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21-16 アキヒコ

 変やなあ、俺が命令したら、あっというまに太刀(たち)になるし、人型から太刀(たち)に戻るのには、何の苦労もしてへんようやのに。 「なりたないんやったら、別にええで。完全無穴(かんぜんむけつ)のままで()ればええよ、穴無(あなな)し宇宙人。そのほうが俺も安心やからな」  せせら笑って言う(とおる)に、水煙(すいえん)はむっとした白い顔をした。  瑞希(みずき)相当(そうとう)遠い目をした。たぶん、あまりに遠くて地球外に出てた。  なに、その話。なんでそんな話なんや。何を話してんねん、お前らは。俺のおらへんところで。 「頑張(がんば)るわ」 「おう、頑張(がんば)れ」  むっとしたまま宣言(せんげん)した水煙(すいえん)に、(とおる)は、できるわけないという顔で言うてた。  その会話を聞き、俺は複雑(ふくざつ)な気分やった。なんか、ずいぶん気安(きやす)く聞こえたからやった。  水煙(すいえん)(とおる)が、争わへんのは、ええことやねんけど。俺はそのほうが助かる。いつもギスギスやりあってばかりじゃ、毎日つらいしな。  だけど何や、仲良さそうやと、(みょう)()けた。何にかは自分でも分からへん。  水煙(すいえん)(とおる)は、俺に(かく)れて共謀(きょうぼう)している。こそこそ話している。  瑞希(みずき)()(にえ)に差しだそうという話も、こいつらは勝手に相談をして、勝手に決めていた。俺は蚊帳(かや)(そと)。  その話を、俺はまだ瑞希(みずき)には話していない。話せるわけない。  どうしようかと、俺は心の片隅(かたすみ)で、それについて考えてた。そんなことするつもりが無い自分を、どうしようかと(なや)みながら。  俺がもう一度こいつを、殺せるわけがない。一度だけでも、すごくつらかった。(ゆる)してくれって、ずっと悶絶(もんぜつ)していた。  勝呂(すぐろ)瑞希(みずき)はもう死んだ。二度ともう、こいつに会うことはないって、それを思うと悲しかったんや。  それがまた、こうして目の前にいて、俺はたぶん、(うれ)しいんやと思う。  生きてて良かったっていうには、普通でない状態かもしれへんけど、とにかく()てる。動いて(しゃべ)ってる。  幽霊(ゆうれい)みたいなもんかもしれへん。前に天使(てんし)やったときには、俺はこいつに(さわ)れたけども、今はどうか分からへん。  (さわ)れなければいいと思う。そのほうが、無難(ぶなん)やから。  お前が元気で、また楽しいこともあって、好きな映画も見られて、ちょっとは幸せになれたらええなあって、俺はそれで満足してる。  だからそれに、もう一度死ねなんて言われへん。俺の口からは。  俺は恐れて、(まど)う目やった。その目で水煙(すいえん)を見た。  それに絵を抱いた水煙(すいえん)は、つるりと黒い目を細め、白い歯のある薄青い(くちびる)で、にこりと笑った。  いや、にやりと笑ったんかもしれへん。おかんのようや。どっちなんか、よう分からへん。 「大丈夫(だいじょうぶ)や、アキちゃん。心配せんでええ。俺が話す」  なんも言うてへんのに、水煙(すいえん)はそう、俺を(なだ)めた。可愛(かわい)可愛(かわい)いて、抱っこして()でるような声やった。  俺はそれに、(あま)えてええんやろうか。小さい子が、おかんにべったり(あま)えるみたいに。水煙(すいえん)の言うなりになって、言いにくいことは全部、こいつ(まか)せでやっていくんか。 「いや、ええんや。俺が自分で話す」  言いにくい。逃げたいせいか、眠いような気のする目元を(こす)って、俺は水煙(すいえん)(こば)んだ。  それに水煙(すいえん)は、微笑(ほほえ)んだような顔のまま、ただ(だま)っているだけやった。 「なんの話やねん。内緒話(ないしょばなし)はやめてくれへんか。チームワーク(みだ)れるわ」  ぶうぶう口尖(くちとが)らせて、(とおる)が文句を言うていた。  何も話してへん。水煙(すいえん)が俺の心を読めるだけや。  まるで、昔話の妖怪(ようかい)みたい。なんでも(さと)る神さん相手に、どうやって内緒話(ないしょばなし)をやめるんや。  好きや好きやも、口に出して言わんでも、思うただけで筒抜(つつぬ)けや。  俺はもっと精神修養(せいしんしゅうよう)でもして、無心(むしん)にならなあかん。水煙(すいえん)の前では。 「話すけど、今やないとあかんか」  俺は(しぶ)り、水煙(すいえん)はまた、にやりとした。 「早いほうがええわ、アキちゃん。引っ張ったところで、(らく)にはならへんのやから。ええ夢見たあとの地獄(じごく)はつらい」  横に座る大人しい犬を見て、水煙(すいえん)(あわ)く、にこやかなままやった。  可哀想(かわいそう)やと、思わへんのかな。水煙(すいえん)は。こいつには、心がないんか。  無いわけやないやろ、俺が好きやって言うんやから。人並(ひとな)みの心はあるんやろ。  ほな、たぶん、人並(ひとな)みの心というのにも、鬼は()るんや。 「瑞希(みずき)」  俺が声をかけると、ぴくりと(はじ)かれたように(ふる)えて、瑞希(みずき)は俺を見た。  じっと見つめる真顔(まがお)やった。前となんも変わらんような、可愛(かわい)げのある顔や。 「あのな、お前は何をどこまで知ってんのや。(なまず)のことも知ってるんやろ。予言(よげん)を運んできたくらいなんやから」  俺が死ぬという、予言(よげん)までしたんやで。そやから(りゅう)のことも、知ってたんんやないか。  俺はそう思ってた。そやのに瑞希(みずき)は、めちゃめちゃ意外(いがい)なことを言うた。 「(なまず)って、魚の(なまず)ですか? 白身(しろみ)の。ヒゲがある?」  ヒゲがあるかどうかなんて、俺は知らん。白身(しろみ)かどうかなんて知らん。魚かどうかなんて、知らんで。  そう言うたら、(なまず)はどんな姿(すがた)の神なんや。ほんまにナマズみたいな格好(かっこう)なんか。  間抜(まぬ)けや、そんなもんに殺されるなんて。 「知らんのか、お前。死の舞踏(ぶとう)が現れるって、俺に予言(よげん)したくせに」 「何やったんですか、あれは」  けろっと真顔(まがお)()瑞希(みずき)に、今度は俺があんぐりする(ばん)やった。

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