よしんば新しい恋なんかして、いつまでもアキちゃんを物欲しげに見るんはやめてくれたら、俺も万々歳(ばんばんざい)やねんけど。無理かなあ、それは。  応援(おうえん)するんやけどなあ、もし水煙(すいえん)が、誰でもええからアキちゃんの他の、誰か別のとくっついてくれたら。  だってもう俺は、水煙(すいえん)とケンカしたないねん。  竜太郎(りゅうたろう)(たましい)食うたろかみたいな、思い詰めた必死の形相(ぎょうそう)見てもうたら、なんや可哀想(かわいそう)なってくる。お前もアキちゃん好きなんやなあって、こっちまで(せつ)なくなってくる。  俺もとうとう変態(へんたい)なってきた。元々そうやけど、いよいよ頭おかしい(きゅう)になってきた。  恋敵(こいがたき)(なさ)けをかけるなんて、まるで天使か聖人(せいじん)や。(なんじ)の敵を愛せよじゃないですか。  俺はそういう(がら)やないねん。悪魔(サタン)ですから。邪悪(エビル)系出身ですんでね。  (とおる)ちゃん、しっかりせなあかん。アキちゃん()られへんように、しっかり見張っとかなあかん。  アキちゃんの浮気性(うわきしょう)遺伝性(いでんせい)の病気みたいなもんや。本人の意志ではどうにもできへんねん。  しゃっくりみたいなもん。わざとやないけど、突然始まってもうて、始まったらしばらく止まらへん。止めよう思って(あせ)ると、返って変なことになるねん。  しっかり背中をさすってやって、いろいろ優しく()でさすり、ついでに血も吸ってみたりして、愛してるのは俺やったよね? みたいに、優しく優しく思い出させてやらなあかん。結局(けっきょく)アキちゃんの本命(ほんめい)は俺やねんから。  水煙(すいえん)()れば(とおる)()らんわって、そういうことにはならへんで。  それは自惚(うぬぼ)れやって言われるかもしれへんけど、俺はそう思うねん。  アキちゃんは、俺がおらんとダメやねん。俺が()るから安心して、あっちにフラフラ、こっちにヨロヨロしてる。夏に犬によろめいていた時かてそうやったんや。  それでも、いざ俺が消えていなくなるんではと思えば、アキちゃんは他のことは全部どうでもよくなる。人間だって平気でやめる。おかんが電話してきても、それに気づきもせえへんかった。  どっかで(あわ)れな小型犬が、疫神(えきしん)()かれて死にかかってるっていう事も、チラとも思い出さへんかった。ただずっと俺のこと抱いててくれた。  これから先だって、アキちゃんはきっとずっと、そういう(やつ)のままや。俺はそう信じてるねん。健気(けなげ)やろ。  たまりませんよ、ほんまに。そうとでも思わへんかったら。  やってられへん、この多情(たじょう)な俺が(あき)れるほどの、真性(しんせい)多情(たじょう)やねんから。  朝っぱらからして、水煙(すいえん)やろ。それに鳥さんのセミヌードにも、絶対、フラッとしてたに違いない。アキちゃんの、目が泳いでたのを俺は見た。  それだけやったら、まだ(ゆる)す。俺の想定内(そうていない)や。  せやのに眼鏡(めがね)氷雪系(ひょうせつけい)にまで、なんかヤバいでみたいな必死の顔して、目を(そむ)けてた。  あんなん、どこがええんや。確かにちょっといい。どんなややこしいことも、こいつに(まか)せといたらええわ、よろしく(かしこ)いお兄ちゃん、みたいな(やつ)でさ。(たよ)りがいがありそうやもんな。  でもそれ、どっちかいうたら俺のストライクゾーンなんとちゃうの。  アキちゃん、水煙(すいえん)の話によれば、弟欲しいて言うてた子らしいけど、実はお兄ちゃんでもよかったんか。  藤堂(とうどう)さんにも、やけに愛想(あいそう)ええし、お父さんでもよかったんか。  どこまで無節操(むせっそう)やねん。誰でもええんやないか、顔さえ良ければ。  ほんまにもう、よう言わんわ。  結婚しといて良かったわ。  何もなしやったら、俺も不安や。アキちゃん、俺のもんなんやろ、って、一時間ごとに()かなあかんようになる。  もしかしたら三十分ごとか。いや、待てよ。もしかしたら、十分ごと?  とにかく不安でたまらんようになる。アキちゃんが誰か他のに、心を(うつ)したらどうしようかって。  アキちゃんはほんまに、俺のことが一番好きなんやろか。なんで俺が好きなんや。  今となってはもう、よう分からへん。  顔のいいやつなんて、実は一杯(いっぱい)いたんや。  俺は人間が好きやったもんで、外道(げどう)どもとは付き合いが(うす)かった。神やら鬼やらいうのは、滅多(めった)におらんもんやと思ってた。  実際のところ、滅多(めった)におらんのやけども、今のヴィラ北野(きたの)みたいに、そういう(やつ)だけ集めてみましたみたいな世界になってくると、自分のどこが他より(すぐ)れていたんやろって、(なぞ)めいてくる。

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