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21-14 アキヒコ
そうかもしれへん。気付いてへんかったけど。なんとなく神楽 さんエッセンスが入っているかもしれへん。
「それに髪 の毛、不死鳥 系 やない?」
容赦 ない批評 に、俺は内心ぐふってなってた。
でも頑張 って無表情でいた。
だってもう瑞希 も居 るしな、恥 ずかしいやろ、ええ格好 しいひんかったら。
「そうやろか……」
俺は明らかなボディーブローを受けた声で、絵を見る亨 に呻 いた。
「アキちゃんの萌 え萌 えNOW みたいな、破廉恥 な絵やな……」
ひどすぎる評価や。
でも亨 のレビューは的確 すぎた。俺はなんかショックすぎて腰 が痛いような気までした。寝ようかな、俺。なんか逃げたいわ。
絵をもう、返してくれって、俺は手を出したが、亨 は容赦 なくそれを、水煙 と瑞希 に見せてやっていた。
亨 から手渡されたそれを、水煙 は不思議そうに見た。
水煙 は日頃、絵にはぜんぜん興味 がないようで、俺が描く絵を見ても、上手 いなあと言いはするけど、ふうん、みたいな軽いリアクションやった。
こいつは人間やないしな、地球産ですらないし、感性 違うんかもしれへん。アートなんか興味 ないのや。きっとそうや。俺の絵があかんからやない。俺はいつも、そう言い聞かせて自分を慰 めてきた。
水煙 が感動するような絵なんて、俺は描かれへんて、卑屈 にそう決め込んでいた。そやから進んで水煙 に、描いた絵を見せようとしたことはない。
じっと小首 を傾 げて絵を見る水煙 に、その時も俺は、じりじり焦 ってた。恥 ずかしいのもあって、早う返してもらいたかった。
「それ、お前やで、水煙 」
街で朝飯のついでに買 うてたマカロン食いつつ、亨 が教えた。
なんでそんなこと言うんや、アホ! お前にもその件については、まだ言うてへんやないか。
なんで分かるんや、そんな穿 ったことまで。見えてんのか、俺の心の煩悩 が!
俺は驚 きと、極端 な気まずさと、そしてええ格好 したい都合 とで、ただ固まっていた。
水煙 は亨 に言われ、今度は反対のほうへ、ゆっくりと小首 をかしげて、じいっと絵を見た。
「なんでこれが、俺なんや。ちっとも似 てへん」
やっぱり水煙 には、アートが分からへんのや。賢 くて物知りやのに、人間やったら分かることが、こいつには分からへん場合がよくある。
そこがまた初心 でええんやけどって、そんなモノローグを俺にさせるな。
「似てへんか。似てるような気がするけどな。アキちゃんは、これを、お前やと思うて描いてると思うで?」
ほんまにもう、しゃあないわって、クサクサしたような言い方で言い、亨 はがつがつマカロン食うてた。
なんで一人で食うんやお前は。人にもすすめろ。食わせたくないやつと、食わへんような奴 しかおらんのやろけど、俺はどっちや。食わせたくないほうなんとちゃうか、今は。
「……そうなんか、アキちゃん。これは俺を描いてくれたんか?」
水煙 はちょっと白っぽい顔で、俺にそう訊 いた。
ジュニアやろ、水煙 。ジュニア。今はジュニアでええから、そんな顔すんな。
バレたらどうするんや、それがお前の赤い顔やってことが。
亨 に殺される。もしかしたら今回は犬も参戦してくるかもしれへん。瑞希 にも殺されて当然の傾向 が出てきた。
「そうや、そうや。愛 しの水煙 様や。こんなんに変転 してやり。水かけたろか。塩いるか。バンケットいって塩もろてきたろか」
マカロン噛 みながら、亨 は勝手に答え、棒読 みみたいに訊 いた。なんで塩がいるんやって、俺には意味わからへんかったけど、それは亨 の冗談やった。
水煙 はそれを、全く聞いてへんかった。ますます白い顔をして、絵を抱きしめていた。
「ありがとう。嬉 しいわ。アキちゃんに絵に描いてもろたの、俺は初めてや」
誰のこと言うてんのや、そのアキちゃんは。絶対に、おとんと俺が混ざってる。
ちゃんと区別してくれてんのか、水煙 。俺はそれに切 なくなってきて、苦い顔になった。
俺が絵に描いたっていう、水煙 がなんでそれを、そんなに喜んだのかは、湊川 の話を思い出せば分かる。
うちのおとんは、惚 れた相手を絵に描く癖 があった。俺にもある。水煙 はそれを知ってたんやろう。
描いてほしかったんやったら、言えばええのに。そんなん、描いてええんやったら、なんぼでも描いたのに。太刀 の時でも、青い時でも、それ以外でも。
描いたら嫌 かな、って、勝手に遠慮 してたんや。だって水煙 は、ありがたい神さんやから。
「こんな姿に、なれたらええのに」
めちゃめちゃ素直 に、水煙 は俺が萌 えすぎる感想をくれた。
もじもじ絵を見る水煙 を、その隣 に座る瑞希 が、ぽかんと見ていた。
すまん。許してくれ。お前がおらん、ちょっと間に、俺はもう前の俺とは別人みたいになってる。激 しく自分を解放しまくり。
お前は男やないかって言うて、ずっとお前の気持ちを無視 してた、そんな俺しか知らんのに、大丈夫か瑞希 。お前ちょっと、早まったんとちゃうか。
あともうしばらく、黙 って俺を泳がせておいたら、なんもしいひんでもエサに食いつくようになってたかもしれへんで。
お前もあんな疫神 にさえ、憑 かれたりしいひんかったら、今も平和に大学で、学生やってたかもしれへんのに。
何もかも俺のせいや。
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