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三都幻妖夜話(3)神戸編 21-24 アキヒコ | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
21-24 アキヒコ
作者:
椎堂かおる
ビューワー設定
304 / 928
21-24 アキヒコ
亨
(
とおる
)
はいつも、にこにこしていて、俺はそれが好きや。お前ももっと、笑えばええのに。 でも、そんなこと、とてもやないけど命令できひん。俺がお前の
主
(
あるじ
)
やと、そういう
態度
(
たいど
)
で命じれば、たぶん、
瑞季
(
みずき
)
はにっこり笑うんやろうけど、それはお前の心とは違う。
嘘
(
うそ
)
やから。 待ってる体を抱き寄せて、俺は
瑞希
(
みずき
)
の
華奢
(
きゃしゃ
)
な
顎
(
あご
)
を
掴
(
つか
)
み、
覚悟
(
かくご
)
を決めてキスをした。 だってそれくらい、してやらなあかんのと
違
(
ちが
)
うか。こいつは俺のせいで、どんだけつらい目に
遭
(
あ
)
ってきたやろ。 それがこいつの
自業自得
(
じごうじとく
)
やとは、俺はどうしても思えへん。何もかも、俺のせいやって思ってる。
唇
(
くちびる
)
が
触
(
ふ
)
れると、
瑞希
(
みずき
)
はもう
我慢
(
がまん
)
できひんように、俺に
縋
(
すが
)
り付いてきた。 熱い
抱擁
(
ほうよう
)
やった。実体のない、
幽霊
(
ゆうれい
)
やない。やっぱり燃えるような体で、それでも
凍
(
こご
)
えているように
震
(
ふる
)
えてる。 その、がたがた
震
(
ふる
)
えてる体を強く抱きしめて、俺は
貪
(
むさぼ
)
るようなキスをしたけど、それに
応
(
こた
)
えてくる
唇
(
くちびる
)
のほうが、もっと激しかった。 あと三日や。あと三日だけやから。 俺は誰にともなく、心の中でそんな
言
(
い
)
い
訳
(
わけ
)
をして、長すぎるように思えたキスを
振
(
ふ
)
りほどいた。
唇
(
くちびる
)
が
離
(
はな
)
れると、
瑞希
(
みずき
)
はすぐに
抱擁
(
ほうよう
)
を
逃
(
のが
)
れ、顔を
覆
(
おお
)
って身を
捩
(
よじ
)
り、はあはあ
荒
(
あら
)
い息をしていた。 なんだか泣いてるみたいやった。苦しげに、
呻
(
うめ
)
いているような、小さな声が聞こえた。 「あんまりや。三日だけなんて。
先輩
(
せんぱい
)
はいつも、
無茶苦茶
(
むちゃくちゃ
)
やねん。俺はもう、ほんまにつらい。
先輩
(
せんぱい
)
になんか、
惚
(
ほ
)
れへんかったらよかった」 「逃げてもええんやで。
嫌
(
いや
)
なんやったら。俺の
式神
(
しきがみ
)
なんかやめて、どこかへ逃げろ。そしたら死なんで
済
(
す
)
むんやで」 それは無意識に言うた話やったけど、
絆
(
きずな
)
を
断
(
た
)
ち切る言葉やったかもしれへん。
瑞希
(
みずき
)
は
激
(
はげ
)
しく首を
振
(
ふ
)
り、
拒
(
こば
)
む目をして俺を見上げた。 「
嫌
(
いや
)
や! そんなこと、言わんといてください。どこへ行くんや。
先輩
(
せんぱい
)
にまた会いたくて、なんでも
耐
(
た
)
えたのに。何で今さら、よそへ行かなあかんのや。ひどいと思わへんのですか。ひどいねん、
先輩
(
せんぱい
)
は!」 そうやな。俺は
非道
(
ひどう
)
やわ。お前を二度も殺して、その後、どうやって生きていくんやろう。
亨
(
とおる
)
と
水煙
(
すいえん
)
、両手に花で、幸せに生きていくんかな。そんなハッピーエンド? そんな自分が、俺はほんまに好きやろか。そんな心で、いい絵が描けるか。 俺はほんまに、絵描きになりたかったんや。絵が好きやしな、それより他に
能
(
のう
)
があるとは思えへん。
