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21-28 アキヒコ

「知らんかったよ……やってもうたわ、(とおる)ちゃん。どないなんの、あんなエロエロなるんか、お前もか、水煙(すいえん)?」  結局また信太(しんた)のところに(もど)っていってる鳥をびしびし指さして、(とおる)血相(けっそう)変えていた。 「ならへんわ。お子様やあるまいし。もう血肉(ちにく)を食うたぐらいで、()っぱらったりせえへんわ。俺はもともと人やら鬼やら食う神や。卵くらい何でもない」  にっこりとして、水煙(すいえん)は安心しろみたいに言うたが、そのほうが怖い。  人食うんや、水煙(すいえん)。確かに、太刀(たち)の時には鬼斬(おにき)りするんやから、そう言われればそうか。俺はちょっと水煙(すいえん)にドリーム(いだ)きすぎか。 「あの鳥はまだ若いから、性質が変わりやすいんや。このまま行くと、人食いになるかもしれへんな」 「えっ、マジで?」  今度は(とら)(おどろ)いていた。 「そんな……不死鳥(ふしちょう)はええモンやのに?」 「悪いのも()るんや。まあ、こいつがどっちなのかは、絵を見ればわかる」  水煙(すいえん)は俺を見て、(はげ)ますような目やった。 「絵を描いてやり、アキちゃん。お前には(げき)としての心眼(しんがん)があるはずや。この鳥の本性(ほんしょう)が見えるはず。それを絵に描いてやればええんや」  心に思い描けたものを、そのまま紙に写し取ればいい。水煙(すいえん)は、それが簡単なことのように言うていた。  実際それは俺にとっては、簡単なことなのかもしれへんかった。いつもやっていることや。  昔、子供のころに俺は、小学校の授業で近所の桂川(かつらがわ)写生(しゃせい)に連れて行かれ、川の絵でなく(りゅう)の絵を描いた。  俺には川は、そう見えたんや。見たまんまを描けばええんやと、先生がそう言うたんで、まだ素直(すなお)やった俺は、言われたとおりにした。  その(りゅう)の絵を見て、おかんは顔をしかめたけども、その先生は()めてくれたんやで。  思えば、ええ先生やったんかもしれへん。綺麗(きれい)な若い女の先生やったけど、本間(ほんま)くんは将来、ええ画家さんになるかもしれへんわねえと、その先生は言った。  寿退職(ことぶきたいしょく)で、翌年(とくとし)にはもう()らんようになってたけどな。  とにかく絵を描く人間には、特殊(とくしゅ)な目がある。それは一種の神通力(じんつうりき)や。  そうして見たものを、そのまま描けるかは、人によるらしいけど、俺には描ける。  おかんが(おど)りを(おど)るのは、息をするようなもんらしい。ひとりでに体が動く。  絵を描く時の、俺の手もそう。ひとりでに、手が絵を描く。どう描こうって、考えたことがない。  その時も俺は、中庭の椅子(いす)の、(とら)(ひざ)のうえに座って抱きつく、しどけない鳥の絵を、(なん)なく描いた。  (いや)な絵やった。なんでそんなもん俺が描かされるんや。  (あえ)ぐように、大きく首を()らせた、真っ赤に燃えている炎でできた鳥やった。赤い鳥や。  すらりと細い首をした、まろやかな体つきで、金色のウロコのある長い足がある。(かざ)羽根(ばね)のような長い尾も、赤に混じってところどころ金色で、それはちょうど、人間達の()らす位相(いそう)で、目の前にいる寛太(かんた)が、ほどいた赤い髪のまま(とら)に甘えて、髪の間にところどころ金髪(きんぱつ)()じって見えてるのに、よう似てた。  そして絵の不死鳥(ふしちょう)の胸にも、(ほこ)らしげに(さら)愛噛(あいこう)(あと)のような、黄金(おうごん)斑点(はんてん)がある。  (とら)を食いたいみたいに、寛太(かんた)はべたべた甘え、時々甘く、信太(しんた)の耳を()んでいた。  よっぽど切ないらしい。さっさと帰って、もっと本格的に仲良うしたらどうや。  (とおる)は完全に(たましい)()けたみたいにあんぐりとし、瑞希(みずき)もぽかんとしていた。  平気そうに苦笑で見てるのは、水煙(すいえん)だけや。  それでも皆、(うらや)ましいらしい。(うらや)ましがるな。俺の居心地(いごこち)がどんどん悪くなっていくから。  こんなん人前でするほうが異常やねんから。俺はしいひん。絶対しいひんぞ。 「兄貴(あにき)。早う帰ろ。俺また腹減ってきてもうた……」  (めし)食いたいわけやない。抱いてくれって、そう強請(ねだ)るような甘い声色で、寛太(かんた)(とら)(ささや)いていた。  ほんまにヤバい。俺までちょっと泣きそうや。こなエロくさい(やつ)やったっけ。  手前(てめえ)がムラムラするのは勝手やけども、寛太(かんた)は周囲にも濃厚(のうこう)なお色気ムードを放っていた。  それに、うちの(へび)はもちろんムラムラするが、瑞希(みずき)もちょっとクラクラ来るらしかった。  水煙(すいえん)さえも、ちょっと顔が白っぽい。興奮(こうふん)するらしい。  気づけばガーデンテラスにいる客のほとんどが、なんやラブラブムードやった。人がしてると、(うらや)ましい。これはまあ、誰しもある心理やけども。なまじ巫覡(ふげき)(しき)ばかり。誰はばからぬ連中や。いちゃいちゃいちゃいちゃしてる。  してない俺がおかしいみたいな世界になってる。  常識というのは、多数決やというのを、実地に体感できる学習エリアみたいになってた。 「絵、できたで。ラフやけど。これでええやろ!」  もう、さっさと帰してやろうと思って、俺はざっくり描いてパステルで色つけた不死鳥(ふしちょう)の絵を、引っ()り返して寛太(かんた)に見せてやった。  (とら)のお(ひざ)で首に抱きついたまま、寛太(かんた)はやらしいような上気(じょうき)した顔で、とろんと流し目に俺の絵を見た。  長い睫毛(まつげ)(かげ)が、白い(ほほ)に落ちていて、口元は、キスに()れた(あわ)い半開きや。(なま)めかしかった。正直言って、押し倒したいくらいやった。  これが(とおる)で、ここが家やったら、たぶんもう十五分前くらいに押し倒した後や。  見過(みす)ごしにできないレベルのエロくささや。

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