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21-25 アキヒコ

 そこへ台風が来たらしい。猛烈(もうれつ)(あらし)やった。  戦争のあとでボコボコなってる船やしな、あっけなく(しず)みそうになったらしい。  それも普通の(あらし)ではなかったんやないか。日ノ本(ひのもと)軍艦(ぐんかん)(げき)を乗せてんのやったら、向こうも何か乗せてるわ。  こっちに式神(しきがみ)がいてるんやったら、向こうにも何かいてる。  牧師(ぼくし)が乗ってんねん、清教徒(ピューリタン)の神の尖兵(せんぺい)や。  アメリカってもともと清教徒(ピューリタン)が作った国や。宗教国やねんで。  宗派(しゅうは)はちゃうけど、イイ子やった時の(よう)ちゃん軍団(ぐんだん)みたいなもんやんか。  話の通じる相手やないわ。異教徒(いきょうと)め、言うて、ぶちかまして来はるわ。  もう戦争は終わったんや。戦う必要はないんやでと言うたところで、(おそ)ってくるもんは仕方がない。  こっちはこっちで向こうのことを、鬼畜(きちく)やしぶっ殺す言うて、特攻(とっこう)までして争ってたんや。  どっちも鬼やで。鬼になってる。  正気(しょうき)やないねん。身内もいっぱい殺されたしな、脳天(のうてん)に来てんねん。戦争終わりやでえ、はい終了、って連絡一本で、仲良しこよしのお友達には、すぐにはなられへん。  向こうが()る気で来るかぎり、戦わへんかったら、殺される。  でも、おとんにはもう、戦わせる(しき)はおらへんかった。皆もう()()りや。  水煙(すいえん)と、自分だけ。  そこで、おとんは異国(いこく)海神(わだつみ)に、援助(えんじょ)を求めることにした。自分自身を()(にえ)にして。  海神(わだつみ)は、その(ささ)げものを受け入れた。(かん)を守ってくれはったんや。  やがて(らし)は静まり、(げき)は死んだが、そのお(かげ)(かん)はなんとか無事に帰航(きこう)した。凱旋(がいせん)とはいかへんけども、命あっての物種(ものだね)や。  生きてればまた、()く花もある。お帰りなさいと泣いて喜ぶ家族や恋人もいてるんや。  おとんも生きて帰りたかったやろ。一度はこれで帰れると、ぬか喜びしたんやから。  (いと)しい登与(とよ)ちゃんの顔が、頭にちらついたやろ。  それでもおとんは、死ぬことにしたんや。なんでって。分からへん。  自分が死ねば、みんな助かるかもしれへん。()(にえ)にならへんでも、(かん)(しず)めば、どうせ死ぬんかもしれへん。  ほんなら行こかって、それだけのことやろ。  簡単に言うと、うちのおとんは、英雄(えいゆう)やったんや。(みと)めたくはないが、そういうことや。  おとんに勝とうと思ったら、俺も英雄(えいゆう)にならなあかん。普通の(げき)ではダメなんや。  勝ち負けは()きにしても、俺は結局(けっきょく)そういう性格やった。  おとんの血が()くてな。アホやねん。  どないしたら俺は格好(かっこう)ええんやろうって、そんなことばっかり気になってまう。  その観点(かんてん)から見て、俺は格好(かっこう)悪かった。ものすご格好(かっこう)悪い。  瑞希(みずき)可哀想(かわいそう)や。俺みたいな、甲斐性(かいしょう)()しのアホに()れてもうたばっかりに、さんざん(ひど)い目に()うて。千尋(せんじん)の谷に突き落とされ、()い上がってきたと思ったら、また突き落とされる。  それも、ライオンの親子やったらええで。そこに愛があれば。  でも、ただの、赤の他人やからな。通りすがりに絵見て、その絵がツボやったっていうだけの相手やからな。それで二回も殺されてたら、割に合わへんわ。 「ほんまに殺されるんやで。このまま俺のとこにいたら」  どっかへ逃げろ、俺から逃げろって、俺は瑞希(みずき)説得(せっとく)していた。  その話を、聞きたくないというふうに、瑞希(みずき)はまた首を()って(こば)んでいた。 「(いや)や。逃げへん。先輩(せんぱい)のとこに置いてください。好きやねん。ものすごく。死んでもええねん」 「それはお前が俺の式神(しきがみ)やからやで。そういうもんらしい。思い切って契約(けいやく)切ってみろ。そしたら(われ)に返れるかもしれへん」 「(いや)や。それしか(つな)がりないのに。それも俺から取り上げるんか……」  (はな)さんといてくれって、(すが)り付くみたいに、瑞希(みずき)は俺の(うで)にしがみついてきた。  その腕の、俺の左手の薬指(くすりゆび)にある白金(プラチナ)の輪っかを見て、瑞希(みずき)はぎくりとしたように、身を固くした。  悲壮(ひそう)な顔して、指輪を(にら)瑞希(みずき)を、俺はもう、どないしたらええねんて(もだ)えたいような気分で見つめた。  結婚指輪って、うまいことできてる。服着てようが仕事してようが、指輪やったら見えるしな、この人既婚(きこん)です、相方(あいかた)いてますって、言われへんでも分かるようになっている。 「先輩(せんぱい)、なんでこんなんしてんの。指輪嫌いなんやろ」  ぎゅうっと腕を(から)めてきて、瑞希(みずき)は俺の左腕を引きちぎりそうやった。  力強い。お前、力強すぎる。痛い痛い。でもそんな、文句も言われへん。そんなん言える空気やない。 「(へび)とお(そろ)いや。そうなんやろ。憎いわ!」 「(とおる)喧嘩(けんか)すんな。あいつにまた何かするんやったら、お前を置いてやられへんで」  鬼やなあ。そういうことは考えんでも口を()いて出るんや、俺は。  瑞希(みずき)はたぶん、つらかったんやろ。悶絶(もんぜつ)していた。  俺と腕を組んだまま、がっくり身を折って、まるで腹でも痛いみたいやった。 「そんなん、わかってます。(へび)が好きなんやろ……。でも、俺も先輩(せんぱい)のこと好きやねん。俺にもなんか、()うてください」  瑞希(みずき)は身を起こし、覚悟(かくご)を決めたみたいに、爛々(らんらん)と光る目で俺に強請(ねだ)った。  別に何か欲しいわけやないようや。(とおる)()()うてるだけ。  でも、それくらいやったら、してやれるやんか。もの買うてやるくらいやったら。  ものにもよるけど、簡単なんやで。

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