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21-13 アキヒコ
その顔が、綺麗 に見えへん訳があるやろか。
でも俺は、水煙 が怖かった。めちゃめちゃ怖い。
もし俺が、秋津 の跡取りとして、ふさわしくない行いに出たら、こいつはもう、俺を愛してくれへんのやろか。アキちゃん好きやと、震 えながら俺に抱きついていた水煙 が、俺をどうでもええ奴 のように見る。そういう時も、もしかしたら、あるんかもしれへん。
別にええやん、それでも。
俺には亨 がおるし。敢 えて言うなら、瑞希 も居 てる。俺を愛してくれる神は、水煙 のほかにも居 てる。
なのになんで、それが怖いんや。
水煙 が心変わりする。俺に幻滅 するかもしれへんという想像が、俺にはなんで怖いんか。
愛してるからや。どうせ、そうなんや。
俺は多情 で不実 な男で、エロで外道 の鬼や。水煙 が愛 しい。
今この瞬間の俺を、何もかも肯定的 に見てくれてるんは、こいつだけ。
亨 も瑞希 もつらいやろ。俺もつらい。
でも水煙 は、深く満足していた。お前はそれでええんやと言うてくれるのは、水煙 だけや。そやから俺は、水煙 に逃げたかったんやろ。
卑怯 な男や、俺は。
気がつくともう、亨 が削 った鉛筆で、水煙 の絵を描いていた。
目に見える、そのままの姿やのうて、自分の心の中にある、もしも人間やったら、きっと水煙 はこんな姿やったやろうという、俺の幻想 。
ただの願望。俺の勝手なファンタジーで、俺はお前をこういうふうに変えたいと、俺が望んでる、そんなひどい絵や。
でも水煙 はそれに、文句を言う奴ではない。亨 と違 うて、それに傷つかへん。そういう奴 やねん、水煙 は。
おとんがこいつを、太刀 からサーベルに打ち直させた時にも、何の文句もなかったらしいで。
可笑 しいなあって、笑いはするけど、それでもおとんや俺が、もっと燃えるような姿になるのには、こいつは快感があるらしい。そうすればもう少し、愛してもらえるんやないかと、嬉 しいらしい。
健気 や。そんなんせんでも、むちゃくちゃ愛してんのに。
だったらなんで、姿を変えさせようとするんや、俺は。おかしい、おかしい、辻褄 が合 うてへん。
亨 には、いつも亨 の好き勝手な姿でいてくれればええわと思う。ありのままの。
できれば最初に会 うた時のまま、お前が気に入って、長くその姿で過ごしてきたという、今の格好 のまま。俺が一目で惚 れてもうた、今の顔、今の体のままでいてほしいんや。
でも、なんでやろ。水煙 には、自分が好き勝手したい。お人形さんみたいに。こうすればもっと俺には愛 しいていう、そういう幻想 があって、その色に塗 り替 えたくなる。
それを黙 って受け入れて、喜んでいるあいつが、可愛 いと思う。
ほんまにお人形さん遊びやで。我 ながら、気色 悪い。
でもそれに、俺は確実に、快楽を覚 えてる。逃げようがない、自分の性癖 やから。
できあがった絵を、俺はまず亨 に見せた。検閲 みたいなもんか。
別に見せろとせがまれた訳 やない。そうせなあかんような気がして。
亨 はじっと、俺が素描 帳 に描いた、鉛筆画の人物を見つめた。
その絵は、車椅子 に座っている、亨 や俺と同い年か、ちょっと年上くらいの、若い男の姿やった。
俺は水煙 は男やと思うんや。その辺、はっきりしいひんけど、話す口調も男みたいやし、声も柔 らかい低い声やし、女みたいとは思うたことない。
そやけど絵の男は、女の子みたいな長い髪 やった。なんでか訊 かれても困 る。フィーリングやから。
水煙 は長い髪 なんやって、俺は思うただけ。
長いて言うても肩 にかかる程度。そう。言いたくはないが、赤い鳥さん程度 。
長い髪 もええなあって、きっと俺は思うてたんやろ。それに青い姿の時の水煙 は、ちょっと長い髪 みたいなイメージなんやって。
決して俺がそれに萌 えすぎていたからではない。
でもちょっと、萌 えたかも。黒くて艶々 した長い髪 が綺麗 で、大きな黒目がちの目をした、静かに頑固 そうな品のいい美貌 が、じっと何かを見ている口元の、ごく淡 い笑みの気配 を見ると、自分の描いた絵やのに、なんでか平伏 したくなる。ご奉仕 したくなる。
そういう、高貴 のお方みたいな雰囲気 のある人物として描いたんやけど、実際それを見て、あなたの下僕 みたいな気持ちになるとは、俺の絵も怖い。
髪 の毛といてやったり、爪 磨 いてやったりしたい。
俺は変態 や。もうそれでいいです。
それを認 めさえすれば、心おきなく水煙 様グルーミングの愉悦 に浸 れるんやったら、もうそれで行こか。
なんかそういう引力 感じたで。自分の描いた絵姿 に。
もちろん着衣 の絵やで。ヌードやないで。
俺もそこまでは描かれへん。恥ずかしいもん。想像でけへんもん。
想像してもうたら、恥 ずかしさで悶絶 してもうて、おちおち絵なんか描かれへん。
絵の男は飾 り気 のないシャツに、ズボンをはいていた。でも裸足 や。
靴 が思いつかなくて。というか、正直に言え俺。足の指を描きたかったからや。
すみません、ほんまに、煩悩 の塊 で。絵では嘘 がつかれへんねん。
「この服ちょっと、遥 ちゃんみたいやない?」
亨 はまず、そのことを指摘 した。俺はぐっと来た。
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