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21-10 アキヒコ

「時間関係ないよ、先生。()かったらそれで。出したかったら出せばええねん、声でもなんでも。面子(めんつ)なんか関係ないよ。しがらみは()てて……」  ()ててどうするのか、湊川(みなとがわ)は言葉では教えへんかったけど、俺の体には教えた。  (たく)みで意地悪い指が、おとんと同じやという、俺の弱いところを(なさ)容赦(ようしゃ)なく()めた。  ああもう堪忍(かんにん)してくれ。ぎゃあって(さけ)びたいぐらい、つらい。  (さけ)びはしいひんかったけど、無口な俺もさすがに(あえ)いだ。  ため息のような感嘆(かんたん)(うめ)きが()れた。  苦しいみたいな声やった。だって我慢(がまん)してんのやもん。悲鳴やで。 「つらい。ほんまに手加減(てかげん)してくれ……」  半分マジで涙目(なみだめ)や。俺は気がつくと湊川(みなとがわ)の白いシャツ着た体に抱きついてて、(おが)(たお)す口調で言ってた。  我慢(がまん)すんので精一杯(せいいっぱい)で、俺も相手を()めようかなんて、そんな事、ちらっとも念頭(ねんとう)になかった。  でも(さわ)りたい。白い肌や。だんだん俺の理性も(あや)うくなってた。  言い訳やけど、しゃあないねん。ほんまに上手(うま)いで、湊川(みなとがわ)。足(ふる)えてくるんやから。  (とおる)にだって、そこまでされることは滅多(めった)にない。()ずかしいもん。  俺は()められるよりは、あいつを()めたい。  気持ちようなってきたら、あいつは(こら)(しょう)がないから、もっとして、もっとしてくれって、すぐに夢中(むちゅう)になってきて、おとなしく俺に()められててくれる。  そこがええねん(とおる)は。可愛いんやないか。  たとえウン千歳でも、俺の(うで)にすっぽり(おさ)まってくれて、可愛(かわい)可愛(かわい)いって思わせてくれる。  でも湊川(みなとがわ)はぜんぜん可愛(かわい)くない。確かに年増(としま)やで、こいつは。意地悪い。  俺がひいひい言うのが、こいつは面白いらしい。さんざんやられた。(しぼ)り取ろうという指で、さんざん(なぶ)られた。  あかんあかん、俺が()くなっている場合やないねん。(たら)し込みに来たんやから。  いきなり(かえ)()ちにあってどないすんねん。 「話そう、話、聞いてくれ……」  フラフラなって、俺は(たの)んだ。  何話すんやっけって、本気で忘れてたけど、とにかく逃げたい。ちょっと休憩(きゅうけい)させてくれ。  本間(ほんま)先生、前戯(ぜんぎ)でいってもうたって、お前に言われたくない。  俺の人生にそんな汚点(おてん)を、残させんといてくれ。 「ほんなら聞こうか。どしたん、えらい、青い顔して、(くつ)()かんと逃げてきて。水煙(すいえん)様に、なに言われたんや?」 「子供おらんうちは、死んだらあかんて……」  (あえ)(あえ)ぎ、俺は教えた。  ていうか、なんで手やめてくれへんのや。むしろ、さっきよりつらい。 「ああ、まぁな。先生、一人っ子やしな。直系(ちょっけい)血筋(ちすじ)途絶(とだ)えてしまうやろ。竜太郎(りゅうたろう)おるけど、あの子は水煙(すいえん)の好みやないやろ。水煙(すいえん)強面(こわもて)のようでいて、案外(あんがい)初心(うぶ)やから。暁彦(あきひこ)様みたいな、(だま)って俺に付いて来いみたいなのが好きなんや。あいつ、そういうのにメロメロなるんやで。変やわ、太刀(たち)やのに……」  ぶつぶつ言うて、湊川(みなとがわ)は俺の服の中でごそごそし、あろうことか俺のケツに(さわ)ろうとした。 「やめろ! どこ(さわ)っとんねん!」  俺はマジもんの悲鳴で(こば)んだ。もちろん(あば)れた。  湊川(みなとがわ)は俺と鼻先を付き合わせ、可笑(おか)しそうに歯を見せた。 「あれ。やっぱ、あかんの。それも暁彦(あきひこ)様と同じなんや。やるだけ? やらせへんの?」 「やらせへん、やらせへん、やらせへん!」  俺は血相(けっそう)変えて三回も言うた。まるでこれから(おか)される婦女子(ふじょし)のようやった。  やめてくれ俺の聖域(せいいき)に押し入ろうとするのは。(とおる)でもそれはやったことない。  それは、あいつがそっちに興味(きょうみ)ないからやけど。もし興味(きょうみ)あったら、きっと出会って三日もせんうちに()されてたやろうけど。  (いや)やそれは。俺は(いや)やねん。(いや)なはずや。勘弁(かんべん)してくれ。  そんなつもりなしで来たんや。想像してへんかった。そういうコースもありやということを。 「(いや)なんやったら、せえへんよ。やりたいことだけ、やったらええねんで、先生」  にっこり言われて、俺はへろへろになった。  湊川(みなとがわ)。お前は怖い。でも何か、危険な優しさがある。  包容力(ほうようりょく)というか、なんでも来いみたいで、何をしようが受け止めてくれる、そういう感じがする。  見栄(みえ)張らんでええねん、だらんとしてて、休んだらええねんて、そういう感じ。  おとんは本当に、こいつが()らんと思って()てたんか。  ほんまは泣く泣く別れたんとちゃうか。  (とら)もほんまは、意地(いじ)()って()てた。俺に()れてへんやつは好かんて、男の意地(いじ)でよそへ行った。  お前より、不死鳥(ふしちょう)好きやって、メロメロなって見せて、それに(さび)しい顔してる湊川(みなとがわ)に、ほんまはちょっと()たされている。  俺はそんな想像をした。  だってこいつは、(ずる)いんや。夢中(むちゅう)にはならへん。好きやっていう顔はしいひん。愛なんて、自分にはないって、ひとりだけそんな、高見(たかみ)の見物の顔してる。  見ようとしても、はっきりしいひん朧月(おぼろづき)。  好きやなあって、そんな、頬染(ほほそ)めた顔して見つめてる、そういうのを期待してんのに、青白く、ぼんやりぼやけて、よう見えへん。

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