賢
(
かしこ
)
い子やし、アキちゃんなんにでもなれるわって、おかんは俺を
自慢
(
じまん
)
に思うてくれてたようやったけど、俺が一生かけて身を
捧
(
ささ
)
げてもいいと思える道は、ふたつしかなかった。
秋津
(
あきつ
)
の家を
継
(
つ
)
ぐことと、それから絵を描くことだけや。 そのほかの道で、自分が幸せになれるわけない気がするんや。 絵が描けんようになったといって、俺の前の彼女は自殺したらしい。
聖
(
せい
)
トミ子のほうやのうて、そのガワのほう。
可愛
(
かわい
)
い
娘
(
こ
)
やったで。俺にとっては、ほとんど知らん女なんやろうけど。 絵が描けへんようになったといって、気が
滅入
(
めい
)
り、
果
(
は
)
ては死んでもうたという話を聞いて、俺は、なんて
可哀想
(
かわいそう
)
な
娘
(
こ
)
やと思った。
惨
(
みじ
)
めやわ、そんな死は。絵を描くことが自分の存在意義やと思うてる人間にとって、絵が描けんようになるのは、死ぬよりつらいやろ。 それが俺への
片想
(
かたおも
)
いに
悩
(
なや
)
んだせいやと言われても、俺にはどうしようもない。 知らへんかった。何のアプローチもなかったし。言い
寄
(
よ
)
ってきた時にはもう、あの
娘
(
こ
)
は
聖
(
せい
)
トミ子のほうやったんやからな。 でも、彼女のことを考えると、
罪悪感
(
ざいあくかん
)
を
覚
(
おぼ
)
える。俺が殺した。俺のせいで死んだ。大勢いてる、彼女もそんな人らのうちの一人や。 そんな死体を
踏
(
ふ
)
み
越
(
こ
)
えて、俺はどんな絵を描こうというんやろう。 一度ならず二度までも、
瑞希
(
みずき
)
を殺して、それでもまだ描ける絵があるんか。 俺は
卑怯
(
ひきょう
)
や。
卑怯
(
ひきょう
)
やと思う。それが
覡
(
げき
)
の普通の
姿
(
すがた
)
やと言われても、うちの先祖代々が、そうやって生きてきたと言われても、俺は自分が
卑怯
(
ひきょう
)
に思えてならへんのや。 若いから、ええ
格好
(
かっこう
)
してたんやろか。 いいや。それは俺の性格やねん。自分が行かな気がすまへん。お前行ってこいでは
納得
(
なっとく
)
いかへん。 最前線に
突撃
(
とつげき
)
や。そこで自分の
式神
(
しきがみ
)
たちと、生死をともにするんでないと、男が
廃
(
すた
)
ると思えてしょうがない。 それはな、おとんの血やで。おとんもそうやって死んだ。第二次世界大戦に
従軍
(
じゅうぐん
)
した
覡
(
げき
)
が、みんな死んだわけやないで。しっかり生きてる
奴
(
やつ
)
もおる。 立ち回りの
上手
(
うま
)
い
奴
(
やつ
)
っていうのは、いつの世も、どんな世界にも
居
(
お
)
るんや。
居
(
お
)
るやろ、そういう
奴
(
やつ
)
ら。 そういう意味では、俺のおとんはアホやった。
真面目
(
まじめ
)
で若い、
青二才
(
あおにさい
)
やった。 なんも自分が死なんでもええやんて、思う向きもあったやろ。 でも、俺はここだけの話、自分も死んでもうたおとん
大明神
(
だいみょうじん
)
を
誇
(
ほこ
)
りに思う。 おとんが何で死んだか、そういえば
具体的
(
ぐたいてき
)
には語っていなかった。
軍艦
(
ぐんかん
)
に乗ってたんや。実はその
艦
(
かん
)
は
轟沈
(
ごうちん
)
したわけではない。
激闘
(
げきとう
)
を生き抜き、終戦の
報
(
ほう
)
を太平洋上で、
無念
(
むねん
)
の
涙
(
なみだ
)
にむせび泣きつつ聞いた。 終わったんや、戦争は。負けたけど、それでも生きて帰れる人たちやった。
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椎堂かおる
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