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21-2 アキヒコ

 俺は死んだらあかんらしい。秋津(あきつ)当主(とうしゅ)として、せめて跡取(あとと)りを残すまで、生きて働かなあかんのやって。  水煙(すいえん)が、そう言うてた。  それに(とおる)も、俺がおらんと死ぬらしい。そやから自分が行くなんてのは、もってのほかで、俺は代々(だいだい)のご先祖(せんぞ)様たちが、いつもやってきたように、(げき)として(しき)使役(しえき)して、そいつを犠牲(ぎせい)にしてみせなあかん。  そんなこと、朝飯前(あさめしまえ)やって思うようでないと、秋津(あきつ)当主(とうしゅ)(つと)まらんのやって。  しんどい仕事や。すまんけど、死んでくれって、(しき)(たの)むのは。ほんまに、しんどい。  そんな無茶(むちゃ)なこと(たの)むくらいやったら、(いさぎよ)く自分が死ぬほうが、まだしも精神的にはラクに思える。  (ずる)いなあ俺は、悪い男やという自己嫌悪(じこけんお)に押しつぶされながら、とぼとぼ生きていくよりは、ずっと。 「(しき)()るんや。(なまず)に食われて死んでくれる(やつ)が。お前、それをやってくれって(たの)まれたら、(いや)か?」  俺はストレートに()いた。直球勝負やった。  湊川(みなとがわ)は一応、それは聞こえたようやったけど、さらに唖然(あぜん)としてた。  そらそうやろな。俺かて自分に唖然(あぜん)としてたわ。  もうな、どうでもええわって気分やったんや。素面(しらふ)やけどな、ある意味、脳みそ()いてたで。  理由は後で話すけど、その話は重いから、先にこっちの話をしよか。俺の気合いが乗ってくるまでの間。 「(いや)か、って……普通、(いや)やろ。俺は先生の(しき)やないし、そんな義理(ぎり)はないんやで」  もっともな事を、湊川(みなとがわ)は言うてた。俺はそれに、暗く(うなず)いた。 「そうや。そやから、今から俺の(しき)になってくれへんか」 「(なまず)のエサにするために?」  アホかと、怒るのを通り越して、俺を(あわ)れむような目で、湊川(みなとがわ)はじっと見つめてきた。 「そうや……」  他に何も付け加える話がなくて、俺は素直(すなお)(うなず)いた。  それを見て、湊川(みなとがわ)はちょっと、気まずそうに鼻を(こす)った。 「先生……ほんまに暁彦(あきひこ)様の息子?」  うつむいて、俺から目をそらし、湊川(みなとがわ)はやむにやまれぬように()いてきた。 「知らん。そうらしいけどな……何でそんなこと、俺に()くんや」 「()てへん。暁彦(あきひこ)様はもっと、口説(くど)くの上手(うま)かった。というか、先生、普通以下やで。(げき)として、というより、人として?」  湊川(みなとがわ)はきっぱりと、そう批判(ひはん)したけども、俺は(だま)って聞いていた。  腹も立たへん。言われた通りのような気がした。  思い返してみたところ、俺は人を口説(くど)いたことがない。いっぺんもない。  恋愛相手というのは常に向こうから自動的に来るもんで、俺はそれに、いいよとか、いややとか、思いついた返事をするだけやった。  自発的に口説(くど)いた相手といえば、実は(とおる)が初めてなんやろうけど、それも(あや)しい。  俺はべろんべろんに()うてたし、何を話したんやら(おぼ)えてへん。あいつは俺が口説(くど)いたんやと言うてるけども、(おぼ)えてへんのや。  聞けば、俺はあいつに、ひとりにしんといてくれと(たの)んだだけらしい。それで口説(くど)いたことになるんやったら、世の中に恋愛のマニュアルや口説(くど)きのテクニックなんてものは存在しいひんやろう。  直球だけで試合になるんやったら、カーブやシュートや消える魔球(まきゅう)は、必要がない。  とにかく俺は湊川(みなとがわ)に、あいつが、ええ? と混乱するようなヘロヘロ(だま)を投げていた。  それで落ちたらアホやった。(あき)れられて当然やった。  俺はたぶん、口説(くど)くつもりはなかったんや。ただ誰かと、話していたかっただけで。  だって、もしこいつが俺の口説(くど)きに落ちて、俺の式神(しきがみ)になったら、俺はこいつを殺すことになる。  殺すつもりで声かけた。(とおり)()殺人みたいなもんやで。  そんな(あく)どいこと、俺にはとてもやないけど、やってのけられへん。  もしも万が一、こいつがそれで俺が好きになり、悪い俺に(だま)されて、健気(けなげ)にも喜んで死のうというんやったら、()えられへん。  その(つみ)の重みで、俺はきっと一生押しつぶされてるままになる。  おとんは(たし)かに、(すご)かったんやろなと、俺は初めて素直(すなお)にそれを実感してた。  おとんが死ぬ時、俺と同い年やった。せやのに式神(しきがみ)をぎょうさん引き連れて、戦争行って、そいつらを全部使い(つぶ)したらしい。  その両手の指に(あま)る数の式神(しきがみ)たちは、どいつもこいつも強いやつらで、みんな、おとんに()れていた。水煙(すいえん)がそう言うてたやんか。まさに、おとんのハーレムや。  そやのに、おとんはその誰にも、()れてへんかったんか。  だって、おかんが好きやったんやから。そういうことやろ。  そんな、一途(いちず)(おも)う相手のある身で、死ぬほど好きやと言うてくれる神々を、よくも手玉(てだま)にとったもんや。俺と同い年で。  俺は、ようしいひん。とても無理や。  相手が可哀想(かわいそう)すぎて。申し訳ない気持ちでいっぱいになってもうて、(うそ)がつけへん。  ほんまは俺は(とおる)が好きで、他の(やつ)には、あいつに(ささや)くような気持ちでは、好きやとは言うてやられへん。  (うそ)でも言えと、勝呂(すぐろ)瑞希(みずき)は言うけども、それは不実(ふじつ)や。(うそ)つくなんて。

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