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三都幻妖夜話(3)神戸編 21-39 アキヒコ | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
21-39 アキヒコ
作者:
椎堂かおる
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21-39 アキヒコ
窓辺
(
まどべ
)
で寝ている青い神さんを、やんわり
揺
(
ゆ
)
すって
亨
(
とおる
)
は起こした。
水煙
(
すいえん
)
はほんまに寝ていたらしく、とろんと眠そうに起きた。 「行こか。どこ行くんか、知らんけど……」
水煙
(
すいえん
)
の顔を見て、
亨
(
とおる
)
はふてくされたように
皮肉
(
ひにく
)
を言うた。
水煙
(
すいえん
)
はそれに、
微
(
かす
)
かに笑った。 「話つけたんか?」 「知らん。話もなにも。お
邪魔
(
じゃま
)
な
蛇
(
へび
)
やから出ていくだけや。本日ワンワン感謝デーやろ。あとはアキちゃんが好きにすりゃええよ。ウロコ系は一回休みや。お前と仲良く傷でも
舐
(
な
)
め合うか。クルフィ味なんやろ。
美味
(
うま
)
そうやなあ」 笑いながら、よいしょと
車椅子
(
くるまいす
)
の向きを変えさせて、
亨
(
とおる
)
はそのまま
水煙
(
すいえん
)
を連れて出るような
気配
(
けはい
)
やった。 「
亨
(
とおる
)
……」 俺は
焦
(
あせ
)
って、通り過ぎようとする二人を呼び止めた。 そやけど
亨
(
とおる
)
は止まりはしいひんかった。そのまままっすぐドアまでいって、そこらへんに
脱
(
ぬ
)
ぎ
散
(
ち
)
らかしてあった自分の
靴
(
くつ
)
をごそごそ
履
(
は
)
いてた。 「声かけんといて。キレるしな」 あてつけみたいに、俺に
怒鳴
(
どな
)
って、
亨
(
とおる
)
はとっとと出ていった。俺は
呆然
(
ぼうぜん
)
と立って、それを見送っただけやった。 そして部屋には、石のように押し
黙
(
だま
)
る犬と、うち捨てられた俺だけが、息もできひんような重い空気の中に残された。 俺はへたりこむように、またソファに戻った。
床
(
ゆか
)
にはたくさんの絵が
散
(
ち
)
らばっていた。それを描いたのは俺やけど、
眺
(
なが
)
めてみても、自分がどうやってそれを描いたんか、思い出されへん。 絵でも描いて、気まずい時間を
紛
(
まぎ
)
らわせたいと俺は思っていたけど、そこへ
逃避
(
とうひ
)
しようにも、絵の世界は俺を
拒
(
こば
)
んだ。描きたいもんが何も
無
(
の
)
うて、何をどう描いてええやら、さっぱり思いつかへんのや。
鉛筆
(
えんぴつ
)
を
握
(
にぎ
)
る勇気も湧いて
来
(
き
)
いひん。持ったところで、白い紙の上に、自分がなんにも描かれへんことを、俺はなんとなく予感していた。 不思議やわ。俺はそんなふうになったことはない。子供の頃から、何も考えんでも絵は描けた。息するようなもんやった。それが描かれへんのやから、俺は息の
仕方
(
しかた
)
を忘れたようなもんやった。 まるで
亨
(
とおる
)
が俺の
絵心
(
えごころ
)
の神で、それが、ふいっと去ってもうたら、俺にはもう絵が描かれへんみたいやった。
座敷童
(
ざしきわらし
)
に捨てられた家が、あっというまに
没落
(
ぼつらく
)
するみたいに。 描きたい絵でいっぱいで、どうしていいかわからんくらいやった俺の心の絵の
蔵
(
くら
)
は、その一瞬でからっぽの、暗いがらんどうの部屋になっていた。 おれはそれが、ほんまに怖い。そんな目に
遭
