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21-18 アキヒコ

 やっぱり俺が、話すべきやった。  でもそれを、水煙(すいえん)がすでに話しているところで、思っても無駄(むだ)や。卑怯(ひきょう)自己弁護(じこべんご)やわ。  後悔(こうかい)したかて、自分で話さへんかった事にはなんも変わりはないからな。 「だからって……なんで俺なんや」  瑞希(みずき)は話を理解したんか、呆然(ぼうぜん)とした、引きつるような(かた)い顔やった。  俺はもう、話しはええやんかと、止めたくなった。その先の話を、瑞希(みずき)に聞かせたくなくて。 「なんで、って。お前しかおらん。うちには式神(しきがみ)が、俺とお前しかおらんのや。俺は太刀(たち)(せい)やし、(てつ)やからな。(なまず)は俺を食わへん。肉気(にくけ)のもんでないとあかんのや」 「(へび)がおるやろ」  (とおる)からも俺からも、目を(そむ)けるように、瑞希(みずき)水煙(すいえん)を食い入る目で見てた。  (とおる)はそれを、まるで映画でも見るように、じいっと無表情に(なが)めていたわ。 「(とおる)はもう、アキちゃんの式神(しきがみ)やないんや。たとえそうでも、(にえ)には出されへん。お前にはつらいやろうけど、アキちゃんは(とおる)()れてんのや。(とおる)が死んだら、生きていかれへん。アキちゃん死んだら、お前もつらいやろ?」  簡単明瞭(かんたんめいりょう)三段論法(さんだんろんぽう)や。すでに自分は割り切っている。そういう(さば)けた顔で、水煙(すいえん)は犬に教えてやっていた。  (たし)かにちょっと哀愁(あいしゅう)はあったけど、水煙(すいえん)はもう、(あきら)めているらしい。(とおる)に負けたと、道を(ゆず)ってる。  (とおる)はそれをじっと、真剣(しんけん)な目で見つめていた。  まるで水煙(すいえん)がいつ()くか、自分に(おそ)いかかる太刀(たち)()けるか、警戒(けいかい)しているみたいな、用心深(ようじんぶか)い目で。  だけど今、お前が警戒(けいかい)したほうがええのは、瑞希(みずき)のほうやないか。  こいつはいっぺん、疫神(えきしん)にイカレたせいとはいえ、お前を殺そうとした。ほとんど殺してた。  それをまた、もういっぺん、ここで再現するかもしれへんのやで。  そうなったら俺はきっと、また(とおる)を助けるんやろ。今度こそ体を()って助けると思う。  俺もちょっとは使うようになったんやで、瑞希(みずき)自重(じちょう)してくれ。俺がお前を、傷つけへんように。 「つらい……でも、俺はもう、死ぬのは(こわ)くないです。先輩が死ねっていうなら、何遍(なんべん)でも死ぬ。でももう、(はな)れてるのはつらいんや。死んだら先輩(せんぱい)と一緒に()られへん。やっと戻ってきたのに……また戻れるかどうか、わからへんのやもん」  瑞希(みずき)(なげ)く口調で、水煙(すいえん)に話していた。  キレて(おそ)いかかってくる(やつ)のようには、見えへんかった。 「そうやな。(たましい)強靭(きょうじん)であれば、肉体や命を失っても、また()(もど)ることもあるやろ。まあ、簡単ではないけど。普通は無理やけどな。いっぺんやれたんや。また、普通やない力を()(しぼ)れ。また奇蹟(きせき)が起きるかもしれへん」 「簡単に言うよなあ、お前は。他人事(たにんごと)やと思うて……ほんなら誰が死のうがええやんか。アキちゃん死んだかて、奇蹟(きせき)が起きて、戻れるかもしれへんのやし、ええやんか」  水煙(すいえん)()()なさに、(とおる)(あき)れたんやろうか。まるで(なさ)(ぶか)いようなイヤミを、水煙(すいえん)に言うてた。  水煙(すいえん)はそれに、くすくすと笑い声をあげ、苦笑したような顔をしていた。 「何を言うてんのや、アホ。戻ってこられへんかったらどないすんねん。普通は戻られへんのや。この子のおとんかて、俺がおったから何とか戻れたんや。ただの人間や犬畜生(いぬちくしょう)が、そう簡単に冥界(めいかい)の神から(のが)れられるもんか。死んだらそれで最後なんや」 「死んだら冥界(めいかい)へ行くんか」  (とおる)(おそ)ろしそうに、水煙(すいえん)(たず)ねた。 「そうや。そして冥界(めいかい)を支配する神々に(かこ)われるんや。死後に行く位相(いそう)やな。(なまず)のように、(いのち)を食らう神もおるけど、(たましい)のほうを食う神もおる。肉体を食う(おに)もおる。人間というのは、美味(うま)いもんなんや」 「お前はなんでも食うけどな……肉も命も、(たましい)も」  (とおる)はうつむき、訳知(わけし)(がお)でぽつりと言うた。  それに笑った水煙(すいえん)の顔が、俺はほんまに怖かった。  にやりという笑みやった。小さく(なら)んだ行儀(ぎょうぎ)のええ歯が、ずらりと白く(あざ)やかに見え、水煙(すいえん)は白い(した)で、(かわ)いたらしい自分の(くちびる)()めた。  それがあたかも、()えて(した)なめずりする鬼のようやった。  美しいけど、禍々(まがまが)しい、そういう神や、水煙(すいえん)様は。 「アキちゃんは死なせへん。そんなん論外(ろんがい)や。まだ跡取(あとと)りもおらへんのやし」  けろっと言われた水煙(すいえん)の話に、俺は瞬間、愕然(がくぜん)としてた。  やっぱりそうなんや。水煙(すいえん)にとって俺は、過去にいっぱい()った秋津(あきつ)当主(とうしゅ)のうちの一人で、最初でもなけりゃ、最後でもない。途中(とちゅう)の一人や。  そんな子おったなあ、って、いつか忘れてまうような、そんな子のひとりやねん。  次の子ができて、そいつが役に立つようになれば、水煙(すいえん)はそいつのほうが好きになる。  おとんより俺が好きなように、こいつは俺の息子に()れるんや。  無茶苦茶(むちゃくちゃ)な話や。そんなんアリか。  もしも俺が普通の体で、普通に年老いて死ぬ身やったら、いずれそんな日は来た。水煙(すいえん)が、俺でなく、よりにもよって俺の血を引く息子に恋をする。そして、お前はもう過去やって、俺を()てていくんや。  そういうもんなんやろ。神と(げき)との関係なんて。

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