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三都幻妖夜話(3)神戸編 21-8 アキヒコ | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
21-8 アキヒコ
作者:
椎堂かおる
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288 / 928
21-8 アキヒコ
触
(
ふ
)
れられて、俺は
我慢
(
がまん
)
できひんようになった。
欲情
(
よくじょう
)
していた、
平
(
ひら
)
たく言うと。 そんな、あからさまに
涎
(
よだれ
)
出そうみたいな
程
(
ほど
)
ではないけど、内心、奥深くで、この神が欲しい、我がものにしたいと、
鎌首
(
かまくび
)
をもたげる
蛇
(
へび
)
のような欲が、
不意
(
ふい
)
に強く
湧
(
わ
)
いた。 その目で見つめる俺に、
湊川
(
みなとがわ
)
は
淡
(
あわ
)
く
微笑
(
ほほえ
)
んだままやった。やりたいんやったら、やってええよと、あっけなく受け入れてるような目で。 「
暁彦
(
あきひこ
)
様にとっては、俺はまあ、一種の
見果
(
みは
)
てぬ夢みたいなもんやったやろなあ。最初に会った時には、まだ十八やったし。自分はもう一人前やって、
血気盛
(
けっきさか
)
んやったけど、それでもまだまだ可愛いもんやったわ。
戦
(
いくさ
)
の
機運
(
きうん
)
もあって、もっと
式
(
しき
)
欲しいって、必死やったしな。
肝心
(
かんじん
)
の時に、
前
(
さき
)
の
当主
(
とうしゅ
)
がくたばってもうて、
焦
(
あせ
)
ってたんやろ。お
家
(
いえ
)
を
背負
(
せお
)
って
頑張
(
がんば
)
らなあかんしな」 くすくす
皮肉
(
ひにく
)
に笑う
湊川
(
みなとがわ
)
が、なにが
可笑
(
おか
)
しいんか、俺にはよう分からんかった。 おとんも必死やったんや。俺が今、必死なように。 なんでそれが
可笑
(
おか
)
しいんや。腹立つわ。それに何やろ。なんか
切
(
せつ
)
ない。 「それで、おとんの
式神
(
しきがみ
)
になってやったんか」 むかっとしたような、すねた声のまま、俺は
訊
(
たず
)
ねた。
湊川
(
みなとがわ
)
は、それに
頷
(
うなず
)
いていた。 「そうや。
可哀想
(
かわいそう
)
やったからな」 お前も
可哀想
(
かわいそう
)
やわって、俺を
哀
(
あわ
)
れむような優しい目つきで、
湊川
(
みなとがわ
)
は静かに答えた。 二人きりの、こういう
優
(
やさ
)
しい時間やと、こいつもこんな
穏
(
おだ
)
やかな顔してるんや。 見つめられると、なんや
胸苦
(
むなぐる
)
しかった。 美しい。なんか、
痺
(
しび
)
れる。 どうしようか。ほんまにヤバい。 俺は
無節操
(
むせっそう
)
。ほんまに誰でもええんや。顔さえ好きなら、誰でもかまへん。 それが
本音
(
ほんね
)
で、
不実
(
ふじつ
)
なのは
嫌
(
いや
)
やなんて、そんなもん、ただの、ええ
格好
(
かっこう
)
したいだけの
見栄
(
みえ
)
なんやないやろか。 「先生、キスしてやろか?」
淡
(
あわ
)
い苦笑で、
湊川
(
みなとがわ
)
はまるで、俺がそうしてほしいのに、付き合ってやろかみたいな
訊
(
き
)
き方をした。 してほしくなかったかって? してほしかったわ! 悪いか。それが? 俺も男の子なんやしや、時には上の人と下の人の意見が
激
(
はげ
)
しく違う時はある。 ああもうあかん、下の人が
超優勢
(
ちょうゆうせい
)
みたいな時もあるわ。 ほんま言うたら俺は別に、
湊川
(
みなとがわ
)
とキスしたかったわけやない。
縋
(
すが
)
り付きたかった。誰でもええんや、
優
(
やさ
)
しゅうしてくれる
奴
(
やつ
)
やったら。 ほんのちょっと抱き
合
(
お
)
うて、何もかも忘れて、そしてそれに
後腐
(
あとくさ
)
れがない。気持ちよかったわ、またおいでって、にこにこ愛想よくしてくれる、自分に
都合
(
つごう
)
