289 / 928

21-9 アキヒコ

(いや)か。そうか。ほんまかな。とりあえず、シャワー浴びる? それとも、このままベッド行く? ちょっと話そうか。まだまだ月も出たばかりやし、そう急いでやることない。話しながらちょっと、気持ちようなって、それから本番(ほんばん)でも、時間はあるやろ」  酒のグラスを取り上げられた俺の手を引き、湊川(みなとがわ)すぐ(となり)にあったベッドに連れていこうとした。  俺は(あせ)った。まだまだ素面(しらふ)や。ぜんぜん()うてない。  そやのに、いきなり布団(ふとん)に連れ込まれて、なんやかんやするというのは、あまりにも意識(いしき)がはっきりしすぎてる。  ああ、どうしよう。(とおる)に悪い。すまない水煙(すいえん)(ゆる)してくれ瑞希(みずき)って、そういう気まずい事がずらずら頭に出てくるねんで。  でも、そんなもん、ラジオは頓着(とんちゃく)しいひんかった。  ラジオというのは(とおる)湊川(みなとがわ)につけたあだ名みたいなもんで、いつも(とおる)はそう呼ぶんや。  あいつは口が悪いねん。瑞希(みずき)のことは犬とかワンワンやしな、湊川(みなとがわ)のことはラジオやで。  ほんでトミ子に(いた)っては、ブスって言うやろ。いくらブスやからっていうても、その呼び名はどうなんや。死んでも(くさ)っても女の子なんやで。可哀想(かわいそう)やと思わへんのか。  そんな話、今はどうでもええか。俺は逃げてるか。話、(もど)さなあかんか。  そうやな。(もど)そか。それからどうなったか。  湊川(みなとがわ)はベッドで俺にキスをした。もう一回。抱き()うて足をからめて、もう一回や。  しかも、あいつは俺のベルトを(はず)した。なんで(はず)すんや。(はず)す必要あんのか。  あるわな。もちろん。()ぐんやったらベルト(はず)さなあかんよな。それは常識や。  着たままやったらあかんか。  あかんことはないけど、まあ、()いだほうが開放感(かいほうかん)あるよな。  窮屈(きゅうくつ)やから。その日は俺は、ジーンズやったし。いろんな事情で窮屈(きゅうくつ)なときがあるんや、男の子やからな。  でも湊川(みなとがわ)は、()がせてはくれへんかった。ただベルト(はず)して、前開けて、指入れただけ。  むしろもっと窮屈(きゅうくつ)やで。勘弁(かんべん)してくれ。いきなり(さわ)ってくるのは。 「やめて」  俺は本気で(たの)んだ。お願いします。  人間には我慢(がまん)できることと、我慢(がまん)できひんことがある。特に男の子には。 「やめんの。なんで。どないしたん先生、こんなに()らして」  くすくす笑って、湊川(みなとがわ)は俺の耳を()めていた。  それも、やめといてくれ。ヤバいから。マジでヤバいから。もう後戻りできひんようになるから。 「話して。何があったんや先生。なんで急に、俺を口説(くど)こうなんて思ったん? ()(にえ)にする式神(しきがみ)欲しいんやったら、俺が船で(さそ)った時に、さっさと食うといたらよかったのに……」  まさに口八丁(くちはっちょう)手八丁(てはっちょう)というやつかな。舌技(ぜつぎ)定評(ていひょう)があるらしいけど、たぶん手技(しゅぎ)にもあるな。  あるに違いない。白い指で(いじ)められて、俺は悶絶(もんぜつ)したいのを(こら)えていた。  あかんあかん、集中したらあかん。  気を遠くに持て俺。  ああもうイキそうみたいになるから。感度良好(かんどりょうこう)すぎやから。 「あかん、湊川(みなとがわ)。もうちょっと……(ゆる)く」  やめてくれとは、もう(たの)めへん俺に、湊川(みなとがわ)はくすくす笑った。  月もそれに相和(あいわ)して、笑っているような気がした。  きっと笑っているんやろ、月読命(つくよみのみこと)も。  お前はなんて不実(ふじつ)餓鬼(がき)や。つい昨日、永遠の愛なるもんを、可愛い可愛い(へび)を相手に(ちか)ったばっかりやのに、今夜にはもう、得体(えたい)の知れん(おぼろ)なる(もん)と、抱き()うて(あえ)ぐ。  そういう奴なんやなあって、からから笑われているみたいな気がする。 「気持ちええやろ、先生。弱いとこ、暁彦(あきひこ)様と同じやなぁ」  まさにそこ、という所を()められて、俺は内心、ひいひい言うてた。  それでも我慢(がまん)してるのは、(くや)しいからや。  俺は確かに、おとんと生き写しやけど、そんなとこまで似てんのか。ツボも同じか。  綺麗(きれい)な白い指で()められると、泣きそうになるところまで、同じなんか。 「()れてるなあ。なんで()れてんの」  また底意地(そこいじ)悪く、湊川(みなとがわ)は俺に()いた。  なんでかなんか知るか。俺は知らん。知ってても答えへん。  質問に答えなあかん義理(ぎり)はないやろ。まったくマスコミの連中ときたら、えげつないねん。  俺には知る権利があるって、ずけずけ何でも()いてきやがって。俺にも言いとうないことは多々(たた)あるんや。  プライバシーなんや。()ずかしすぎて言われへん。 「我慢(がまん)せんでええねんで、先生。何回でもいかしたるし、また()たしたる。できるやろ、まだ若いんやし……それに、絶倫(ぜつりん)やからな、(げき)なんてもんは大体(だいたい)において。先生みたいに、力の(みなぎ)ってる人は、こっちも(みなぎ)ってんのやろ?」  ()らん事()くな、湊川(みなとがわ)。下の人にも()くのはやめろ。  そこをぎゅうっと(にぎ)られて、俺は目の前真っ白なったわ。  我慢(がまん)すんのってつらい。 「(いや)や……俺は、そんな。まだ始まって五分くらいやで」  俺には変な(くせ)がついてた。(とおる)が最近、タイムを(はか)ってるもんやから、それをめっちゃ気にしてるんや。  あいつ変なんとちゃうか。終わった後ににっこりして、満足したわって可愛い顔で、アキちゃん、十五分二十二秒、とか言うねんで。  秒まで見るな。愛してへんかったら殺してる。

ともだちにシェアしよう!