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21-20 アキヒコ
俺はそのことに気がついて、緊張 していた。
こいつは:嫉妬(しっと)深 い犬や。
人に惚 れればそれで普通かもしれへんけど、一月ばかり前に瑞希 は、俺にべたべたするからというだけの理由で、女の子をひとり殺した。それは疫病 による狂気 のせいか。それともこいつは、そういう性格なんか。
「あのなあ瑞希 ちゃん、ほんまに死ぬの怖くないんやったら、死んでやってくれへんか。アキちゃんのために。それで助かるんや。男になれる。お前に一生感謝すると思うわ。一生って、アキちゃんの場合、永遠にやで。それだけやったら、足りへんか?」
ごろりと寝たまま、亨 は天井を見上げて、瑞希 を口説 いた。
面 と向かっては、言いにくいんか。そう思う俺は、亨 を美化 しすぎか。
俺にはこいつは、優 しいように思えるんやけど、惚 れてもうた脳みそで考える、蕩 けたみたいな惚気 やろうか。
「……いつやねん、それは」
瑞希 は悩 んだような、苦しそうな声で訊 ねた。
「明明後日 や」
亨 の返事を聞いて、瑞希 はやっと、俺を見た。
じっと思い詰めたような、縋 り付くような、助けを求めてる目で俺を眺 め、その視線はちらちらと、惑 うように揺 れた。
「あと、二日?」
「今日入れたら三日やんか」
それで何かマシになるんか。俺にはそう思えることを、亨 は、良かったなぁ一日増えて、みたいに言うてやってた。
「もう昼過ぎてるで……」
耐 えてるように、自分の膝 を掴 んで教える瑞希 の声に、亨 はやっと気付いたみたいに、俺の手をとって腕時計 を見た。
亨 は時計はしいひんらしい。興味 ないんやって。時間を知る必要があれば、携帯 もあるし。それに俺の腕時計 もある。そやから、いつも俺と一緒に居 れば、自分の腕 に時計がなくても、別に困 らへんやろ。
「ほんまや、飯時 やんか。アキちゃん、腹へったやろ。パスタ食いに行く約束 やったやんか。行こか」
がばっと起きて、亨 はソファの上で四 つん這 いになって、俺に顔を近づけた。
近いねんて。もうちょっとで、ほっぺたにキスしそうやろ。
それを気にするのは久しぶりや。まるで夏に大学で、祇園祭 のCG作ってた頃 みたい。
「肝心 な話やのに。しゃあない。行っておいで」
ぷんぷんしたふうに、水煙 はそっぽを向いて、俺と亨 を送り出すような構 えやった。ふたりで行けと、水煙 は言うてんのやろ。最近ずっと、そんなふうに気を遣 うてたようやったから。
「何言うてんの。お前も来たほうがええで。ワンワンと二人で部屋に残って、何されるかわからんやないか。この際、チーム秋津 はグループ交際 やから」
素足 でぺたぺたクロゼットに靴 を取りにいき、亨 は水煙 を心配してるような口ぶりやった。
確かにそうやな。瑞希 を信用していいか、俺にはまだ分からへん。虎 に水煙 を預 けたくないって、それを渋 った時のようには、警戒 してへんかったけど、言われてみれば確かにそうや。
こいつはほんまに、信用してええ奴 なんか。
「ティラミス食え。アイス食えたんやから。ティラミス食うとけ。まじで美味 いから」
わざわざ指差 して、水煙 に話しかけ、亨 は部屋の電話の受話器 を耳に当てていた。どこに電話するつもりなんや。
相手はすぐに出たようで、ホテルのルームサービスの人らしい声がした。
「車椅子 、貸してください。ホテルの備品 であるやろ?」
電話の相手に話す亨 は、勝手知 ったるもんやった。あって当然と思うてるらしい。
まあ。知ってんのかもな。勝手 を。
こいつは俺と住む前は、ホテルに住んでいたらしい。俺と出会った東山 のホテルや。
最上階のインペリアル・スイート。中西 さんが、まだ藤堂 さんやった頃 に作った部屋にやで。
ここは、その同じ人が、支配人をやってるホテルなんやしな、まるで自分の家みたいでも、まあ、しゃあない。
俺はもう、それにいちいちムカッとできるような、ご立派 な立場やないわ。そやのに、正直しょんぼり。
亨 には言わんといてくれ。格好 悪いから。
果 たして備品 の車椅子 は、部屋の外でスタンバイして待ってたんちゃうかと思うほどの迅速 さで、俺らの部屋に届 けられた。マシーンかみたいな、完璧 な接客 のホテルマンによって。
「水煙 、押してやるから乗っていき。そういつまでも、アキちゃんのお姫様 抱 っこをせしめさせへん」
ホテルマンの置いていった車椅子 を、水煙 の座るソファの隣 に横付けし、亨 は、さあ乗れと迫 るように言った。
車椅子 のハンドル握 って自分を見下ろす亨 を、水煙 は少々たじろいで見上げていた。
「ケチやな、亨 」
「そらケチにもなるわ。チームメンバー増える一方で、俺のとり分は減 る一方やねんから。そうそう、いつまでも、お前だけに、ええ思いはさせへんで」
真面目 に言って、亨 はじっと、水煙 の足を見た。ひょろっとしていて、華奢 やねんけど、その足で立たれへんほど萎 え萎 えやというほどの、アンバランスな貧弱 さではない。
美脚 やで。ちょっと、リカちゃん人形系やけど。
「お前、ほんまに立たれへんのか」
亨 に訊 かれて、水煙 は難 しい顔で、一応、真面目 に考えているようやった。
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