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21-30 アキヒコ

 元に戻る方法が、わからへんらしい。  それを苦笑して(なが)め、信太(しんた)は、さあ抱いてやろうというふうに、鳥に両腕を(ひろ)げて()(まね)いてやっていた。 「いつもの格好(かっこう)に戻れ、寛太(かんた)。そんな姿してたら、抱いてやられへん」  さあ、おいで、みたいな(とら)に、寛太(かんた)は抱きつきたくなったらしい。燃える両翼(りょうよく)やったもんから、吹き消すように炎が()えて、真っ白い腕が(あらわ)れ、それがまず信太(しんた)の首に抱きついていた。  そして(まぼろし)のような姿が火の中からよろめき出てきて、ちょっと焼けこげたアクアブルーのアロハ着て、汗だくなった(ひたい)に赤い髪を張り付かせた寛太(かんた)が、また(とら)のお(ひざ)にふわりと座った。 「抱いて……」 「上手(じょうず)にできたな、寛太(かんた)」  汗の流れる高揚(こうよう)した顔で、寛太(かんた)(とら)に抱きつき、信太(しんた)はそれを抱きしめてやっていた。  (とら)(ほお)ずりされながら、寛太(かんた)はどこか爛々(らんらん)としたような光る猛禽(もうきん)の目で、じっと俺を振り向いていた。 「先生、ありがとう。俺もほんまに不死鳥(ふしちょう)やったわ」 「悪魔(あくま)らしいで、お前」  俺は他に言えることがなく、軽い(いや)みのつもりで、それを教えた。  そしたら寛太(かんた)は、にやあっと笑った。今までは、そのぽかんとした美貌(びぼう)にあるのを見たことないような、(よこしま)()みやった。 「何か、あかんの。悪魔(あくま)やったら。不死鳥(ふしちょう)は、不死鳥(ふしちょう)やんか」  あかんことないけど。  でも、どうせ、鳥は俺の返事なんか、待ってはいなかった。  ああもう辛抱(しんぼう)たまらんみたいな激しさで、(とら)に抱きつき、椅子(いす)ごと押し倒していた。  痛そう。石畳(いしだたみ)やのに。ゴツン言うてた。人間やったら気絶(きぜつ)してる。強い強いタイガーでも、気絶(きぜつ)しそうやった。あんまり愛されちゃいすぎて。 「兄貴(あにき)、抱いて。めちゃめちゃ(おか)して。もう我慢(がまん)できへん……(とら)でして、(とら)で。食いたい、というか、食われたい……好きや、好き……」  (とら)さん鳥に(おそ)われている。がっつんがっつんチュウされてる。激しく(ついば)まれてる。  やめろ、外やでって、(とら)は一応、怒ってはみせていたけど、もし本格的に成長したら、()たしてどっちが強大なんか、分からんような感じやった。  (とら)は鳥さんを(ひろ)ってきて、エサやって育ててたけど、それはカッコウが託卵(たくらん)するみたいなもんで、育て上げた(あかつき)には、(ひな)やったもんが親よりでっかくなってもうてる。そんなオチなんやないか。  しかも激しく刷り込み(インプリンティング)されてんのか、寛太(かんた)は自分を最初に見つけた(とら)が、好きで好きで(たま)らんみたいやった。食うてええなら食うてまいそうやった。誰はばからずハアハアしていた。  早う、部屋帰れ……。 「すげえ。これぞまさしく燃え燃えや……」  (とおる)は感動したように言うてた。よかったな、お前が仲人(なこうど)したカップル、幸せそうで。  (とら)が死んだら、どうなってまうんやろ。この鳥は。  それを思うと改めて気が滅入(めい)り、信太(しんた)()(にえ)(せつ)はありえへん。俺の中では少なくとも、そのコースは封印(ふういん)されようとしていた。  可哀想(かわいそう)や、せっかく幸せそうやのに。  汗ばんだ顔の(うる)む目で、うっとり信太(しんた)を見つめる鳥の顔は、まさに愛の絶頂(ぜっちょう)の表情やった。  その顔が、綺麗(きれい)やなあと俺は思った。変な下心(したごころ)は抜きで、美しいもんは、美しい。それが悲しみに(ゆが)むのは、見たくないんや、俺も耽美派(たんびは)やから。  でも、それやったら俺は、どうすればええんやろ。秋尾(あきお)さんに泣きつこうか。信太(しんた)も無理や。瑞希(みずき)可哀想(かわいそう)やから、秋尾(あきお)さん、死んでくれませんか、って。  ああ、ええよ、って、あの人は言いそう。スポーツ・バーで話してた時も、そんなノリやった。  だからあの人は、別に平気なんやって、俺は思ってええんやろうか。大崎(おおさき)先生に、(たの)もうか。うちは無理やし、お(たく)(きつね)、ちょっと()してもらえへんやろうか。返すアテはないけども、って。  俺はそれには、抵抗(ていこう)があった。老い先短い(じい)さんから、式神(しきがみ)取ったら気の毒やって、そんな可愛(かわい)げのない事も思ったけども、秋津(あきつ)にはもうそんな力はないと、俺をヘタレ呼ばわりした(じじい)に、俺は意地(いじ)を張っていたと思う。  おのれ海原遊山(かいばらゆうざん)。俺はまだしも、うちの家を馬鹿にしやがって。そんな(やつ)(なさけ)けに(すが)ってもうたら、ご先祖様に申し訳が立たへん。 「行こうか、アキちゃん。お邪魔(じゃま)のようやし。一仕事終えたなあ」  俺が(たの)もしいと微笑(ほほえ)む顔で、水煙(すいえん)撤退(てったい)(うなが)した。(とら)と鳥さんいちゃついてるし、それを皆で(なが)めていても仕方ない。むしろ目の(どく)。どっか行こうかって、水煙(すいえん)は思ったらしい。  どうも()ずかしいらしいねん、水煙(すいえん)は。初心(うぶ)やしな。()れた顔をしていた。  (とおる)(うらや)ましそうにガン見していたが、切なくなっても、まだ昼や。家でふたりっきりやったら、急いで戻って、抱き合おうかというのも、アリやろうけど、今はそれは無理やった。  (とおる)(せつ)なそうな顔をするだけで、(さそ)いはしいひんかった。出会ったばかりの(ころ)やったら、そんなん我慢(がまん)もしいひんと、アキちゃん、やりたいってゴネてたくせに。こいつも大人(おとな)しなったなあ。  元に戻ると(こま)るけど、ちょっと(なつ)かしいわ。(とおる)がさっきの、鳥さんみたいやった頃が。

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