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21-17 アキヒコ
知らんかったんか、お前。実はなんにも知らんと、言われたことを伝言 しにきてただけ?
「何やったんですか、って、まだ過去形やない。お前が持ってきた予言 は、まだどれも成就 していない」
水煙 がやんわりと、瑞希 に教えた。
死の舞踏 のほうも、まだなんか。俺はもう成就 したんやと思うてた。教会や船に現れた骨がそうなのかと思ってた。
「神 の戸 の岩戸 って、どこのことや。お前がそれを知ってたら、鯰 を出迎 えられるんやけどなあ」
神 の戸 の、岩戸 に、死の舞踏 が現れると、天使だった瑞希 は予言 を伝えてきた。
そういえば、岩戸 って、なに。
神 の戸 って、神戸 のことやろ。神戸 の岩戸 って、どこのことや。そういう地名があんのか。
「知りません」
困 ったような顔をして、瑞希 は俺と水煙 を、交互 にちらちら眺 めた。
知らんて。知らんのか。
「何も知らんと予言 だけ伝えてたんか」
「そうです。そしたら先輩 に会えるっていうから」
俺はちょっと、くらっと来た。
お前、けっこう、直情的 なんやな。もうちょっと、賢 いんかと思うてた。
幻想 やったんか、俺の。実はお前も、ちょっとアホか、瑞希 。
「必死すぎやで、犬」
呆 れたんか、亨 はものすご馬鹿にしたような声で、瑞希 にそう言うた。
「まあ、そう言うな、亨 。お前もそれにかけては他人をとやかく言えんようなアホや」
さらりと水煙 は罵 っていた。涼 しい顔で。
亨 はそれが何か痛かったんか、くっと呻 いて眉間 を押さえていた。
「アホや言うてる。俺のこと、アホや言うてますよ、この青い人。お前も大概 アホや言うねん。アキちゃん好きすぎるチーム全員アホやから」
何言うてんのやろ、水地 亨 。俺、理解したくないわ。
お前がアホでも、もう、しょうがない。それでも愛してるからええわ。
そやけど水煙 や瑞希 には、俺はまだ幻想 あんのに。アホ呼ばわりせんといてくれへんか。特に水煙 。
「なんとも思わへんかったんか、犬。アキちゃんが、水底 で死ぬなんていう予言 を運んできながら、お前はなんも感じへんかったんか」
黒い目でじっと瑞希 を見つめて、水煙 は興味深そうに訊 いた。
瑞希 はじっと、それを見つめ返していた。なんとなく、恐れてるように。
「感じた。先輩 、死ぬんやろかって、心配はしてた」
「その程度 か。アホやな、お前も。今となっては蛇 の方がマシや」
水煙 にかかれば、誰でもこんなもん。めちゃめちゃ冷たかった。
あっさり言われて、瑞希 はちょっと、ぐっと来たようやった。
でも、水煙 が自分から目を逸 らすのを、驚 いたような顔で、ただ見送っただけやった。
「役に立たん犬や。どうせ戻 るんやったら、天界 からなんか、耳寄 りな話のふたつみっつ、盗 んできたらええのに」
「すみません」
にこやかなような無表情で、水煙 は軽 やかに話し、瑞希 はそれに大人しく謝 っていた。
俺はそれを眺 め、可哀想 になった。もちろん、犬がやで。
「水煙 ……」
俺は慌 てて、水煙 様にお縋 りしていた。
「何や、アキちゃん」
めっちゃ優しく、水煙 は俺に答えた。確かにちょっと、水煙 はえげつない。
「瑞希 にも、優 しくしてやってくれ。やっと戻ってきたとこやねん。いじめる必要ないやろ……?」
そんな必要、あるんかもしれへん。だって水煙 は俺の事が好きで、瑞希 は恋敵 と言えなくもない。
そやけど亨 と仲良うできるんやったら、瑞希 とも仲良うできるやろ。同じやろ。何が違うんや。
「そうか。ほんなら、優 しゅうするわ。こいつには役に立ってもらわなあかんのやからなあ」
にっこり答える水煙 が、俺はやっぱり怖かった。
優 しい神ではない。厳 しい、恐ろしい、血筋 の守り神や。
俺はそれを知ってたつもりやったけど、この時それを深く実感した。
水煙 も、俺のおかんみたいや。
いや、おかんが水煙 に、似てんのかもしれへん。
水煙 はうちの血筋 に憑 いている神や。秋津 のご神刀 。
家のためなら、犬でも殺すし、俺のためなら、何でもする。
それは俺が可愛いジュニアで、秋津 の直系 の血を引く、跡取 りやからや。
そうでなければ、俺はただの餓鬼 。きっとそうなんやろ、水煙 にとっては。
まさか、おかんにとっても、そうやったやろか。
血筋 にふさわしい力がなければ、おかんの籍 には入れへんと、俺に秋津 暁彦 ではなく、本間 暁彦 という名を与えた。
仮の名や。でもそれが、俺の一生の名前になるかもしれへん。
もし俺が、本間 暁彦 のまま死ねば、それが俺の、本当の名になる。
「優 しゅう言うても、おんなじやけどな、犬。お前には、死んでもらうことになってる。鯰 というのは、地震を起こす神や。そいつが目覚めると、アキちゃんは式神 を、生 け贄 として捧 げなあかん。秋津 の当主 としての、名誉 がかかっている。もちろん人命 もかかっている。上手 く鯰 を宥 めへんかったら、神戸 はもとより、三都一円 に甚大 な被害 が出ることもありうる。それを最小限に食い止められるかどうかに、秋津家 の面子 がかかってんのや」
水煙 は俺が頼 んだとおり、優 しい声で話してた。
でも、確かに、同じや。優 しく言おうが、冷たく言おうが、言うてることは酷 い。
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