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21-31 アキヒコ

「俺もアキちゃんが手伝ってくれたら、絵の姿に変転(へんてん)できるかもしれへんな」  にこにこしながら、(とおる)の押す車椅子(くるまいす)に座り、水煙(すいえん)が言うた。  俺に言うてんのか、それとも(とおる)に言うてんのか、はっきりしいひんような口ぶりやった。 「何を油断(ゆだん)(すき)もないこと言うとんのや、宇宙人。俺を()めんな」  中庭を出ていく俺の(となり)で、水煙(すいえん)を運んでやりながら、(とおる)はぼやいた。  水煙(すいえん)は、くすくす笑っていた。(とおる)をからかっているだけのようやった。  それを聞いて歩きつつ、瑞希(みずき)は相変わらず、俺の左腕に張り付いていた。でも、その顔は、なんとなく暗かった。思い()めたような無表情をしていた。  急に俺の手を(にぎ)ってきた瑞希(みずき)の指が、薬指(くすりゆび)にある指輪(ゆびわ)を探っているのが感じられた。そこに指輪があるのを、確かめているような手つきやった。これは何やろうって、意外なもんを(いぶか)しむように。  もう時間がないんやと、俺は不意(ふい)に思った。あと三日なんやし、今日はもう夕方になろうとしている。首輪買えって言うてたし、そんなもん、いつ、どこで買うんや。  ロビーを通ったついでやし、俺はホテルのコンシェルジュの人に、どこか近所で、犬の首輪を買える店はないですか、と聞いた。そしたら意外な話や。ホテルの(ショップ)にございますと、教えてくれた。  なんでも売ってるな、このホテル。結婚指輪もあるし、犬の首輪まである。なんでも出てくるんやないか。  そういえば、瑞希(みずき)()()()のままや。着替えとか無いし、それもどうするんやろう。  しかしそれも心配ご無用やった。なんでも売ってる。服も売ってるからな、ホテルの(ショップ)で。下着やら靴下(くつした)やら、ジーンズもあるし、結婚式に出るようなフォーマルまであるわ。  発作的(ほっさてき)()まる客というのが、ホテルにはいてるらしい。後で中西(なかにし)さんに聞いた話やけども。  発作的(ほっさてき)()まって、連泊(れんぱく)する客もおれば、結婚する客もいる。犬の首輪が切れる客もいる。  ヴィラ北野(きたの)は、ペット同伴(どうはん)OKなんやで。そうでないと式神(しきがみ)連れて()まられへんやんか。  皆が皆、人型してるわけやない。でっかい蟷螂(かまきり)蜥蜴(とかげ)を連れて歩いてるオバチャン見たわ。ワニぐらいあるんやで。ホラーやで、夜中に廊下(ろうか)で会ったりしたら。怪物そのものやから。  まあ、そんなんでも()めてくれる中西さんやから、犬ぐらい余裕や。ルームサービスに犬猫用のメニューもある。誰でもウェルカム。お客様は神様やから。どんな客でももてなしてみせるって、そういうのが、あの人の美学らしいわ。  そんな美学が徹頭徹尾(てっとうてつび)、すみからすみまで行き渡っている。  ホテルの(ショップ)かてそうや。そこで売られている若い男向けの服には、なんとはなしに(よう)ちゃんくさい気配(けはい)がした。  それが神楽(かぐら)さんの趣味(しゅみ)ということではない。あの人もたぶん、とりあえずここにある服を着ていたんやろ。ほんで、それは、中西(なかにし)さんの趣味(しゅみ)やねん。神戸の、ええとこの子みたいな、こざっぱりした洋装で、ちょっと王子様っぽい。  しかし、そんなもんを瑞希(みずき)に着せるのかと、俺は若干(じゃっかん)引いたんやけど、サイズ確認のために入った試着室(しちゃくしつ)から出てきたのを見てみたら、別の意味で引いた。  似合(にあ)ってたからや。  俺は学校来る時の、これといって目立たへん、ありきたりの大学生みたいな格好(かっこう)しているところか、大阪で見た悪い子服しか知らん。まさか王子様服が似合うとは。  でも、思い返してみたら、大阪のこいつの実家に行った時、部屋に飾ってあった子供の頃の写真とか、そう言えば、ひらひらやった。ひらひらのブラウスとひらひらのスカート着てるお母さんの横で、フリルのついたブラウス着てた。似合(にあ)わんけども、似合(にお)うてる。見た目には。 「……こんなん、(いや)や」  自分の服見て、瑞希(みずき)(かがみ)に文句言うてた。 「そんなことない。笑けるほど似合(にお)うてる。エナメルの(くつ)とかはいとけ。ピアノの発表会みたいなやつ」  半笑いで(とおる)がコメントし、それに瑞希(みずき)はギロッと(うら)む目をしてた。 「まあまあ、そんな顔すんなって。アキちゃん案外、それ系も好きらしいで。(よう)ちゃん路線(ろせん)やないか」 「誰やねん(よう)ちゃん」  早口に毒づいて、瑞希(みずき)は服()ぎたそうやった。とっとと試着室に戻り、元の、何の個性もない格好(かっこう)に着替えているようやった。 「神父やで。金髪碧眼(きんぱつへきがん)の。六甲(ろっこう)育ちで、お(ぼっ)ちゃまやで」 「俺かてお(ぼっ)ちゃまや!」  試着室のカーテンの向こう側から、瑞希(みずき)(とおる)(さけ)んでいた。  その張り合う口調に、俺はちょっと、びっくりしていた。瑞希(みずき)、お前、それがお(ぼっ)ちゃまの口調か。はしたないって、中西(なかにし)さんやったら言うわ。 「あかんあかん。(よう)ちゃん見てみ。ほんまもんやから。あいつたぶん、元をたどれば貴族(きぞく)血筋(ちずじ)やで。ノーブルな血の(にお)いがするわ」 「俺かて血統書(けっとうしょ)付きや!」 「犬やろ。(よう)ちゃん人間様やで? リアル人類。(うそ)もんの犬人間(いぬにんげん)とちがう」  笑ってからかう(とおる)の言葉に、もう返事はなくて、代わりに瑞希(みずき)は、じゃらっと乱暴に試着室のカーテンを開けて出てきた。  その目はもろに怒ってて、もろに(とおる)(にら)んでた。

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