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20-16 トオル

 けど、俺が死ぬしなって言うたんは、そういう意味やないねん。腹減(はらへ)って死ぬわけやない。  アキちゃん、ほんまに鈍いしな、ムードの欠片(かけら)もない(やつ)やから、ほんましゃあない。 「アホか、アキちゃん。俺は(なさ)けない。そういう意味やないやん。お前が好きやからやろ。アキちゃん死んだら、俺も絶対(ぜったい)ショック死するわ」 「そうなんや……」  (にが)い顔をして、アキちゃんはそんな、つれない返事やった。  アキちゃんは、そうなると思わへんの。アキちゃん死んでもうても、俺が平気やと思うんか。  そんなのひどいわあ。薄情(はくじょう)なやつや。  俺ってアキちゃんに、何やと思われてんのやろ。何かもう、(なさ)けなくなってきて、(なみだ)出そう。  でもちょっと、我慢(がまん)しよ。男の子やから。俺は(なみだ)をこらえてアキちゃんを口説(くど)いた。 「そうなんや、って……そうやで。絶対(ぜったい)そうやで。夏に俺が死にそうなったとき、アキちゃんどう思った。まあええかと思ってたんか?」  そんなはずないと言うことは、俺は知ってた。アキちゃんは()()()えても俺を助けようとしてくれてた。せやから俺は助かったんや。  俺が死にそうなってたんは、怪我(けが)したからやない。  俺、アキちゃんに()られるんやと思ったんや。  なんでやろ。今考えたら(なぞ)やけど、俺も思い()めてたんや。  アキちゃん、あの犬のこと、ほんまに好きみたいやったしな、俺より好きなんやないかって、怖かってん。  しまった、(とおる)さえ()らんかったら、犬と仲良うできたのに、って、アキちゃん思ってんのやないかって、そんな気がして、俺は()らんほうが、ええんやないかって、一瞬すごく弱気(よわき)になった。  もしもアキちゃんがそんなふうに思うんやったら、俺はつらい。いっそ消えてしまいたい。  俺は最初からおらへんかった。そんな(やつ)()なかったんやって、そう思おうとした。  消えて()なくなれば、もう、つらい思いもしなくて()む。アキちゃんを犬に()られてもうたって、泣かんで()むやんか。  でもなあ、恋愛感情というのは矛盾(むじゅん)してる。もう死にたいみたいに思う一方で、アキちゃんきっと俺を選んでくれる、きっと助けに来てくれるとも、思ってた。  そう、祈ってたんや。助けてくれって、アキちゃんに。俺を選んでくれ。他の誰かではなく。  そしたら、ほんまにアキちゃんは、犬には目もくれず俺のほうに来て、三日三晩、抱いて介抱(かいほう)してくれた。  アキちゃんがその間ずっと、俺のことしか考えてへんのを見て、もっと生きていたいって思ったんや。  アキちゃんとずっと、生きていたい。もっとずっと一緒(いっしょ)にいたい。  つらいことあってもええから、やっぱり俺はアキちゃんとずっと、一緒(いっしょ)に生きていたい。 「まあええかと、思う(わけ)ないやろ。何を今さらお前は……」  ほとほと(くや)しい、みたいなふうに、アキちゃんは俺を(なじ)る言葉も途中(とちゅう)()まらせて、がっくり来てた。  いろいろ思うところあるんやろ。腹も立つし、反省せなあかん(めん)もあるしやな。アキちゃんはそれについて、たっぷり考え、やがて、はあ、みたいに深いため息を()らした。 「お前を死なせるくらいやったら、自分が死んだほうがましや。お前を()(にえ)になんか出さへんしな、心配せんでええねんで」 「そんなん心配してへん」  俺はきっぱり即答(そくとう)やったわ。  だって心配する必要あらへん。俺はアキちゃんの(しき)やないしな、俺は心根(こころね)(みにく)い神や。自分が死ぬくらいなら、他の誰かを(なまず)に食わせる。  きっとそうすると思う。土壇場(どたんば)なったら、そうするで。  なんせ自分が助かりたい一心(いっしん)で、親友みたいに思ってたトミ子をガツガツ食うた俺やから。信太(しんた)やろうが、秋尾(あきお)やろうが、俺はきっと平気で見殺しにする。 「なんでや……」  アキちゃんはちょっと意外そうに、(けわ)しい顔で俺を見つめた。  その、(いや)な予感がしているふうな目を見て、俺は思った。  話してないんや。水煙(すいえん)()(にえ)のこと。  (ずる)いわあ。  話つけとく機会なんか、いくらでもあったやろ。知ってるで、お前がこそこそアキちゃんと、専用ラインでお(しゃべ)りしてんのは。  その内容こそ俺にはわからへんけど、何も気づかへんほどアホやない。  なんで俺が話さなあかんの。そんなん、お前の仕事やろ。  お前のアイデアやねんから。あの犬を()(にえ)として、(なまず)に食わせようというのは。  俺かて話したくないよ。アキちゃん怒るに決まってんのやから。  畜生(ちくしょう)、あの宇宙人。アキちゃんの前では可愛(かわい)いふりしやがって。  えげつないねん。また出し抜かれたわ。 「なんでって。俺はもう、秋津(あきつ)式神(しきがみ)やないし……()(にえ)なんて、そんな義理(ぎり)ないもん。アキちゃんかて、(いや)やろ、俺がそんな化けモンみたいな神に食われて、いなくなるのは」 「(いや)や。当たり前やろ」  何の思惑(おもわく)もないふうに断言(だんげん)してるアキちゃんが、俺にはちょっと(うれ)しいようなで、思わずちょっと、悲しい()みになっていた。  やっぱり最初に、アキちゃんに話してやっとくべきやったんやないか、水煙(すいえん)(かげ)でこそこそ俺とお前で、話し合って勝手に決めて、それでええかって談合(だんごう)してんのは、卑怯(ひきょう)やったんやないか。

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