(
お
)
うたら、生きていかれへんて、時々思って怖かったことが、自分にも起きたんや。 いわゆるスランプというやつか。俺はそれに、なったことがない。 こんなに怖いもんやったなんて。そら死ぬわ。半年も一年もこれが続いたら、死んだほうがましやと思い
詰
(
つ
)
めもする。 絵を描くことのない人には、そんなんアホやと思えるのかもしれへんけど、絵を描くことは俺の
魂
(
たましい
)
なのや。それを失ってもうたら、もう生きている意味がない。
亨
(
とおる
)
のいいひん俺の人生には、なんの意味もないって、そういう気持ちに
似
(
に
)
てんのかもしれへん。 俺はマジで、それが苦しかった。思わず
呻
(
うめ
)
くぐらい、苦しかったんや。 ソファで頭を
抱
(
かか
)
えて
呻
(
うめ
)
いてる俺を見て、
瑞希
(
みずき
)
はびっくりしたらしかった。
血相
(
けっそう
)
変えて立ち上がっていた。 どっか
具合
(
ぐあい
)
悪いとでも思ったんやろ。
慌
(
あわ
)
てて
駆
(
か
)
け
寄
(
よ
)
ってきて、あいつは俺の絵を
踏
(
ふ
)
んだ。 何をするのや
瑞希
(
みずき
)
。俺の
遺作
(
いさく
)
になるかもしれへん絵やで。もう描かれへんのやで。落書きやけど、俺の最後の作品なんやで。
頼
(
たの
)
むし
踏
(
ふ
)
まんといてくれ。 「どしたんや、先輩。どっか痛いんですか」 「なんでもない、絵が描かれへんだけや」 肩を
掴
(
つか
)
んで顔を
覗
(
のぞ
)
き込んでくる
瑞希
(
みずき
)
に、俺は頭を
抱
(
かか
)
えたまま答えた。 それにも
瑞希
(
みずき
)
は、びくっとしていた。 「え。なんで。さっきまで描いてたやんか」 「もう思いつかへん。頭真っ白なってもうたわ」
瑞希
(
みずき
)
は俺の話を聞いて、ビビったらしかった。
慌
(
あわ
)
てたふうに振り返り、床にたくさん
散
(
ち
)
っている、俺の絵を見た。 「そんな……なんでやねん。大丈夫ですよ。スランプくらい誰でもなるから」 「俺はなったことない。お前はあるんか」 こういう時、どうすりゃええねんて、俺は
瑞希
(
みずき
)
に答えを求めた。 でも、
瑞希
(
みずき
)
は気まずそうに、
眉根
(
まゆね
)
を寄せて答えた。 「俺もないです」 ぽつりと答えて、
瑞希
(
みずき
)
は押し
黙
(
だま
)
った。俺は
朦朧
(
もうろう
)
とした気分で、それを見た。 そりゃそうやろな。そんな感じするわ。 絵も一種の
神通力
(
じんつうりき
)
やで。
天地
(
あめつち
)
との
交感
(
こうかん
)
や。俺はそれに不自由したことはない。
瑞希
(
みずき
)
も人ではない身で、ただの犬やったのに、人間に
化身
(
けしん
)
するほどの力を持ってたんや。
神通力
(
じんつうりき
)
で
保
(
も
)
ってるやつが、それを
発揮
(
はっき
)
できひんようになったら、犬に戻ってまうやんか。
霊力
(
れいりょく
)
が強いから
化身
(
けしん
)
できてんのや。
常
(
つね
)
に
絶好調
(
ぜっこうちょう
)
やったんや。スランプなんかならへん。 神様は、スランプなんかならへんねん。神やねんから。 そんなやつらに、俺の今の苦しい気持ちが分かるわけあらへん。 でも、
亨
(
とおる
)
が帰ってきてくれれば、何とかなるかも。何の
根拠
(
こんきょ
)
もないのに、俺はその思いつきに
縋
(
すが
)
り付いてた。
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椎堂かおる
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