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21-34 アキヒコ

「何を言うてんのや、急に。そんなこと、するわけないやろ。行くとしても、お前に俺が必要なくなった後や」 「そんな時は()いひんわ。俺はアホやし、永遠に成長しいひんから」  そこまで断言せなあかんほど、俺はアホか。  けっこう長いこと、俺は自分が(かしこ)いつもりで生きてきた。でも最近すごく思うねん。途方(とほう)もなくアホ。何も知らんし、何一つ自分では決められへん。  すぐに逃げるし、すぐに(たよ)るし、そのくせ自意識(じいしき)過剰(かじょう)やねん。それがアホでなくて何や。  俺はひとりでは生きていかれへん。(とおる)がおらんと生きていかれへん。それもそうやし、(とおる)だけでも生きていかれへん。  おかんも好きやし、水煙(すいえん)も好きや。(くや)しいけども、あいつもこいつも好きで、みんな()いひんと生きていかれへん。それは俺が多情(たじょう)なアホやから?  そうやないやろ。俺だけやない。人間なんて、みんなそんなもん。多神教(たしんきょう)やねん。  (たよ)っている神さんが、いっぱい()るねん。まあ、俺の主神(しゅしん)水地(みずち)(とおる)大明神(だいみょうじん)やけども、水煙(すいえん)様も()(がた)い。()ってもらわんと(こま)るんや。 「永遠に成長せえへんの……?」  (あき)れたように、水煙(すいえん)は俺に()いた。 「しいひん」  俺はきっぱり断言した。断固(だんこ)として餓鬼(がき)のまま。  それに水煙(すいえん)(めずら)しく、声を上げて笑っていた。  水煙(すいえん)の笑い声を、太刀(たち)でない時に聞くのって、滅多(めった)にないことやった。  神様が笑うのって、ええもんや。なんか幸せな気持ちになれる。 「そうなんか。それは(こま)ったなあ。いったいいつまで面倒(めんどう)見ればええんや、ジュニア」 「永遠にやな、その論法(ろんぽう)でいくと」  俺はまた、堂々と()ずかしげもなくそう(たの)んだが、水煙(すいえん)はただ、気恥(きは)ずかしそうに微笑(ほほえ)むだけやった。  ずっといるとも、いないとも、答えへんかった。それはもう、雲隠(くもがく)れする気は失せたと、そういう意味やと俺は信じた。  だってなんで水煙(すいえん)が、秋津(あきつ)の家を捨てていく理由があるんや。  俺がもう、神に愛されるに(あたい)しない当主(とうしゅ)やというんやったら、それは理由になるやろうけど、微笑(ほほえ)水煙(すいえん)の目はその時も、俺が(いと)しそうやった。 「戻ろうか。どないする。晩飯(ばんめし)には早いし。おやつ食う?」  会計を済ませた(とおる)がすたすた戻ってきて、誰にともなくそう()いた。 「お前は食うことばっかりやな」  俺は(あき)れて(とおる)(なが)めた。細身(ほそみ)やのに、よう食うわ。(めし)(あき)れるほど食うし、その上、おやつまで食うとは。その分のカロリーはどこへ消えてんのやろ。腹、ぺったんこやのにな。 「いやあ、(ひま)やし。このホテル、テレビもないし。阪神戦も見られへんし。そういや瑞希(みずき)ちゃん、阪神ファン?」  一応()こかと、(とおる)は荷物を抱えてうつむいていた瑞希(みずき)に顔を向けていた。  何となく、はっとしたように、瑞希(みずき)は顔を上げていた。もしかして、(つか)れてんのかなと、俺は心配になってた。しんどい言うてた。そういえば。 「俺は野球は、興味(きょうみ)ないから……人に付き()うて、()ることは、()るけど」 「しょうもない。付き合いナイターなんて。(しら)けるだけやで。まったくうちは、野球を理解しないアホばっかりや」  水煙(すいえん)も、野球は()いひん。ぶつぶつ言いつつ、また車椅子(くるまいす)を押す(とおる)に、水煙(すいえん)苦笑(くしょう)していた。気の毒やなあと思うのか。(とおる)はあいにく、仲間外れや。 「映画観に行きたかったんやろう。明日行くか?」  具合(ぐあい)悪くないようやったら。俺が()くと、瑞希(みずき)はなんか、(おび)えたような顔をして、小さく首を横に()ってた。どうしたんやろう。元気ないしな。 「首輪()うたんか」  思わず苦笑して、俺が並んで歩くと、瑞希(みずき)はもう、腕組んで来なかった。  なんでやろう。もう、満足したんやろうか。別にええねんけど、それが変な気がして、俺は暗い顔して歩いてる瑞希(みずき)の横顔を、じっと(なが)めた。  綺麗(きれい)な子やった。でっかい目して。  なんとなくキツいようなところもあるけど、基本可愛い。色も白くて、髪も巻いてて、ほんまに愛玩用(あいがんよう)って感じ。  それでもこいつの(たましい)は、野生の狼犬(おおかみけん)みたいに(あら)いんやろうけど、見た目には可愛いばっかりやった。 「()うてないです。なんでそんなの、自分で選ばなあかんのですか。普通は主人が選ぶもんやろ」 「俺が選ばなあかんかったんか?」  どうも、すねてるんやろうと思って、俺は(こま)った()みやった。  難しいなあ。こんな我が(まま)(やつ)やったっけ。付き()うてみたら、案外こんな(やつ)やったんかもしれへんな。甘えかかる、ちっさい犬みたいな。 「あかんかったんか、って……そら、そうやろ。先輩(せんぱい)が俺のご主人様で、俺は犬なんやから」 「なんで、すねてんのや」  ちょっと遠くで、面白そうに車椅子(くるまいす)を押して、ロビーを突っ走っている(とおる)遠目(とおめ)に見ながら、俺はあいつはこの話をまさか聞いてへんやろうなと思った。  水煙(すいえん)可哀想(かわいそう)やな。(とおる)はけらけら笑って押しているけど、水煙(すいえん)車椅子(くるまいす)肘掛(ひじか)けに、しがみついている。怖いんやないんか。俺が押してやればよかった。 「先輩(せんぱい)、あの人のことも好きやったんや。なんで俺やと、あかんのですか」  あの人って、誰やとは、さすがの俺も()かへんかった。  水煙(すいえん)のことやろう。(とおる)でなければ、他におらへん。

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