のええ奴やったら、誰でも良かった。 でもやっぱり、言うに言われへん。お前やったら、愛してなくても怒らへんやろ。平気やろ。俺にうだうだ考えさせず、あっさり一発やらせてくれるやろって、そんな事とても言われへんやんか。 けど
練
(
ね
)
れたもんやで、
湊川
(
みなとがわ
)
。そんなこと、一言も
訊
(
き
)
かへんかった。どうせそうやろって、
嫌
(
いや
)
みも言わへんねん。ただ俺の
顎
(
あご
)
を引き寄せて、
唇
(
くちびる
)
を重ねた。 まだ
燻
(
くゆ
)
るままの
煙草
(
たばこ
)
の
匂
(
にお
)
いか、それとも
奴
(
やつ
)
の息にある
残
(
のこ
)
り
香
(
が
)
か、
香炉
(
こうろ
)
から立ち
上
(
のぼ
)
る
薫香
(
くんこう
)
のような
匂
(
にお
)
いを、俺は感じた。 それは、ふわっと
酔
(
よ
)
うような、
不思議
(
ふしぎ
)
な
匂
(
にお
)
いやった。 やんわりと
責
(
せ
)
めてくる
舌
(
した
)
が、ものすご
上手
(
うま
)
くて、めちゃくちゃ気持ちいい。 一瞬くらっと来て、何もかも忘れる。
亨
(
とおる
)
も確かに
上手
(
うま
)
いけど、俺はあいつが好きやから、好きや好きやで必死になってる。 気持ちええけど、それだけに集中してるわけやない。 いつも
亨
(
とおる
)
の事を考えてる。
亨
(
とおる
)
もちゃんと、気持ちええんかな。俺だけ
独
(
ひと
)
り
善
(
よ
)
がりになってへんかなって、いつも心配してる。 俺はあいつを
愉
(
たの
)
しくさせてやりたいねん。アキちゃん気持ちええわって、あいつが
悶
(
もだ
)
えるのが
心地
(
ここち
)
いい。そやから自分のことは割と二の次や。気がつくと自分も気持ちいい。その
程度
(
ていど
)
のもんやねん。 でも、この時は、なんというか。すごく
悦
(
よ
)
かった。
責
(
せ
)
められてる感じ。
幻惑
(
げんわく
)
されてる。俺は
湊川
(
みなとがわ
)
に
踊
(
おど
)
らされてる。人がメディアの
舌先三寸
(
したさきさんずん
)
に、あっけなく
踊
(
おど
)
り、
翻弄
(
ほんろう
)
されるみたいに。 最後に俺の
唇
(
くちびる
)
を小さく
一舐
(
ひとな
)
めして、
湊川
(
みなとがわ
)
はキスをやめた。 その時になってやっと、スコッチの味がした。たぶん俺は、
我
(
われ
)
に
返
(
かえ
)
ったんやろ。 「気持ちいい……」 でもそんな感想コメントを思わず
述
(
の
)
べる
程度
(
ていど
)
にはアホのままやった。 にやりと目を細めて、
湊川
(
みなとがわ
)
は声もなく笑った。 「そうやろ。俺の
舌技
(
ぜつぎ
)
には
定評
(
ていひょう
)
がある。もっと色々試そうか。
寛太
(
かんた
)
も
虎
(
とら
)
も、先生のおとんも
悶絶
(
もんぜつ
)
したような、夢のショータイムやで?」 言いながら何か思い出すんか、
湊川
(
みなとがわ
)
は
煙草
(
たばこ
)
をまた口に持っていきつつ、くつくつ
喉
(
のど
)
を
鳴
(
な
)
らして笑った。 俺はもちろん、やってみて欲しかった。もっと
舐
(
な
)
めて。 でも
我慢
(
がまん
)
の子で
睨
(
にら
)
み付けてたわ。 だって
恥
(
は
)
ずかしいやんか。相手はぜんぜん平気の顔で、俺だけ
玩具
(
おもちゃ
)
にされるやなんて、俺のプライドが
許
(
ゆる
)
さへん。 「い……
嫌
(
いや
)
や」 声、
上
(
うわ
)
ずってる、俺。きっぱりしてへん。しかも少し
噛
(
か
)
んでもうてる。
格好
(
かっこう
)
悪い。 笑いながら、
湊川
(
みなとがわ
)
は
煙草
(
たばこ
)
をサイドテーブルのガラスの
灰皿
(
はいざら
)
に置き、
燻
(
くゆ
)
るまま
放置
(
ほうち
)
の
構
(
かま
)
えやった。 そしてグラスから酒を飲んで、ごくりと白い
喉
(
のど
)
を
鳴
(
な
)
らした。
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椎堂かおる
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