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21-29 アキヒコ
「不死鳥 ……」
微 かに呟 いて、寛太 は虎 の膝 に跨 ったまま、身を捩 って振 り向いていた。じっと絵を見る目付きは案外鋭 く、真剣そのもので、どことなく猛禽 の鳥を思わせた。
「変転 したい。どうやってするんや……」
向き直って、寛太 は虎 に訊 いていた。虎 は眩 しそうに、自分を見下ろす赤い鳥を見ていた。
「思い描 くんや、あの絵の姿になった自分を」
「あれになったら、もっと好きになってくれるか」
「なるやろなあ。お前が俺の不死鳥 やったら」
頷 いて見上げ、虎 はそう請 け合った。それ以上、好きになる余地 なんかあるんかと、疑 わしいような顔やった。
たぶん、その約束は呼び水で、そう言うてやれば、寛太 もやる気が出るやろうと、そんな虎 の策略 やったんやろう。
果たしてその罠 は見事に鳥を捕 らえ、寛太 は目を閉じ、絵の鳥のようなポーズになった。背をのけぞらせ、虎 の膝 の上で、淡 く苦悶 するような表情になり、小さく鳥のような声で鳴いた。
まるで、イってるみたいな感極 まった表情や。お前、エロすぎ。衆人環視 の中庭で、白昼堂々 それはどうか。
俺がそう焦 る目の前で、汗まで浮かべた寛太 の背が、突然ぼうっと燃えた。
火事や。
俺はびっくりして、思わず立ち上がっていた。
うっとり見上げる虎 の上で、寛太 はどんどん、燃え上がっていった。
けど全然、熱くないらしい。ほんまは熱いのかもしれへんけども、跨 られている虎 も、突き詰めれば霊獣 やった。メラメラ燃えてる恋人を、愛 おしそうに見るだけで、その火に焼かれたりはせえへんらしい。
はあはあ悶 えて、全身を猛火 に包まれた寛太 は、やがてただの火の玉になり、信太 の膝 から浮き上がっていった。
そして、そこから唐突 に、真っ赤な一対 の翼 が現れた。ばさっと羽ばたくように、俺が思っていたよりもずっと大きな赤い翼 が生まれ出て、火の玉だったものが、次第 に鳥の姿になった。
それは俺がついさっき、描いて与えた絵の鳥や。
金色の飾 り羽根 を織 り交ぜた長い尾 が、ずるりと引き出されるように現れて、目には見えへん卵 から羽化 するみたいに、不死鳥 は宙 に生まれ出た。
ばさりと大きな羽根 が羽ばたくと、頬 が焦 げそうな熱い風が吹き付けてきた。
きい、と甲高 い、けど美しい声で鳥は鳴き、羽ばたくたびにふわふわ宙を漂 ったけども、飛び立ちはせえへんかった。そんな気がないらしい。
細い金細工 のような脚 で、中庭に舞い降りて、石畳 をかちかち鳴らす鋭 い爪 で得意げに、信太 のそばをうろうろ歩いた。
それを楽しそうに、虎 は見ていた。ほんまに満足そうな顔やった。もう思い残すことはなんもないって、そんなふうな。
「やっぱり不死鳥 やったやろ。俺が最初に見た時と、おんなじ姿や。あの時よりも、大きくなってる」
うっとり見つめて、信太は自分の胸に頭を擦 り寄せてくる、炎の塊 みたいな鳥にも、気にせず胸を焦 がさせていた。
信太 が喉 をくすぐると、赤い炎の鳥は、本当に気持ちよさそうに、しどけなく首をそらせた。くうくうと、甘く喘 ぐような声で鳴いて。
「俺のフェニックスやで……」
虎 は燃える鳥にキスしてやってた。小作りな頭の、金色の優美な嘴 の終わる、付け根のあたりに。
「それは、フェニックスやない。フェネクスや」
熱いなあって、手でぱたぱた扇 ぎながら、水煙 が突然、そう断言した。
「フェネクス?」
「フェネクス?」
俺も訊 いたし、虎 も訊 いた。たぶん全員がそう、水煙 に訊 いてた。
そうやでって、あっさりと、水煙 は頷 いていた。とりあえず俺の顔を見てな。
「フェニックスの、悪いほうや。能力的には、ほとんど同じやで。ただ、地獄 の眷属 やというだけで。悪魔やけども、不死鳥 は不死鳥 や」
「な、なに!?」
信太 はまじで椅子 からコケそうになっていた。そんな姿も格好 ええわみたいに、赤い鳥はうっとり信太 を見下ろしていた。
デカいねん。実は。見上げるようなデカさやねん。しかも熱い。燃えているんやから。テーブルクロスを焼いたりはせえへんみたいやけど、熱いことは熱い。まるで中庭でキャンプ・ファイヤーしてるみたいや。
「火の神や。神々の位相 の、竈 の火から生まれた。まあ、出生 はいろいろあるけど。おしなべて、火の属性 で、不死 で、人にも不死 と再生 を与える性質がある。あと、叡智 も与える。火というのは、人類 にとっては叡智 の象徴 やからな」
「ギリシア神話で、プロメテウスが人類 に火をくれたとかいうのと、似たノリ?」
ぽかんと聞いてきた瑞希 に、水煙 は不思議 そうな顔をした。そして小首 をかしげて、微笑 んだ。
「そうや。お前、賢 い犬みたいやな。飲み込みがええわ。こっちにしといたらええのに……」
「うっ……何言うとんのや、水煙 !」
焦 った顔して言い寄る亨 に、水煙 はけらけら笑っていた。
でも、それは、笑い事では全然ないで。笑って話すようなことでは、ぜんぜんない。
「熱いわあ。渇 いてきてまう。元に戻ってくれへんか、炎の鳥」
水煙 に頼 まれて、鳥は焦 ったように、足早にうろうろしていた。
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