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21-26 アキヒコ

「な……何が欲しいんや」  スペースシャトルとか言うなよ。それは無理やから。せめて指輪とか、そういう、気まずくても実現できるものにしてくれよ。 「首輪でいいです」  きっぱり真面目な顔をして、瑞希(みずき)は断言した。  首輪……? 犬、やから?  俺は蒼白(そうはく)な顔で目を(またた)いて、瑞希(みずき)真面目(まじめ)な顔と向き合った。 「首輪って、首輪? 犬の首輪?」 「(ねこ)の首輪だと、小さすぎて息できないです」 「……そうやな。犬の首輪のほうがええな。大型犬やったら人間並みやもんな」  俺はやむをえず同意した。何かで決着を見られれば、それで何とかこの場は(しの)げるという気がして。  でも、そんなもんで誤魔化(ごまか)されてええんか。お前は。いくら健気(けなげ)や言うたかて、首輪一本で引き下がるやなんて、アホみたいやで。  何でも良かったんやろ。俺が()(まま)聞いてくれれば。それで我慢(がまん)しようって、そういうことやったんやろうけど。  でも、ちょっと、(みじ)めすぎひんか。いくら犬でも、心があるんや。今日(ひろ)ってきて、三日後には殺す。その三日間、(つな)いでおくための首輪なんやで。 「腕組んで歩いていいですか、先輩(せんぱい)。俺はそうしたい。いいですよね、たったの三日間くらい」  完璧(かんぺき)に、弱み(にぎ)られてる。じっと(にら)む目で()く、(へび)と張り合う顔の犬に、あかん、お座り、って言えるか。  俺は言われへん。  そういうわけで、二階のレストランに現れた時、俺は瑞希(みずき)と腕を組んでいた。俺の気分的には、これから肉屋のおいちゃんにやっつけられるドナドナの牛みたいなもんやった。  (とおる)(あご)ガクンみたいな顔してた。それでも怒らんかった。  目は泳いでたけど、(へび)やのうて自分の(となり)に座れと()(まま)を言う瑞希(みずき)にも、なんにもツッコミ入れへんかった。  頭真っ白すぎて何も言えへんだけみたいやった。あわあわしてた。  車椅子(くるまいす)水煙(すいえん)は、それを面白そうに見ていた。  実は、ええ気味(きみ)やと思うてたんかもしれへん。今までさんざん見せつけられてきた。それが今度は(とおる)(ばん)なんやから、いかにも面白そうな苦笑いでいたわ。  瑞希(みずき)機嫌(きげん)は、悪くなかった。むしろ良かった。にこにこしていた。  まるでその(うそ)のような作り笑顔で、(とおる)に勝てるみたいに。どうでもええような事を、愛想(あいそう)よく俺に話し、にこにこパスタ食うてた。  大学にいた(ころ)と、なんも変わってへんみたいやった。  天使のときにあったような白い(つばさ)とか、頭の輪っかもないし、見た感じ、京都の大学で見た勝呂(すぐろ)瑞希(みずき)そのまんまやった。  瑞希(みずき)は別に、暗い性格の(やつ)ではない。誰とでも平気で(しゃべ)るし、にこにこ愛想(あいそう)ええ時もある。冗談(じょうだん)も言うし、歌も歌うし、酒も飲む。  学生時代は、友達付き合いも幅広(はばひろ)かったようやし、(せま)っくるしいCG科の作業室に()もっていると、通りすがりに瑞希(みずき)挨拶(あいさつ)していく学生は(いく)らでもおった。  こう言うたら何やけど、瑞希(みずき)はモテるタイプや。人をたてるし、にこにこしてりゃ可愛(かわい)いし、頭の回転も速くて、よう気がつく。  俺のグラスが空っぽになれば水を()ぐ。言われへんでも食後のコーヒーを注文する。砂糖(さとう)は一個。ミルクも入れる。  そうやって甲斐甲斐(かいがい)しく気の()可愛(かわい)後輩(こうはい)で、俺が(しゃべ)らへんでも、ただ(あい)づちを打つだけでええような話をする。  そして、(だま)っていてくれと思う時には、ちゃんと(だま)っている。次はいつ、(かま)ってもらえるんやろうかと、じっと待つ目で俺を見つめて。 「アキちゃん、今日これから、どないすんの。絵描くんやろ。鳥さんとこ行くの……?」  先輩(せんぱい)先輩(せんぱい)と、やたら甲斐甲斐(かいがい)しかった犬に、呆然(ぼうぜん)の顔をして、(とおる)が俺に()いた。  瑞希(みずき)はおとなしく押し(だま)り、自分もコーヒーを飲んでいた。 「うん……どないしよかな」  相当(そうとう)ヘナヘナな声で、俺は(とおる)に返事をしていた。正直、重かった。瑞希(みずき)が。 「電話してみたら?」  そういえば、そういう手もある。俺は寛太(かんた)の電話番号は知らんけど、(とら)のほうのを知っていた。電話を受けたことがあるし、その時の着信番号が残っていたからや。  他にすることもなく、気分も変えたかった。昼時を外した店はちょうど()いていたので、俺はその場で電話をかけた。  (とら)はすぐに出た。そして愛想(あいそう)よく俺に返事して、(ひま)やし中庭ででも落ち合うかという事になった。  すっかり雨も上がったし、中庭のガーデンレストランの椅子(いす)やテーブルは、あっと言う間にぴかぴかに(ぬぐ)われていて、そろそろアフタヌーン・ティーの時刻やという話やった。  (とら)が茶を飲むとは、俺は想像もしてへんかったけど、なんとあいつは紅茶党らしい。信じられへん。  アロハで紅茶やで。アロハでやで。アロハで……って、もうええか。  本日ももちろん、(とら)はアロハやった。真っ黄色やった。それに白抜きで、古代壁画みたいな原始的(プリミティブ)(とら)さんの絵が描いてあり、(はん)ズレのある緑色の印刷で、竹らしいストライプが入っている。  それが優雅(ゆうが)なヴィラ北野(きたの)の中庭の昼下がりに、めちゃめちゃ(まぶ)しい。お前はほんまに彩度(さいど)が高すぎる。目が痛い。  しかもそれが連れている鳥さんが、今日は目の()めるようなアクアブルーに、赤と(むらさき)花柄(はながら)のアロハやから、相乗(そうじょう)効果で、(まぶ)しさ、さらに(ばい)

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