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20-15 トオル

 思い出してん。アキちゃんのお(かげ)で、再び(まこと)の愛に目覚めて、俺は神やと、そんな脳内革命の後。 「内緒(ないしょ)やけどな、アキちゃん。俺の(まこと)の名はエアや」 「エア?」 「そうや。(エア)とか、塚の王(エンキ)と呼ばれていた。俺はもともと、ユーフラテスの川辺(かわべ)で生まれた神や。いつ生まれたのかは、よう(おぼ)えてへん。とにかく(おぼ)えている限りの昔には、エリドゥという街の、神殿(しんでん)にいた。その神殿(しんでん)のことを、神官(しんかん)たちは『深い水底の王の家(エエングラ)』と呼んでいた」  耳慣(みみな)れへん言葉の(ひび)きに、アキちゃんは首を(かし)げて聞いていた。  俺がなにか、寝言でも言うてるんやないかって、そんな(いぶか)しむ目やった。 「ユーフラテスって、チグリスとユーフラテスの? メソポタミア文明?」 「そうや。シュメールや。バビロニアとかや。そこで俺は、生命と、創造と、豊穣(ほうじょう)の神さんやった」 「(へび)はこの島でも豊穣(ほうじょう)の神や」  アキちゃんはうつむき、波止場(はとば)の地面を(にら)んでいた。  たぶんアキちゃんは、知りたくなかったんやろう。俺の正体なんて。  亨は(へび)やで、満足していた。それ以上(くわ)しくなんて、知りたくなかった。  きっとそこらへんの(へび)が人に化身(けしん)して、アキちゃん好きやって居着(いつ)いただけやと、思っていたかったんや。 「うん。俺はたぶん、エアの欠片(かけら)やろう。残りモンの、(くず)みたいなモン。今はもう、深い水底の王の家(エエングラ)はないし、俺を(あが)める(たみ)はいてへん。栄華(えいが)(ほこ)ったバビロンも、もはや昔々のおとぎの国や。今の俺は、アキちゃんに取り()いてる、ただの(へび)の化けモンや。でも、俺にも偉大(いだい)な神やった時はある。ものすごい昔やけども、アキちゃん、お前のためやったら、俺はまた、偉大(いだい)な神にもなってみせる。俺がそうやって、信じてくれ」 「そんなこと信じて、どうせえ言うんや」  俺を見もせず、そう答えるアキちゃんは、なんでかすごく悲しそうやった。  なんでなんやろ。俺はアキちゃんを助けてやりたいだけやねん。俺にもっとすごい力があったら、アキちゃんを救ってやれるかもしれへん。  俺はもう、悪魔(サタン)やめたしな。今は神やで。蛇神様(へびがみさま)や。どんな名前で呼ぶのかは、人間どもの勝手やけども、元は生命を(つかさど)る蛇で、水の神やったんや。  それでは(りゅう)と、戦えへんやろうか。  そりゃあ、俺かて確かに、深い水底の王の家(エエングラ)にお住まいの(ころ)から見たら、落ちぶれ()てたもんやで、きっと。  信徒(しんと)もいなけりゃ、神殿(しんでん)もない。生まれたところを遠く離れた、こんな極東(きょくとう)の島国まで、ふらふら(ただよ)ってきてもうたんやないか。  俺もきっと、信太(しんた)と大差ない。  消えそうなって、あっちこっちを彷徨(さまよ)って、気がついたら鬼になっていた。  あいつと違って、誰も俺を(ひろ)ってくれへんかったんで。元は有り難い神が、ただの妖怪みたいになってる。  人を救うどころか、アキちゃんに(やしな)ってもらってる。そんな消えかけの(へび)や。  せやけど、ひとたび信仰(しんこう)を得れば、俺かて神やで。めちゃめちゃバージョンアップするかもしれへんで。  アキちゃんが信じてくれれば、とりあえず(りゅう)ぐらい、やっつけられるようにならへんもんやろうか。 「アキちゃん食おうなんていう悪い(りゅう)を、俺がやっつけたるねん。一緒(いっしょ)に戦うよ。せやから、あと三日で死ぬなんて、思い()めんといて」  こっちを見てくれへんアキちゃんが、悲しくなってきて、俺は誰も見てへんしと思い、ベンチで(となり)にいるアキちゃんに、じりじり()り寄った。  守ってやるよみたいな事を言いつつ、俺は明らかにアキちゃんにすりすり甘えていたわ。ほんまに、どっちが神か(なぞ)や。  俺はほんまに神やけどな、ほんまやで、せやけどアキちゃんは俺にとって、神様みたいなもんやった。  シェイクスピアの書く、ジュリエットやないけども、俺にとって、めちゃめちゃ愛してるアキちゃんこそが、まさに神。  お願いや、ずっと俺を愛して、守っていてくれって、いつも祈ってる。 「アキちゃん死んだら、俺も死ぬしな。()()けなんかできへんで」  結局(けっきょく)、泣きつきたいような気持ちで、俺はアキちゃんにそう言うた。  そしたらアキちゃん、笑っていたわ。 「大丈夫や。俺がおらんようになっても、お前には誰か新しいのができる。それまで不安やったら、おかんか蔦子(つたこ)さんにでも、(やしな)ってもらえばええよ」  アキちゃんが、皮肉(ひにく)に笑ってそう教えるのは、俺がどうやって生きていくかという事やった。  俺は、神は神でも、情けない神でな、人の精気(せいき)を吸わな生きていかれへん。  誰も俺を信じてへんしな、そんな神さん日本に()るって、誰か聞いたことある?  水地(みずち)(とおる)っていうんやけどな。聞いたことないやろ。俺らの話を聞いて、今、初めて知ったやろ?  せやからな、俺はほうっておかれると、消えてまうんやで。  絶滅(ぜつめつ)危惧(きぐ)される(とおる)ちゃんやねん。レッド・データ神様やで。大事に守らなあかんよな?  皆もよう(おぼ)えといて協力してな。

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