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21-15 アキヒコ
「先輩 ……この人、男やで?」
激 しく迷 った気配 のあと、瑞希 は小声で俺に訊 いた。
もしかして、気付いてへんのやったら、こっそり教えといてやらなあかんて、そんな気遣 いさえ感じるような言い方やった。
「そ、そうやろか……」
俺はずっと、真正面 には訊 いたことがない問題について、水煙 の目の前で質問されてた。勝呂 瑞希 に。
なんやろ、なんか、すごく横 っ腹 が痛い。病気かな。また疫病 ?
「もう男なぐらい何でもないんや。こいつ宇宙人なんやから! 愛があれば種族も越 える、アキちゃんはそういう無茶な男なんや」
ホテルの部屋にある水 のキャップをねじ切りつつ、亨 は俺の首をねじ切りたいみたいな憎い口調で瑞希 に教えてた。
瑞希 はそれを、ぽかんと遠い目で見てた。
水をごくごく飲んでから、亨 はまだ袋 に残っていたマカロンを、どうしてくれようかなみたいな顔で睨 んだ。
甘かったんやろ。さすがに。
全部ドカ食いしたいが甘い。なんか塩辛 いもんでもないか、みたいな顔や。
無理して全部食うことないやんか。そんなに腹立ってんのか。
ごめん。俺が悪い。でももう、どうしようもない。
水煙 のことも、瑞希 のことも、今さらどうしようもない。
だって、出て行けっていうんか。それとも俺がお前とふたりで、出て行くんか。どうしたらええんや俺は。
瑞希 は困ったような、悲しいみたいな顔をして、怖 ず怖 ずと俺を見た。
水煙 のこと、俺がそういうふうに思うてるとは、想像してへんかったんやろ。ただの仲間か式神 と思うてた。
水煙 が俺を好きなのに気がついてたとしても、俺が水煙 を好きやとは、思ってなかったんやろな。
まあ、普通そうやわな。俺はそんなキャラの男やなかったよな。ちょっと前までな。
変わるもんやわ、人間て。たったの一ヶ月やそこらで。あるいは、三万年やそこらで。
瑞希 はずいぶん長いこと、俺と会ってなかったという顔をした。それは、つらそうな顔で、しょんぼりした犬みたいやった。実際、しょんぼりしてたんやろ。
そのまま何も言わんと、また鉛筆削 ってる瑞希 に、追い打ちでもかけたいんか、亨 は水のボトルを舐 めながら、ぶつぶつ言った。
「アホやなあ、犬。俺はお前が可哀想 やわ。今となってはアキちゃんは、顔さえ好きなら皆 好きみたいな、むしろ男のほうがええみたいな、そんな男になってもうたんや。俺と水煙 だけやないで。不死鳥 とかな、破戒 神父とかもおるねん。ここのホテルの支配人 にすら萌 え萌 えしとんねん。俺が前に付き合うてたオッサンなんやで? それが俺の血を吸うて、今や吸血鬼 やねん。そんなんでもええんや。なんでもありやで、今のアキちゃんは。確かにお前にも、チャンスあるかもしれへんわ。戻 ってきたんや、元気出せ」
はあ、ってため息ついて、亨 は自分のほうがよっぽど元気ないみたいやった。
「湿 っぽい顔すんな。ウザい」
湿 っぽい顔して瑞希 を罵 り、亨 は自分の顔をごしごしした。
まさか泣きそうなんやないよな。亨 は涙もろいねん。
それでも泣くのを我慢 してるところなんか、見たことあれへん。
たぶん、そんなん見られたくないんやろ。瑞希 には。
なんでか知らん、もはや三万十八歳くらいになってるはずの瑞希 は、今でも弟みたいやった。年下に見えた。
体もどことなく華奢 やし、亨 よりも少し背もちっさい。
亨 は見た目の歳 が気になる質 らしくて、どう見ても年下みたいな瑞希 の前で、めそめそ泣きたくないという意地 があるらしい。
「どうやったら変転 すんのかな、水煙 」
突然、わざとらしすぎる切り替え方で話題を変えて、亨 はまだ絵を見てる、一人の世界の水煙 に向かって言うた。でもそれは、どうも俺に訊 いているようやった。
「どう、って……わからへん。お前はどうやって変転 してんのや」
気まずく俺は、その無理矢理 、話題を変えるための話題に答えた。
「イメージや。俺はこんな姿 やねんて、強く思い描 いて、それを信じればええねん」
まだ、むすっと暗い顔をしたまま、亨 は俺の隣 で、自分の髪 をいじっていた。
「そんなヒーローごっこみたいなので変転 できんのか?」
俺は動揺 して訊 いた。
そんなんで変転 するんやったら、誰しも小学校低学年までに、仮面ライダーとかプロ野球選手とかになれてる。
「知らんけど、俺はそれで変転 できてる。瑞希 ちゃんはどうや。お前は今でも犬になれんのか?」
鉛筆削 ってた瑞希 は、まさか亨 に話を振 られるとは思ってなかったらしい。びっくりしていた。
少しぽかんとしてから、瑞希 は答えた。
「なれる」
「どうやってなるんや」
「……俺は犬やと思って」
畳 みかけるような亨 の質問に、目を瞬 きながら、瑞希 は答えた。
そんなアホなと俺は思ったけど、とりあえずツッコミ入れるのはやめた。
俺は実は、瑞希 とどうやって話せばええか、未 だにわからへん。
学生やってた時のこいつと話すのも、よくドギマギしてたけど、今でもちょっとそれを引っ張っている。
「ほら見ろ。同じやないか。水煙 も、思えばええねん。俺は実はこんな姿なんや、こうなりたい、こうなりたいって」
「そんなもんか」
変転 のコツが、いまいち飲み込めてないという顔で、水煙 は悩 んでた。
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