314 / 928
21-34 アキヒコ
「何を言うてんのや、急に。そんなこと、するわけないやろ。行くとしても、お前に俺が必要なくなった後や」
「そんな時は来 いひんわ。俺はアホやし、永遠に成長しいひんから」
そこまで断言せなあかんほど、俺はアホか。
けっこう長いこと、俺は自分が賢 いつもりで生きてきた。でも最近すごく思うねん。途方 もなくアホ。何も知らんし、何一つ自分では決められへん。
すぐに逃げるし、すぐに頼 るし、そのくせ自意識 過剰 やねん。それがアホでなくて何や。
俺はひとりでは生きていかれへん。亨 がおらんと生きていかれへん。それもそうやし、亨 だけでも生きていかれへん。
おかんも好きやし、水煙 も好きや。悔 しいけども、あいつもこいつも好きで、みんな居 いひんと生きていかれへん。それは俺が多情 なアホやから?
そうやないやろ。俺だけやない。人間なんて、みんなそんなもん。多神教 やねん。
頼 っている神さんが、いっぱい居 るねん。まあ、俺の主神 は水地 亨 大明神 やけども、水煙 様も有 り難 い。居 ってもらわんと困 るんや。
「永遠に成長せえへんの……?」
呆 れたように、水煙 は俺に訊 いた。
「しいひん」
俺はきっぱり断言した。断固 として餓鬼 のまま。
それに水煙 は珍 しく、声を上げて笑っていた。
水煙 の笑い声を、太刀 でない時に聞くのって、滅多 にないことやった。
神様が笑うのって、ええもんや。なんか幸せな気持ちになれる。
「そうなんか。それは困 ったなあ。いったいいつまで面倒 見ればええんや、ジュニア」
「永遠にやな、その論法 でいくと」
俺はまた、堂々と恥 ずかしげもなくそう頼 んだが、水煙 はただ、気恥 ずかしそうに微笑 むだけやった。
ずっといるとも、いないとも、答えへんかった。それはもう、雲隠 れする気は失せたと、そういう意味やと俺は信じた。
だってなんで水煙 が、秋津 の家を捨てていく理由があるんや。
俺がもう、神に愛されるに値 しない当主 やというんやったら、それは理由になるやろうけど、微笑 む水煙 の目はその時も、俺が愛 しそうやった。
「戻ろうか。どないする。晩飯 には早いし。おやつ食う?」
会計を済ませた亨 がすたすた戻ってきて、誰にともなくそう訊 いた。
「お前は食うことばっかりやな」
俺は呆 れて亨 を眺 めた。細身 やのに、よう食うわ。飯 も呆 れるほど食うし、その上、おやつまで食うとは。その分のカロリーはどこへ消えてんのやろ。腹、ぺったんこやのにな。
「いやあ、暇 やし。このホテル、テレビもないし。阪神戦も見られへんし。そういや瑞希 ちゃん、阪神ファン?」
一応訊 こかと、亨 は荷物を抱えてうつむいていた瑞希 に顔を向けていた。
何となく、はっとしたように、瑞希 は顔を上げていた。もしかして、疲 れてんのかなと、俺は心配になってた。しんどい言うてた。そういえば。
「俺は野球は、興味 ないから……人に付き合 うて、観 ることは、観 るけど」
「しょうもない。付き合いナイターなんて。白 けるだけやで。まったくうちは、野球を理解しないアホばっかりや」
水煙 も、野球は観 いひん。ぶつぶつ言いつつ、また車椅子 を押す亨 に、水煙 は苦笑 していた。気の毒やなあと思うのか。亨 はあいにく、仲間外れや。
「映画観に行きたかったんやろう。明日行くか?」
具合 悪くないようやったら。俺が訊 くと、瑞希 はなんか、怯 えたような顔をして、小さく首を横に振 ってた。どうしたんやろう。元気ないしな。
「首輪買 うたんか」
思わず苦笑して、俺が並んで歩くと、瑞希 はもう、腕組んで来なかった。
なんでやろう。もう、満足したんやろうか。別にええねんけど、それが変な気がして、俺は暗い顔して歩いてる瑞希 の横顔を、じっと眺 めた。
綺麗 な子やった。でっかい目して。
なんとなくキツいようなところもあるけど、基本可愛い。色も白くて、髪も巻いてて、ほんまに愛玩用 って感じ。
それでもこいつの魂 は、野生の狼犬 みたいに荒 いんやろうけど、見た目には可愛いばっかりやった。
「買 うてないです。なんでそんなの、自分で選ばなあかんのですか。普通は主人が選ぶもんやろ」
「俺が選ばなあかんかったんか?」
どうも、すねてるんやろうと思って、俺は困 った笑 みやった。
難しいなあ。こんな我が儘 な奴 やったっけ。付き合 うてみたら、案外こんな奴 やったんかもしれへんな。甘えかかる、ちっさい犬みたいな。
「あかんかったんか、って……そら、そうやろ。先輩 が俺のご主人様で、俺は犬なんやから」
「なんで、すねてんのや」
ちょっと遠くで、面白そうに車椅子 を押して、ロビーを突っ走っている亨 を遠目 に見ながら、俺はあいつはこの話をまさか聞いてへんやろうなと思った。
水煙 、可哀想 やな。亨 はけらけら笑って押しているけど、水煙 は車椅子 の肘掛 けに、しがみついている。怖いんやないんか。俺が押してやればよかった。
「先輩 、あの人のことも好きやったんや。なんで俺やと、あかんのですか」
あの人って、誰やとは、さすがの俺も訊 かへんかった。
水煙 のことやろう。亨 でなければ、他におらへん。
ともだちにシェアしよう!