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21-35 アキヒコ

「いっそ、ほんまに犬やったら良かったな。そしたら俺も、自分の(ぶん)(わきま)えられたやろ。俺は、先輩の犬になりたいわけやないんです。それでもええけど。でも、恋人になりたいねん。二番でも、三番でもええから……」  じっと思い()めた目で話し、瑞希(みずき)はもうずいぶん遠くに見える、水煙(すいえん)(とおる)を苦しそうに見ていた。そして、ため息みたいな長い息を()いた。 「(うそ)や……先輩。ほんまは一番になりたい。俺だけ見てもらえませんか。たったの三日や。それが贅沢(ぜいたく)やっていうんやったら、今夜だけでもええねん。ちょっとの間だけでも……」  言い(つの)る口調になりはじめる瑞希(みずき)(あせ)って、俺はとっさに、その手を(にぎ)っていた。  びっくりした顔で、瑞希(みずき)は俺を見た。  なんで手なんか(にぎ)ってもうたんやろ。俺は(あわ)ててきたけど、もうやってもうた後や。 「思い()めるな。お前の悪い(くせ)や」  どの(つら)()げてか、説教(せっきょう)くさい俺に、瑞希(みずき)は大人しく(うなず)いていた。  それが自分の悪い(くせ)やって、本人も思うてんのやろ。 「でも、好きやねん。先輩のこと、すごく、好き。どうしていいか、わからへんのです。俺も、(こた)えてほしい。あの人らみたいに、愛されたい」  瑞希(みずき)は俺に、恋をしている。俺はそれに、どぎまぎする。  それは何となく、俺を好きやと言う竜太郎(りゅうたろう)に、俺が(あわ)てるのと()ていた。  こいつらの愛情は、どことなく一方的で、(こわ)(もん)みたいや。理想化した俺を見ていて、好きや好きやで押してきて、俺に考える()を、与えてくれへん。  (おさな)いんやろう。瑞希(みずき)は。  三万十八歳に向かって、たったの二十一の俺が、(おさない)いていうのは失礼やけども、瑞希(みずき)は大学にいた(ころ)と、何も変わってへんように見えた。  言うてることも同じようなもんやし、俺を見る目も、必死な素振(そぶ)りも、全然変わらん性急(せいきゅう)さで、()め立てるように俺を口説(くど)く。  俺もたぶん、まだ(おさな)かったんやろう。そういうのを受け入れてやるには。ビビってもうて、考える()もなく逃げを()ってる。たぶん、求められてる理想と、自分が持ってる現実の、ギャップが怖くて。 「お前のこと、愛してへんわけやない」  俺は観念(かんねん)して話し、瑞希(みずき)の手を引いてやった。  連れて歩くと、ほんまに犬みたいやった。引っ張られて、とぼとぼ付いてくる。 「ほんまですか……」 「(うそ)ではこんなん言われへん。お前が死んでもうた後、俺はお前の絵を描いた。犬の絵やけど、お前やと思って描いてたと思う」 「(うれ)しいです」  ほんまに(うれ)しそうに、瑞希(みずき)()れていた。その静かな笑みは、作り笑いやない、ほんまの笑みに見えた。  可愛(かわい)(やつ)やと、俺は()り返ってそれを見た。(むさぼ)りたいような可愛(かわい)さや。  だけどそれは、支配したいだけで、俺はほんまにこいつを、愛してやれるんやろうか。(とおる)のようには無理でも、せめて水煙(すいえん)を愛するように。 「水煙(すいえん)は、うちのご神刀(しんとう)や。あいつに(にと)められるのが、家督(かとく)()ぐのに必要やねん。神々と愛し合うのが、(げき)になるということらしい」 「(げき)……?」  そんなんも知らんのかという事に、瑞希(みずき)は首を(かし)げていた。  ほんならこいつは、ほとんど何も(わけ)わからずに、ただもう俺と一緒にいたくて、巻き込まれてきたんや。 「巫女(みこ)さんの男版みたいなもんや。うちは、(おが)()やねん。式神(しきがみ)契約(けいやく)をして、それを(したが)わせたりする。鬼道(きどう)家柄(いえがら)や。豊作(ほうさく)なるように(いの)ったり、雨乞(あまご)いしたり……鬼をやっつけたりする」 「そうか。それで先輩、俺をやっつけにきたんや」  そんなことも、お前は知らんかったんや。ほんなら何で俺が、お前を殺しに来たんやと思うたんや。 「そんだけ(にく)いんやと思ってた。俺のこと。俺があの人を、傷つけたから……?」  (とおる)のことやろう。  ()り返って見ると、瑞希(みずき)はもう俺の顔色をうかがうような、緊張(きんちょう)した作り笑いで、俺に取り入りたい、愛してもらいたいという顔をしていた。 「お前のこと、(にく)いから殺したんやない。鬼になってたからや。けど、もしまた(とおる)になんかしたら、(ゆる)さへん。それだけは、よく分かっといてくれ」  話す俺を見つめて、瑞希(みずき)はどこか、絶望的(ぜつぼうてき)()みやった。小さく(うなず)いて、それにも(さか)らわへんかった。 「何もしません。俺は負けたんや。でも、今日だけや、先輩。今日だけでもええんです。俺が一番でも、今日だけやったら、別にかまへんやろ。もう、半日もない。それっぽっちも、俺にはくれへんの」 「(とおる)はちゃんと、お前に(ゆず)ってくれてるやないか」  そんなこと、お前にできるかと、俺は(いど)むような口調(くちょう)やったかもしれへん。  俺はちょっと、怒ってた。怒れる義理(ぎり)ではないんやけど。  瑞希(みずき)は、俺が俺がって、自分のことばかり言うてる。それも仕方(しかた)ない。そうでも言わへんかったら、俺は知らん顔やもんな。  瑞希(みずき)(せつ)ないやろう。そんなこと、言わんでええなら言いたくないのかもしれへん。  可哀想(かわいそう)や。俺が分かっておいてやらへんかったら、あかんのやって、頭では分かるけど、俺は(とおる)のほうがもっと可哀想(かわいそう)に思えた。  あいつは、いつも、どこへ行くにも俺とべたべた手を(つな)ぎたがったし、ひどい()(もち)()きや。それがずっと、我慢(がまん)してんのやで。

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