293 / 928

21-13 アキヒコ

 その顔が、綺麗(きれい)に見えへん訳があるやろか。  でも俺は、水煙(すいえん)が怖かった。めちゃめちゃ怖い。  もし俺が、秋津(あきつ)の跡取りとして、ふさわしくない行いに出たら、こいつはもう、俺を愛してくれへんのやろか。アキちゃん好きやと、(ふる)えながら俺に抱きついていた水煙(すいえん)が、俺をどうでもええ(やつ)のように見る。そういう時も、もしかしたら、あるんかもしれへん。  別にええやん、それでも。  俺には(とおる)がおるし。()えて言うなら、瑞希(みずき)()てる。俺を愛してくれる神は、水煙(すいえん)のほかにも()てる。  なのになんで、それが怖いんや。  水煙(すいえん)が心変わりする。俺に幻滅(げんめつ)するかもしれへんという想像が、俺にはなんで怖いんか。  愛してるからや。どうせ、そうなんや。  俺は多情(たじょう)不実(ふじつ)な男で、エロで外道(げどう)の鬼や。水煙(すいえん)(いと)しい。  今この瞬間の俺を、何もかも肯定的(こうていてき)に見てくれてるんは、こいつだけ。  (とおる)瑞希(みずき)もつらいやろ。俺もつらい。  でも水煙(すいえん)は、深く満足していた。お前はそれでええんやと言うてくれるのは、水煙(すいえん)だけや。そやから俺は、水煙(すいえん)に逃げたかったんやろ。  卑怯(ひきょう)な男や、俺は。  気がつくともう、(とおる)(けず)った鉛筆で、水煙(すいえん)の絵を描いていた。  目に見える、そのままの姿やのうて、自分の心の中にある、もしも人間やったら、きっと水煙(すいえん)はこんな姿やったやろうという、俺の幻想(げんそう)。  ただの願望。俺の勝手なファンタジーで、俺はお前をこういうふうに変えたいと、俺が望んでる、そんなひどい絵や。  でも水煙(すいえん)はそれに、文句を言う奴ではない。(とおる)(ちご)うて、それに傷つかへん。そういう(やつ)やねん、水煙(すいえん)は。  おとんがこいつを、太刀(たち)からサーベルに打ち直させた時にも、何の文句もなかったらしいで。  可笑(おか)しいなあって、笑いはするけど、それでもおとんや俺が、もっと燃えるような姿になるのには、こいつは快感があるらしい。そうすればもう少し、愛してもらえるんやないかと、(うれ)しいらしい。  健気(けなげ)や。そんなんせんでも、むちゃくちゃ愛してんのに。  だったらなんで、姿を変えさせようとするんや、俺は。おかしい、おかしい、辻褄(つじつま)()うてへん。  (とおる)には、いつも(とおる)の好き勝手な姿でいてくれればええわと思う。ありのままの。  できれば最初に()うた時のまま、お前が気に入って、長くその姿で過ごしてきたという、今の格好(かっこう)のまま。俺が一目で()れてもうた、今の顔、今の体のままでいてほしいんや。  でも、なんでやろ。水煙(すいえん)には、自分が好き勝手したい。お人形さんみたいに。こうすればもっと俺には(いと)しいていう、そういう幻想(げんそう)があって、その色に()()えたくなる。  それを(だま)って受け入れて、喜んでいるあいつが、可愛(かわい)いと思う。  ほんまにお人形さん遊びやで。(われ)ながら、気色(きしょく)悪い。  でもそれに、俺は確実に、快楽を(おぼ)えてる。逃げようがない、自分の性癖(せいへき)やから。  できあがった絵を、俺はまず(とおる)に見せた。検閲(けんえつ)みたいなもんか。  別に見せろとせがまれた(わけ)やない。そうせなあかんような気がして。  (とおる)はじっと、俺が素描(クロッキー)(ちょう)に描いた、鉛筆画の人物を見つめた。  その絵は、車椅子(くるまいす)に座っている、(とおる)や俺と同い年か、ちょっと年上くらいの、若い男の姿やった。  俺は水煙(すいえん)は男やと思うんや。その辺、はっきりしいひんけど、話す口調も男みたいやし、声も(やわ)らかい低い声やし、女みたいとは思うたことない。  そやけど絵の男は、女の子みたいな長い(かみ)やった。なんでか()かれても(こま)る。フィーリングやから。  水煙(すいえん)は長い(かみ)なんやって、俺は思うただけ。  長いて言うても(かた)にかかる程度。そう。言いたくはないが、赤い鳥さん程度(ていど)。  長い(かみ)もええなあって、きっと俺は思うてたんやろ。それに青い姿の時の水煙(すいえん)は、ちょっと長い(かみ)みたいなイメージなんやって。  決して俺がそれに()えすぎていたからではない。  でもちょっと、()えたかも。黒くて艶々(つやつや)した長い(かみ)綺麗(きれい)で、大きな黒目がちの目をした、静かに頑固(がんこ)そうな品のいい美貌(びぼう)が、じっと何かを見ている口元の、ごく(あわ)い笑みの気配(けはい)を見ると、自分の描いた絵やのに、なんでか平伏(へいふく)したくなる。ご奉仕(ほうし)したくなる。  そういう、高貴(こうき)のお方みたいな雰囲気(ふんいき)のある人物として描いたんやけど、実際それを見て、あなたの下僕(げぼく)みたいな気持ちになるとは、俺の絵も怖い。  (かみ)の毛といてやったり、(つめ)(みが)いてやったりしたい。  俺は変態(へんたい)や。もうそれでいいです。  それを(みと)めさえすれば、心おきなく水煙(すいえん)様グルーミングの愉悦(ゆえつ)(ひた)れるんやったら、もうそれで行こか。  なんかそういう引力(いんりょく)感じたで。自分の描いた絵姿(えすがた)に。  もちろん着衣(ちゃくい)の絵やで。ヌードやないで。  俺もそこまでは描かれへん。恥ずかしいもん。想像でけへんもん。  想像してもうたら、()ずかしさで悶絶(もんぜつ)してもうて、おちおち絵なんか描かれへん。  絵の男は(かざ)()のないシャツに、ズボンをはいていた。でも裸足(はだし)や。  (くつ)が思いつかなくて。というか、正直に言え俺。足の指を描きたかったからや。  すみません、ほんまに、煩悩(ぼんのう)(かたまり)で。絵では(うそ)がつかれへんねん。 「この服ちょっと、(よう)ちゃんみたいやない?」  (とおる)はまず、そのことを指摘(してき)した。俺はぐっと来た。

ともだちにシェアしよう!