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20-18 トオル
「どないせえって。おかんが居 ったら、なんて言うやろ。籤 には犬の名前を書けって言うか、そもそも籤 引きするやなんて、お家 の恥 やって、突っぱねるんとちゃうか。おかん、プライド高いねんから」
「そうやろな……」
息でも詰 まってもうたんか、アキちゃんは苦しそうやった。
しばらく、おかんが留守 で、アキちゃん忘れてたんとちゃうやろか。てめえの親が、どんな奴 やったか。
ほんま言うたら、アキちゃんは、おかんが留守 で解放されていた。やっとラクに息ができてた。
おかんはどう思うやろ、おかんに何て言われるやろかって、いつもそんなことばっかり気にして、今まで育ってきてたんやからな。その恐ろしい目が消えて、寂 しいけども、ほっとしてた。
ええトシこいて、旦那 とラブラブ世界一周やなんて、どないなっとんねん、おかん、とは思うけど、あれはあれで、あの人の思惑 なんやで。
うちが居 いひんようになったら、アキちゃん、ちゃあんと一人でやっていけんのやろかって、可愛 い子に旅をさせてみたんとちゃうか。自分が旅に出て、しばらくいなくなってみることで。
アキちゃんは、いずれ一人になる。おとんとおかんが、もっと遠いところに旅立ってしもて、もう永遠に帰ってきてくれへんようになったら、ほんまのひとりぼっちになってまう。
兄弟もおらへんし、秋津 の家におかんと母一人子一人やった。式神 欲しけりゃ、いくらでも増やせるかもしれへんけど、それでもアキちゃんは一人や。
秋津家には他に、血筋 を受け継 ぐ人間がおらへん。いずれは一人で家を背負 って、やっていかなあかんのや。
練習というには、めちゃくちゃ激 しい実地 訓練 や。いきなり命かかってる。
自分の命だけやのうて、三都 を構成 する都 のひとつ、神戸に住む人々の、ほんまもんの命がかかってる。
これは訓練ではないんや。仮想敵 ではない、ほんまもんの敵がやってきた。
鯰 と龍 や。エイリアンとプレデターが同時に襲 ってきたみたいなもんやで。無茶苦茶や。普通死ぬ。
でも、そこを、奇跡 の生還 ていうオチやなかったら、お話にならへんやないか。
あら死んじゃった、みたいなオチになってもうたら、皆怒るで、アキちゃん。
金返せやで。映画館に火付けられる。ゴールデン・ラズベリー賞もらえる。そんなアホ映画の主人公みたいなB級人生で、ほんまにええの。お前、いちおう、サラブレッドなんやろ。名門 の出なんやろ。誇 りはないのか。
「わからへん。何が正しいのか、わからんようになった」
アキちゃんは素直 な子やねん。思ったとおり、そう言うてた。
一度は決めてた覚悟 が、ほろほろ崩 れてきたんやろ。
自分では、それが一番正しいって、覚悟 決めてた死にオチが、ほんまに正しいのかどうか、わからんようになった。
効 くわあ、おかん効果 。言うてみて正解やった。
まさかここまで効 くとは。嫌味 なほど効果 絶大 や。
でも、何とかこれで、アキちゃん自分が死のうやなんて、アホな考えは捨 ててくれるんとちゃうか。
死ななあかんような事やないねん。犬一匹でいい。もしくは虎 一匹でも、狐 一匹でもええねん。生 け贄 に捧 げればいい。俺にとっては、もちろん、犬が理想 やけどな。
とにかく俺のアキちゃんが、鯰 や龍 に食われるというオチだけは、絶対避 けなあかんコースやねん。
いまごろ水煙 様は、きっと張 り切っているやろ。竜太郎 ぶっ殺してでも、アキちゃんが助かる未来を視 させようとしているに違 いない。
そんなら俺は俺で、あいつが後編・龍 の部 をなんとかしている間、前編・鯰 の部 のほうを、なんとかしとかなあかん。それでこそのチームワークやしな。
「悩 めばええやん。まだ時間ある。せやけどアキちゃん、一人で考えんといて。俺はアキちゃんの何やねん。配偶者 やろ。いかなる時も支 え合うんやろ。そう誓 ったくせに、俺に無断 で死のうやなんて、無茶苦茶 すぎる」
ほんまに結婚しといて良かったわ。アキちゃん、その話にも、ちょっと心の動くもんがあったようや。
真面目 な子やなあ。馬鹿正直というか。そこがええんやけど。
「死ぬ時は一緒 やで、アキちゃん。そうやろ? 俺を遺 して死なんといて。どうしても死ぬ他 ないときは、俺も連れて行ってくれ。一緒 に戦おうよ。そうしてほしいねん。俺のこと、愛してんのやったら、俺の気持ちも考えて」
腕 を引いて、そう求めると、アキちゃんは俺の話に絆 されたみたいやった。
なんとか真顔 を作ってみても、照 れているから、もろわかり。
アキちゃんは結局、死ぬんやったら一緒 やでという俺の話が、嬉 しいという顔で答えた。
「分かった。分かったけど……なんでそんな話、アップルパイ持ちながら聞いてなあかんねん」
手に持ったままやった葉っぱの形のアップルパイを、アキちゃんは恨 めしそうにしかめた顔で見下ろして、俺から目をそらしてた。
恥 ずかしいらしかった。アキちゃんそんな、ジャンプの法則 みたいな話、されたことないんやもんな。チームプレイに慣 れてないんやから。
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