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21-42 アキヒコ
全部やない。半分だけ。残りは白く犬歯 の目立つ歯が、食いちぎっていき、舌なめずりする唇 で、瑞希 は美味 そうにそれを食っていた。
食いながら俺のシャツのボタンをはずしてきて、胸だけはだけさせると、自分ももどかしそうに、真っ白なだけのTシャツを脱 ぎ捨 てた。
そのまま抱きついてくる、いかにも年下という感じの胸の素肌 と、ひやりとしたベルトのバックルが腹に触 れたのに、俺はひっと喉 が喘 ぐような感覚を受けた。
裸の瑞希 を抱いたことない。これが初めてやった。
並 んで横たわり、ぎゅっと抱きついてきて、瑞希 は肌の匂 いを嗅 ぐみたいに、俺の首筋 に鼻先をこすりつけていた。
その息が、何とはなしにはあはあ甘いのが、俺には気まずかった。
どうしていいかわからへん。何をどうしていいか。
亨 やったら何も悩 まんでも、勝手に手が動く。絵を描くのと同じようなもんで。あいつがどうしてほしいか、悩むまでもなく、もう分かる。それと同じようにすることに、俺は抵抗 があった。
いつもそうやって蛇 とやってるんですかと、犬が言いそうな気がしたからや。
「脱 がして。先輩。酒飲みますか」
裸 にしろって、言うてんのやろうけど、俺はなかなか手が出えへんかった。緊張 しすぎる。
だって、したことないんやで。俺は。瑞希 とは初めてやというだけでなく、他のとやったことない。亨 としか、したことないんや。
女の子とは、したことあるよ。でも男は亨 しか知らんのやで。
普通どうやってやるもんなのか、全然知らん。実はものすご異常なやりかたで憶 えさせられてたらどうしよう。なんせ水地 亨 プレゼンツやからな、俺の作法 は。あいつがどこまで変なんか知らん。
それでも瑞希 が、俺が初めてやというような、初心 なやつなら、もうちょっとビビらへんわ。
でもこいつ、俺の知るかぎりでは、百戦 錬磨 やで。少なくとも大阪で死んだ時点で、五十人も彼氏 がおったんやで。二股 三ツ股 の世界やない。まとめて五十人と付き合 うてたんや。
「いつも、どうやってやるんや」
もう、訊 くしかないと思って、俺は気まずく訊 いた。
それに瑞希 は、顔をしかめた。傷 ついたらしかった。
俺にスレてると思われてるって、嫌 やったんやろう。でもお前、ほんまにそうやんか。俺はそれが、あかんとは思ってない。ただ、お前の理想とか俺へのドリームを、なるべく壊 したくなかっただけやねん。
「先輩の、やりたいようにでええんです。抱いてくれたらそれで」
ゆっくりでも、早くでも、何回でもいいって、瑞希 は俺の耳に切 なそうに囁 いてきた。
それってつまり、何回もやれって事やんな。そういうふうに解釈 すべきところか。でも今の状態では、一回やるのでも、一杯 一杯 やないかという気持ちやった。
そもそも、できるのか、俺は。
「酔 ってるほうがよければ、それでもええんですよ。酔 った勢 いでも」
とろんとした目で、赤い顔をして、瑞希 は俺に訊 いた。
ワイン飲めって言うてんのやろ。でもたぶん、酔 わへんで、俺。
ビビりすぎてて、ワインのワンボトルくらいでは、普通に正気 やで。焼け石に水や。
「魅力 ないですか、俺……」
可愛 い顔して、瑞希 は悲しそうに訊 いた。
俺はそれに、苦しい顔で目を閉じて、首を横に振 って見せるのが、精一杯 やった。
口に出したらあかんという気がする。お前は可愛 い。俺はお前の顔が好き。
顔だけやのうて。実は俺。言いたくないけど。言わんと話が進まへん。皆も薄々 、言葉の端々 から感知 してくれているとは思うけど。そう思いたくはないけど、この際 むしろ察 してくれたほうが、言わんでええからラクやけど。言わんとわからへん人も居 るかもしれへんから、しゃあないし言うわ。
俺はケツフェチやねん。たぶんそうやねん。亨 がそうやって言うねん。俺があいつのケツに執着 していると。やるとき、やたら撫 でると。
そんなん認 めとうない。俺が神楽 さんのケツを物欲 しそうに見ているなんて。水煙 のケツに触 れると、嬉 しいなんて。虎 に跨 る鳥さんのケツを見て、脳天 ガツンやったなんて。そんなこと名誉 に賭 けて認 めとうない。
でもそうらしいで。やりたいようにやってくれ、好きにしてくれという瑞希 を抱いて、俺はとりあえず普通にキスしたが、そのまま覚悟 を決めて、着衣 のままとはいえ、あいつのケツを撫 でていた。
気の毒やったな京阪 電車の痴漢 。自業自得 やった。
でもその気持ちも分かるわ、こいつのケツが可愛 いというのは。触 ってみたいというのはな。
そやけど赤の他人がやったら、犯罪なんやで。合意 の上でないと。
瑞希 は見た目は可愛 いけども、中身 は狂犬 やから、そんなんしたら股間 蹴 られる。死ぬほど殴 ったらしいで、そのオッサンのこと。
補導 されかけてたから遅刻 したんや。下手すりゃその場で逮捕 やろ。
無軌道 でキレやすい大学生が、オッサンにイチャモンつけたんやと思われたんやな。
まあ、普通はまずそう思うわ。駅員さんや、お巡 りさんかて、まさか男が男に痴漢 したに違いないとは、第一候補 では思わへんよな。
犯人のオッサンかて否定するわ。罪 を認 めてもうたら犯罪者なんやから。
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