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21-40 アキヒコ

 あいつが戻ってきて、また俺に微笑(ほほえ)みかければ、俺はまた(よみがえ)る。きっとそうや。  あいつに()てていかれたショックで、こんなんなってんのやから。(とおる)が戻れば元に戻るんや。  ひどい話や。俺になんの相談もしいひんと。犬と寝ろって、どういうことやねん。  その犬は、また頭(かか)えがちの俺を見て、不安そうな(せつ)ない目やった。 「先輩……(いや)なんですか。俺と寝るの」  つまり、そういう事やねんなあ。瑞希(みずき)は頭の回転が早いやつで、いきなり核心(かくしん)()いてきた。  お前、自分の話するときは、しどろもどろやのに、人のことはよう分かってんのやな。大学でもずけずけ悪気(わるぎ)無くもの言うて、痛い冗談を言うやつと思われていた。  (その)先生の絵が全然売れへんことも、よりによって本人に、それは先生がホモやからやないですかって、真顔で言うてた。  つまり教授は(かく)れホモやねん。絵を描くときにも、そんな自分を(かく)してる。そやから何や、(にせ)モンみたいで気色(きしょく)悪い、(たましい)()けたみたいな絵になるしな、(うそ)で作って描いたかて、誰が共感してくれるんやと、瑞希(みずき)は思うたらしい。  ホモならホモくさい絵を描けばええんですよと、(さわ)やかに断言し、それで悪気(わるぎ)もないねんなあ。(その)先生、がっつり(なや)んでたよ。  お前は全然、()ずかしくなかったんかもしれへんよ。()ずかしがりのくせに、なんでかそこは()ずかしくなかったらしくて、男らしくカミングアウトしていたしな。こいつが男しか好きでないことは、皆知ってたらしい。  それでも友達いっぱい()ったけど、親友(しんゆう)ゆうたら女友達やろ。ほんで()ってくる男は、どことなく下心(したごころ)ありげな、犬にトキメいてるような(やつ)らばっかりや。  大学にはいつも早朝出勤やったのに、いっぺん遅刻してきたことがあって、どないしたんやって聞いたら、大阪から来る京阪(けいはん)電車で痴漢(ちかん)にあって、ハゲのオッサンの股間(こかん)を二度と()たへんくらい()みにじってきてやったと、教務課(きょうむか)のおばちゃんの前で話され、俺の目がどんだけ泳いだか。  もっともそのオッサンは、()んでるのをええことに、瑞希(みずき)のケツを相当(そうとう)熱心に(さわ)ったらしいから、今にして思えば、血が出るくらい()んどいてやって良かったと俺は思うけど、当時はそんなん、脳の回路(かいろ)が焼き切れるような話やったんやから。可哀想(かわいそう)やったで俺は。  だいたい男が男のケツを()でるなんて、そんなことあってええんか。俺は(とおる)のケツを()でまくりやけど。やるときはやるけどな。それについては、すみません。結婚してるからええわって事にして。  話、()れてる? そうやねん。また逃げてる。俺は一、二秒、もっとかな、気を失ってたと思うわ。  はっと(われ)に返った時には、ものすご悲しそうな顔してる瑞希(みずき)と、真正面(ましょうめん)から目が()うた。 「(いや)なんですね」 「(いや)やない」  泣きそうな気配(けはい)で言われ、俺は(あわ)てて正直に答えてた。  (いや)やないねん。それも、すみません。男の子やから。好みのタイプなんやから、もともと瑞希(みずき)は。可愛(かわい)いねんから。食べちゃいたいぐらいやねんから。やってええならやりたいよ。  でもな、できへんねん。だって(とおる)にバレるんやんか。バレバレすぎやろ。今日は犬とやれって言われて放置(ほうち)されてんねんから。バレすぎや。  ああ、やっといたわ、気持ちよかったわあ、みたいな話やないやろ。いくら俺でも、そこまで無茶苦茶(むちゃくちゃ)やないよ。まだまだ初心(うぶ)やで。  そんなことして、(とおる)がどんだけ傷つくか、それを思うと、心底(しんそこ)ビビった。  なんでバラすねん、水煙(すいえん)浮気(うわき)やねんから、そんなん(かく)れてするもんやろう。せめて、バレてへんという免罪符(めんざいふ)が欲しいところやで。  バレてなくても罪悪感(ざいあくかん)はある。せやけどこれは俺の仕事やねん。瑞希(みずき)かて可哀想(かわいそう)やろ。そんな大義名分(たいぎめいぶん)上手(うま)相殺(そうさい)できたかもしれへんのに、バレてもうたらもうお手上げや。  しかもスランプやしな。()()えや。やろうという気が全く()かへん。  たぶん、やったらあかんと思うから()えんねん、浮気(うわき)なんてもんは。やってええよ、はいどうぞなんて、ツレにすすめられても、それで素直(すなお)にやる気が()くのは、よっぽどの熟練者(じゅくれんしゃ)だけや。  大崎(おおさき)先生とかな。あの人、奥さん()るのに、お(めかけ)さんもいっぱい()るし、その上、芸妓(げいこ)遊びもするし、そやのに秋尾(あきお)さんのことも何か(あや)しいんやで。  ええやんそんだけ女(はべ)らしてんのやったら、何も(きつね)にまで手出ししいひんでも。男やで、秋尾(あきお)さん。美少年キャラまでレパートリーあるけど、いろいろ化けられるらしいけど、(じい)さんエロ(じじい)すぎやねん。しわしわの白髪(しらが)キャラの分際(ぶんざい)で、尻尾(しっぽ)とケモ耳ある男の子とやろうなんて。犯罪やぞ、それは。  あかんあかん、話()らすのやめられへん。覚悟(かくご)決めろ俺。話どんどん(なご)なるから。  つらい。(のど)が痛い。こんな話で声()れるまで話しとうない。なんか飲みたい。俺は(のど)がからからやった。  瑞希(みずき)とふたりきりで()ると、だいたいそんな感じになる。(のど)(かわ)いてきて、どぎまぎしてもうて、どうしてええやら頭真っ白になる。  そういう俺に、()れてんのやろ。犬は(するど)く気がついて、甲斐甲斐(かいがい)しくも俺に水を取ってきてくれた。

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