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20-19 トオル

 ほんま言うたら、俺かて()れてへん。必死なだけやねん。  人間、(いと)しいツレのためやったら、何でもできるで。俺は(へび)やけど、(へび)でもできる。  アキちゃんの餓鬼(がき)くさい()(かく)しに、俺は思わず、にっこりしてた。  可愛(かわい)いなあ、アキちゃん。ちゃんと納得(なっとく)してくれたんか、俺の話。やけっぱちで無茶苦茶(むちゃくちゃ)したらあかんのやで。 「甘いの(いや)なんやったら、ミートパイもあんで。これも美味(うま)い」  俺が(ふくろ)から出してすすめてやったのと、アキちゃんは大人しく、自分が持ってたアップルパイを取り替えた。  甘いのあかんねんなあ、ほんまにもう、しゃあないやつや。  俺は甘いの大好きやけど。なんでこんな、甘味(あまみ)(うす)い男に()れてもうたんやろ。  アキちゃんと(なら)んで座り、ばくばくパイを食らいつつ、俺はにこにこ笑った顔で()やんでた。  俺にここまで言わせた奴は、紀元前(きげんぜん)ウン千年以来、お前が初めてやで、アキちゃん。  落ちぶれたとはいえ、俺も神やで。()(がた)き幸せやとか、なんか無いの。ミートパイ食うとる場合か。  海見て腹を()たしつつ、アキちゃんは俺に、ぽつりと言った。 「あのな、(とおる)……」 「なんや」  コーヒー飲みつつ、俺は返事した。 「さっきの話、忘れてええか」  目を上げるとアキちゃんが、どことなく(せつ)なそうに俺を見ていた。 「さっきの話って、どれのことや」 「お前が、大昔、なんとかいう神様やったっていう話」  アキちゃんは、その名を(おぼ)えてへんのか、それとも口にするのが(いや)なんか、ぼやけた言い方で俺の(まこと)の名を呼ぶのを()けた。 「なんで?」  何が(いや)やねん。(へび)でも何でもかまへんて、いつも言うてたくせに。有り(がた)い神様やったら、何があかんことあるんや。 「(いや)やねん、なんとなく。お前がそんな、ご大層(たいそう)な古い神やなんて。ほんまやったら俺なんかと、一緒(いっしょ)()るようなモンやないってことやろ。お前がそういう神なんやって、本気で信じてもうたら、お前がどこか、俺には手のとどかんような、高いところにいってしまうような気がする」 「なんで? そんなことないよ。俺はアキちゃんおらんかったら、生きていくこともできへん神やで。もし力をつけて、立派(りっぱ)な神になれたとしても、それは変わらへん。アキちゃんが()らんかったら、俺は死ぬ。(さび)しなって、死んでしまうわ」  そんなん、当たり前のことやで。アキちゃん。心配なんか、せんといて。  約束(やくそく)するよ、俺はずっとアキちゃんのもんやで。つい昨日の夜に、そう(ちか)ったばっかりやないか。 「抱いてもええか」 「えっ、ここで?」  やるなあ、アキちゃんと、俺は身構(みがま)えた。  まだアップルパイ食い終わってないのに。まさかこんなところで朝エッチすんのか。びっくりするわ。 「アホか、(ちが)う。抱きしめるだけ!」  むっちゃ怒った()(かく)しの声で、アキちゃんは答え、食いかけやった俺と自分のパイを(ふくろ)に落として、おもむろに俺を抱き寄せてきた。  海風(うみかぜ)が吹いていた。(しお)の香りがする。  それに混じって、(かす)かにアキちゃんの(はだ)(にお)いがした。ミートパイの(にお)いも。アキちゃんはまだ、その味の残る舌で、俺にキスをした。  それがあんまり熱烈(ねつれつ)で、ベンチに押し(たお)されそうやった。  (たお)してくれてええんやけども、アキちゃんはそれを我慢(がまん)していた。  (せつ)ない話や、やっぱりホテルでいちゃついとけば良かったか。  アキちゃんの背に腕を回して、俺は(むさぼ)られる感覚を(たの)しんだ。  お前は俺のもんやって、そういう気合(きあ)いで、アキちゃんは俺を抱いていた。 「(とおる)。お前のほんまの名前は、水地(みずち)(とおる)やろ。他の名前なんか()らんやろ。俺の(とおる)やろ?」 「どしたんアキちゃん、子供みたいな駄々(だだ)こねて」  アキちゃんが時々、お前はおかんみたいやという、俺はつい、そんな口調(くちょう)になっていて、アキちゃんはそれに、苦笑(くしょう)する(さび)しそうな目やった。 「しゃあない。ほんまに子供なんや。お前と会うまで、こんなに誰かを好きになったことはない。どうしていいか、わからへん。でも、ありがとう。お前のお(かげ)で、俺も生まれてきた甲斐(かい)があったわ。お前に会えて、ほんまに良かった」  アキちゃんはそんな、アホみたいなことを、どうも本気で言うていた。  目がマジやった。その目で見つめられ、俺はものすご戸惑(とまど)っていた。  そんな直球(ちょっきゅう)直球(ちょっきゅう)の、くさいくさい台詞(せりふ)を言われ、ものすご(むね)キュンしてる自分のことが、アホかと思え、めちゃめちゃ()ずかしい。  そやのに、なんか、ふわふわ()かんでいきそうな温かい心地(ここち)がして、胸がアキちゃんへの愛で一杯(いっぱい)なって、ほんまにふわふわ()いてきた。 「()いてる、お前。また()いてるで」  それが全然何でもないように、俺に教えて、()き立ちそうになる俺の体を、アキちゃんはまた、ぎゅうっと抱きしめた。  アキちゃんが結界(けっかい)()ってへんことは確かやった。  だって、メリケン波止場(はとば)に犬を散歩(さんぽ)させに来たらしい、高校生くらいの、JIB(ジブ)のパラシュート生地(きじ)派手(はで)なスポーツバッグ持った女の子がな、ちょっと向こうのほうで、短いラップ・スカートを海風(うみかぜ)にひらひらさせつつ、俺らのほうに走って来ようとする空気読めへん(うれ)しがりのビーグル犬を、行ったらあかんて泣きそうなりながら、引き戻そうと必死で引き綱(リード)をギリギリ引っ張っていた。

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