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三都幻妖夜話(3)神戸編 21-4 アキヒコ | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
21-4 アキヒコ
作者:
椎堂かおる
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284 / 928
21-4 アキヒコ
湊川
(
みなとがわ
)
はだるそうに
椅子
(
いす
)
から立って、チカチカ光る小さなライトが
幾
(
いく
)
つも
灯
(
とも
)
った
操作盤
(
そうさばん
)
の、電源らしきものを、ぷちぷち切った。 「しゃあないなあ、もう……とりあえず飲むか。俺の部屋でいいですか」 難しい顔をして、
湊川
(
みなとがわ
)
は自分が
許
(
ゆる
)
せんというふうに俺に
訊
(
き
)
いた。 ぽかんとして立っている俺を
眺
(
なが
)
め、
湊川
(
みなとがわ
)
は月明かりの
照
(
て
)
らす白い顔で、ふうっと重いため息ついてた。 「なあ。先生。
信太
(
しんた
)
の
代打
(
だいだ
)
やろ。話くらい聞くわ。それに俺は、その顔には弱いんや」 半分ほど残ってたグラスから、残りを一気にあおって、
湊川
(
みなとがわ
)
はグラスをそこに残していくようやった。
眠
(
ねむ
)
そうに
目頭
(
めがしら
)
を押さえ、そのまま
壇上
(
だんじょう
)
から降りてきた。 「先生はほんまに、
暁彦
(
あきひこ
)
様にそっくりやなあ。まるで本人みたい。それで絵まで
描
(
か
)
くなんて、ようできた息子やで。クローン人間や」 苦笑して言い、
湊川
(
みなとがわ
)
は俺を差し
招
(
まね
)
いた。 まさか手を
握
(
にぎ
)
るわけでなし。
肩
(
かた
)
を
抱
(
だ
)
くのも変やし。一応はモノにしようという
意気
(
いき
)
で来たはずの相手にとっとと先を歩かれて、俺はやむなくそれに付いていくだけやった。 夜の静かな
廊下
(
ろうか
)
には、大きな
窓
(
まど
)
から差し込んでくる月明かりが、
煌々
(
こうこう
)
と明るかった。
遅
(
おく
)
れてとぼとぼついてくる俺を、
湊川
(
みなとがわ
)
はちらりと
不思議
(
ふしぎ
)
そうに
振
(
ふ
)
り返って見て、頭の先から
爪先
(
つまさき
)
まで、じいっと
嘗
(
な
)
めるように
眺
(
なが
)
めた。 「先生、なんで
裸足
(
はだし
)
なんや」 言われて俺は、初めてそれに気がついた。
超絶
(
ちょうぜつ
)
かっこ悪い。俺は部屋からロビーまで、ずっと
裸足
(
はだし
)
で歩いて来ていたらしい。 ヴィラ
北野
(
きたの
)
の
廊下
(
ろうか
)
やロビーには、だいたい
綺麗
(
きれい
)
な
絨毯
(
じゅうたん
)
が
敷
(
し
)
いてあるし、それで足が痛いということはなかった。 でも、気がついてもよさそうなもんやった。確かに部屋では
裸足
(
はだし
)
でうろうろしてるけど、
靴
(
くつ
)
を
履
(
は
)
くのも忘れてもうて、そのままヨロヨロ出てきたなんて、俺はどんだけ
参
(
まい
)
ってるんや。 まるで必死で逃げてきたみたいやないか。 まあ、なんというか。実際そうやったんや。俺は必死で逃げてきた。 何から、って。それは、
亨
(
とおる
)
からや。
水煙
(
すいえん
)
から。
勝呂
(
すぐろ
)
瑞希
(
みずき
)
から。 あるいは自分を
縛
(
しば
)
る、
秋津
(
あきつ
)
の
当主
(
とうしゅ
)
やという
宿命
(
しゅくめい
)
からや。 俺は、
嫌
(
いや
)
やった。俺を好きやという神が、三人も
居
(
お
)
る。 正式には
三柱
(
さんはしら
)
と数えるらしいけど。神さんて、そういう単位らしいで。
柱
(
はしら
)
やねん。なんで
柱
(
はしら
)
なんやろ。まあでも見た目には三人や。 そいつらが
揃
(
そろ
)
いも
揃
(
そろ
)
って、俺を
心底
(
しんそこ
)
愛してるという目で見てる。 俺はそれを、三人とも好き。もちろん
亨
(
とおる
)
が一番やけど、でもそれとは別の
次元
(
じげん
)
で、俺は
水煙
(
すいえん
)
も愛してる。たぶん
勝呂
(
