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20-22 トオル
京都も街 の真ん中に、ででんと八坂 神社があって、生活の中に神が居 る。
そんな古くさい、いかにも神の国やという京都とは、一線 を画 したハイカラな神戸の街 やけど、その点は一緒 やった。街 にはうじゃうじゃ神が居 る。
京都と違 て、神戸に居 る神さんたちは、インターナショナルやった。
京都も近頃 は、よそから色んなモンが入ってきてるけども、神戸はもっとすごい。
回教寺院 や教会 みたいな、よそモンの神の神殿が、いくらでも建っているし、生田 神社のような古い神さんも、気前 よく自分の縄張 りに、よそモンを棲 ませてやっていた。
さすがは海辺の土地の神さんや。海からやってくるモノを、優 しく受け入れてやっている。
駐車場 に車をとめて、でっかい手のマークのロゴ看板 のある東急ハンズの店内に、俺とアキちゃんは入った。
俺も初めて来たけど、けっこうでかいビルやった。地下二階から地上六階まである、ぐるぐる回るスキップフロア構造 で、生活用品から、ペット用品、木工とかアウトドア用品、訳 の分からんパーティー用の仮装 グッズまで、いろんなもんを置いている。
もちろん画材 もあった。それは五階のCフロア。
えーと。各階につき、フロアがABCと三つある。全部高さが違うから、それぞれ短い階段で繋 がっている。せやから厳密 に言うと、このビルは二十四階建て?
ややこしい。どうでもええねん、それは。
とにかく画材フロアは上のほう。なぜか狭 っくるしいエレベーターで、俺とアキちゃんは、五階まで一気に上がった。
夏休みの時期とはいえ、ほぼ開店と同時の時刻では、店の中にはまださほど客は居 らんかった。
初めて来た店の品揃 えの良い棚 を、俺はアキちゃんと仲良く手を繋 いで初めは見たが、買い物するとなったら、アキちゃんは鬼や。バイ・ナウの鬼。
俺のこと、あんなに好きやって言うたばっかりやったくせに、荷物 持ちの下僕 かなんかと思うてる。自分でもショッピング・バスケット持つけども、一個じゃ足らんから、さも当然のごとく俺にも持たせる。
あのな。アキちゃん。忘れてくれてええけどもや、俺は神やで。めっちゃ偉いんやで。
絵の具とか紙とか入ってる、東急ハンズって書いてある緑色の買い物カゴなんか、持たされてついていくような、そんなモンとほんまはちゃうんやで。
アキちゃんのこと、愛してるから、持ってやってんのやで。そこんとこ、海よりも深く理解しといてくれる?
そんなブチブチ思うてる俺をよそに、アキちゃんは、頭の中の買い物リストと相談するのに忙 しかった。
キャンソン・ミタントに水彩 絵の具、アクリル絵の具に、コンテにパステル、絵筆もいっぱい買わなあかんし、筆洗 のバケツもいるやろ。絵の具を混ぜるパレットや、素描用 のクロッキー帳も買う。何冊買うねんていうぐらい買う。
あとは鉛筆買わなあかんなあ、って、アキちゃんはそれがどこに置いてあるのか、探すような目で、きょろきょろ棚 を眺 めてた。
「フィキサチーフも買わなあかん。何本くらい要るかなあ」
アキちゃんは相談でなく、独 り言みたいにそれを言うてた。
フィキサチーフというのは、鉛筆とかパステルみたいに、描 いたあとに擦 ると消えたり汚 れたりしてまうような画材 で描いた絵を、紙に定着させるためのスプレーやねん。
塗料 やからな、超臭 い。あれをヴィラ北野 の新婚さん用スイートルームでしこたま使ったりしたら、藤堂 さんに殺されへんか、俺はちょっと心配や。
「何枚描くつもりやねん、アキちゃん」
「わからへん、描けるだけ」
「ずっと絵描いとくつもりか。俺と仲良うせえへんの」
「するけど、絵も描く」
棚 を見ながらアキちゃんは、上 の空 で答えていた。
「するけど、って、いつすんの。そんな暇 あんの、こんだけ描くんやったら」
どっさり持たされた紙を恨 んで見つめ、俺はぼやいた。
とうとうやるか。描きながらセックスすんのか。やるなあジュニア。ありえへん。
どうせ絵ばっかり描いてて、俺がアキちゃん仲良うしようなって懐 いていっても、後で後でって言われんのや。
「お前の分も入ってんねん。お前も描くやろ。大司教 と約束したやん」
ほんまか、みたいな、律儀 なことを、アキちゃんは言うてた。
大司教 と約束した聖 トミ子光臨 イラストなんてな、そんなもん、どうでもええやんか。生きるか死ぬかいうときに、ブスの絵なんか描いてられっか。
だいたい顔んとこ、どないすんねん。ぼかすの。光らすの。それともヴァチカンにウケそうな、美人に描いといたるんか。
なんで俺がトミ子にそこまでしてやらなあかんねん。まあ、言うても命の恩人 やけどな、あいつは。
可愛 く描いといてやればええのかなあ。
でもそんな。俺、なんか恥ずかしいわ。
アキちゃんが描けよ。亜里砂 でええやん。
どうせあいつ、アキちゃんには何があろうと顔出しせえへん気なんや。亜里砂 の顔のまま思い出に残しといてやったらええやんか。
あと、ヴァチカンの記録にも、それで残しといてやったらええわ。
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