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21-22 アキヒコ
「ええやん別に。そいつが寒いわけない。いつも裸 やねんから。さっさと行こうよ、アキちゃん」
ぷんぷんしてきたらしい亨 が、ガミガミ俺を急 かした。
すみません。ガミガミ言われて当然です。
「犬も行くで。ぼけっとしとらんと靴 はけよ」
ぽかんと見ていた瑞希 に、亨 はだるそうに声かけた。
ほんまは誘 いたくないけど、しゃあないから誘 うと言わんばかりの声やった。
「え……俺も行くの?」
「そらそうやろ。お前も今や家族なんやから。チーム秋津 のメンバーなんやろ。それともお前はもう飯 食われへんのか?」
天使 経験者やしな。もはや俗界 の飯 など食わんのかと、亨 はそう思ったらしい。
瑞希 はぽかんと考えて、自分の腹具合 を探 ったらしい。
「食えるとは思うけど……」
遠慮 してるらしい。それでも、腹減 ったみたいな顔で、瑞希 はしょんぼりしていた。
亨 はそれに知らん顔して、とっとと水煙 の車椅子 を押していった。
「先行ってるからな、アキちゃん。ぐずぐずしてへんと来るんやで!」
とっとと出ていく亨 は、たぶん俺に気を遣 っている。あいつはそういう、変なとこある。
瑞希 と俺を、ふたりっきりにして、サシで話をさせてやろうという事やったんやろ。
なんであいつがそんな気を遣 うんか、俺にはよう分からん。あと二日三日で生 け贄 になる犬が、可哀想 やとでも思ってたんか。
たぶん、そんなところなんやろうけど、そんなこと思えるあいつが、長らく悪魔 として狩 られていたというのは、納得 のいかん話や。
人間ていうのは、勝手な思いこみで神を悪魔とすり替 えて、殺したりする。そういう、愚 かな生き物なんやろな。
「ジェットコースターしよか、水煙 。超特急 でいこか」
そんな話をしている亨 の声が廊下 に消えて、やめてくれと血相 変えてるらしい水煙 の悲鳴がしたが、俺はそれをすぐには追いかけられへんかった。
瑞希 がまだしょんぼりと、ソファに座ったままやったからや。
「どしたんや。行こか。腹減 ってんのやろ?」
肩 を落として絵を見てる、瑞希 の痩 せた顔に、俺は気まずく声をかけた。
痩 せたなあと思って。やつれたというか、最後に見た時よりも、なんか、へこたれている。
堕天使 なるのって、どれくらいしんどいもんなんか。全く見当 もつかへんわ。
「腹減 ってるような気はするんですけど、でも、たぶん、飯食 うても治りません」
「具合 悪いんか?」
俺は何の気なしに、それを訊 いた。身内やしな、なんでもないような質問や。
具合 悪そうやったら心配するし、どないしたんやって訊 くぐらい、普通やろ。
でも、それは俺と瑞希 にとっては、普通やなかった。それを訊 くのに三万年かかった。
俺がもっと早くに、それを瑞希 に訊 いてやってれば、そもそも起きひんかった問題や。死なんで済んだ人らがいてる。
瑞希 はちょっと切 なそうに俺を見た。
「具合 、悪くはないです。疲れただけです。休めば治ると思う……」
じっと俺を見て、瑞希 は顔をしかめた。何かつらくて、我慢 できひんというような顔をして、すぐに目を逸 らしてた。
「ゆっくり休めば、治ると思います。でも、ほんまの話なんですか。さっきの」
暗い声で話す、その話口調 には、耳に覚 えがあって、俺は身構 えた。
何度かこいつに聞かされた。爆発寸前みたいな、押し殺した声や。
悲痛に俺をかき口説 く時の、いつもの、心細 そうな犬の声。
「あと三日しかないんですか。でも、俺が死んだら、先輩 の役に立つんですか。そうなんやったら、死んでもええねん。死んでこいって、命令してくれたら、いつでも行くわ。でも……」
ぶつりと途切 れたように、瑞希 の話は途中 で止まった。
なぜ黙 るのか、俺はどうしても気になって、いつのまにか逸 らしていた目を、俺はまた座る瑞希 に向けていた。
瑞希 はじっと、ソファの上に残されていた、水煙 の絵を見てた。
微 かに胸を喘 がせて、今まさに覚悟 を決めてるような横顔やった。
「でもな……先輩 。そしたら俺のことも、愛してくれる? 抱いてくれますか。あと二日。それでもええねん。そのために、死んでもええわって思うくらいや。いつも言うてたでしょ」
燃えるようやった。まだ天使やった時の、こいつを抱きしめた時、まるで火でできてるような、熱い体やった。
その火がまだ瑞希 の身の内や、目の奥に、残っているように思え、きっと抱いたら燃えるようなんやろうなと思えた。
俺は呆然 として、そのことを思い、なんも答えられずに、瑞希 とただ睨 み合っていた。
こいつは、どうせえ言うてんのやろ。
考えんでも分かるような、自分が求められていることが、俺にはそのとき、頭がめちゃくちゃ混乱していて、よう分からんかった。たぶん、心底 ビビってたんや。
何にって。
何にか分からん。
たぶん、自分が亨 にこう言う。悪いんやけど、今夜は瑞希 と寝るわ。お前はどこか、よそへ行け。
その時、水地 亨 がどんな顔をするか。
アホか食うてまうぞと俺に怒鳴 るか。
それとも、ああ、そうなんやと言うて、寂 しそうに去る。その背中を見るときの、自分が怖 い。
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