すぐろ
)
もや。 いや、もう、あいつのことを、
勝呂
(
すぐろ
)
と呼ぶのは止そう。 あれは俺の
式神
(
しきがみ
)
で、俺はあいつを
瑞希
(
みずき
)
と呼んでやるべきや。 俺のものにしてくれって、あいつはそういう目で見てる。俺はせめて、その目には答えてやらんとあかん。 でもな、つらいねん。俺には
亨
(
とおる
)
が
居
(
お
)
るんやんか。俺は
亨
(
とおる
)
の見ている前では、
瑞希
(
みずき
)
お前は可愛いなあって、言うてやられへん。
亨
(
とおる
)
もつらいやろうし、ほんま言うたら俺もつらいんや。 俺は
亨
(
とおる
)
を傷つけている。そう思うと、俺も痛い。ものすごく、胸が痛いんや。 「逃げてきてん、部屋から。怖くなって。それで
靴
(
くつ
)
はくの忘れてもうた」 俺は立ち止まって待っている、窓からの月明かりの中に立つ男に、もう
格好
(
かっこう
)
に
構
(
かま
)
う気もなくて、
素直
(
すなお
)
に本当のことを話した。 そうして、どことなく
呆然
(
ぼうぜん
)
としたまま
黙
(
だま
)
り込む俺を、
湊川
(
みなとがわ
)
は
淡
(
あわ
)
くしかめたような顔をして、じいっと見つめていた。 「そうなん。怖いって、何が。
水煙
(
すいえん
)
か。そうなんやろ、先生」
淡
(
あわ
)
い
苦笑
(
くしょう
)
を表情に混じらせて、
湊川
(
みなとがわ
)
は
意地悪
(
いけず
)
そうに
訊
(
き
)
いてきた。
水煙
(
すいえん
)
か。そうなんやろか。俺は怖い、三人が三人とも。 「しょうがない。
血筋
(
ちすじ
)
の
定
(
さだ
)
めや、アキちゃん」 いかにも京都弁の、まるで
水煙
(
すいえん
)
みたいな口調を作り、
湊川
(
みなとがわ
)
は俺に言った。
薄
(
うす
)
い笑いを浮かべたまま、どこかちょっと、俺を
哀
(
あわ
)
れむように。
水煙
(
すいえん
)
がそう言うのを、
湊川
(
みなとがわ
)
はほんまに聞いたことがあるんやないかと思った。一瞬、俺は、目の前にいるのが
湊川
(
みなとがわ
)
怜司
(
れいじ
)
という別の神やのうて、
水煙
(
すいえん
)
が
化
(
ば
)
けてる別の姿なんやないかと思え、
背筋
(
せすじ
)
がぞっとしていた。
逃
(
のが
)
れられへん、俺は。どこまで逃げても
秋津
(
あきつ
)
の
跡取
(
あとと
)
りや。
水煙
(
すいえん
)
は俺を、逃がさへんやろう。たった一人残った、
秋津
(
あきつ
)
の
直系
(
ちょっけい
)
の血を引く子やし、それはあいつにとって、さんざん
煮詰
(
につ
)
めた
挙
(
あ
)
げ
句
(
く
)
にできた、大事な
結晶
(
けっしょう
)
のようなもんに見えるらしい。 あいつは俺を、高く買っている。俺をもう自分にとって最後の
覡
(
げき
)
と、思い定めているようや。 俺が死んだら自分も死ぬと、思っているような目や。
亨
(
とおる
)
が俺をそうかき
口説
(
くど
)
いた時と同じ目をして、いつも俺を見ている。 俺はそれにずっと、気がつかへんかった。
水煙
(
すいえん
)
は
太刀
(
たち
)
やったし、
人型
(
ひとがた
)
になった時でも
異形
(
いぎょう
)
の神やった。つるりと黒いガラス玉みたいな目で、そこには感情があるのか無いのか、ぱっと見には分からへん。
水煙
(
すいえん
)
にも心があると、頭では理解していても、目の前にある顔が、
不思議
(
ふしぎ
)
な美しい作り物のような
異形
(
いぎょう
)
の無表情でいると、
誤解
(
ごかい
)
してまう。
水煙
(
すいえん
)
は大して何も感じてへんわ。俺が好きやは、ちょっとだけ。
亨
(
とおる
)
が俺を、
切
(
せつ
)
なそうに見る時みたいに、苦しい心の
震
(
ふる
)
えのようなモンは、
水煙
(
すいえん
)
にはないんや。 だって
水煙
(
すいえん
)
は神なんやし、人間みたいな心はないやろうって……俺は自分に
都合
(
つごう
)
よく、そう
誤解
(
ごかい
)
してきた。
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椎堂かおる
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